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親子(2)

「さて」


 気分を切り替えて机に近付き、布張りの椅子に腰掛ける。

 机に置いてあるのは、四隅に石が置かれた地図。

 それを見下ろし、レリウスはあごに手をやった。


 紙面に描かれているのは、北端のシシリ、その南のナティマ、さらに南のラーザンミンだ。

 位置関係と領土を見ると、ちょうど、川のようにも見える並び方をしている。

 山脈が北に一列に伸び、その下の窪みにシシリが小さく存在し、その下にナティマが東西に伸びる形で横たわり、その南にラーザンミンがあるという形だ。

 シシリの東西には山を拠点とする小国家。これらは、ナティマとはつかず離れずの関係を保っている。

 まれに山賊行為にもおよぶ彼らだが、火吹竜がいる今となっては、脅威になる事もないだろう。


「行商達が行ったのは、ここまでか……」


 指で南方のラーザンミンをなぞる。

 ラーザンミン《砂の海》は砂漠地帯の俗称だ。

 小さな民族が放浪していて、大きな国家は見当たらない。

 そのさらに南には、ナティマの雨林に匹敵する実り豊かな土地があるとかないとか噂されているが、シシリ北部の山脈の先と等しい、人の世ではないという噂もある。

 もっとも、そこまで行商が行く事はないし、行く必要もない。


 ちなみにナティマの首都はシシリから遠く、そのため、シシリと関わりを持つ貴族達は、ナティマの民の中では友好的な方に入る。

 シシリに近い家がほとんど別荘であり、領土にそれほど固執する理由がないというのもあるだろう。


 少なからず竜への恐れはあるが、それよりも贅沢への欲求の方が大きいらしい。

 過去、勇気ある者が私兵を雇ってシシリの国境を脅かした事もあったが、火吹竜が現れてからは、その兆候もなくなっていた。


「上客になるかの」


 今回の祭りに客として迎えるのは、民だけでなく、ナティマの貴族達も含まれる。

 彼らは良いものには金を惜しまない。

 ナティマの通貨はシシリでは役立たないが、ナティマで買い物をする時には欠かせない。

 この機会に、できるだけ手に入れておきたいのが本音だった。


「羊毛、は一気に増産できんしのう……」


 羊の肉も然りだ。いくら急いでも羊は一気に育たない。

 ナティマの通貨が多く手に入れば、羊を育てるための干草をまとめ買いできるが、現在の資金ではこころもとない。

 蒸し風呂の増設計画もあるが、それに見合う平地だってすぐには作れないだろう。

 ならばいっそ、蒸し風呂に使うレンガの生産を後回にしてもいいかも知れない。

 代わりに、氷の石で表面を飾った器を優先的に作るのだ。

 

「ふむ」


 火吹竜が「びいどろ(硝子)」と呼んだそれは、本来、ナティマでは全く重宝されていない。

 むしろ、忌むものとして扱われているという始末である。

 竜の呪いという意味で嫌われる事もあれば、溶けない氷、つまり渇きを意味するとして嫌われる事もあるのだ。

 逆に重宝されるのが、命を意味する植物の繊維や毛糸、そして土。

 豊かさを望むナティマならではの考え方だ。


 もっとも、ディラノの話だと、石の涙だけは別格らしい。

 石の涙の伝説が昔からある事を考えると、氷の石を呪いと呼ぶのは、竜への恐れもあるのだろう。


 石や硝子で住居を囲ってはいけない。それは生命の風を妨げる呪いだから。

 小さな石や硝子を持つのは構わない。それは、人が手中におさめるものだから。


 人と石、どちらに支配権があるかというのを、物の大小で決めている感覚らしい。

 ならば、この話を使わない手はない。


 器なら、人の手に収まるものだから、人に使われるものだから全く問題がないと。

 売る時はそう言って売るように、後で商人達に伝えておこうと思った。


「これで良いかの」


 つぶやき、雪色の(ふくろう)の方を見る。

 梟は、レリウスと目が合うと、さあ出番だとばかりに飛んで来た。


「うむ?」


 梟の足に手紙を結ぼうとして、レリウスがふと、手を止める。

 白の尾羽についた赤い点。


「怪我かの?」


 あるいは、狩った獲物の血だろうか。

 そう思って指で取ろうとしたが、なぜか、思ったようには落ちなかった。


「…………」


 止まり木の辺りを見ると、床に転々と赤い色が垂れている。

 赤だけではない。黄色も、青も、少し離れた場所には白い色までもが散らばっていた。


「はて?」


 椅子から立ち上がり、それを追って行くと、部屋の隅の棚にたどり着いた。

 そこにあったのは丸めた紙。

 高級品である紙にしては、やけに扱いの荒さが目立つ皺の入りようだ。

 一体誰が、と怪訝な顔をしつつそれを開き──レリウスは思わず、目を見開いた。


 描かれているのはゼレだった。

 その右にレリウス、左にネーヴェ。

 ネーヴェの足元にはラタが座っていて、亡き王妃であるサニがその肩を抱いて微笑んでいる。

 それら全員の後ろに、赤く、大きく火吹竜が描かれていた。

 守護竜らしく堂々と、立派な翼を屋根にして。


「ラタ、様……」


 感動で胸が熱くなる。絵は所詮、子供の絵だ。

 だが、自分を見た事がないラタにとって、宰相レリウスという人物は他人同然だったはずだ。

 それらを含む一同が、一枚の絵の中で笑っているのだ。

 本当に、本当に幸せそうに……まるで、ここに描かれた一場面が、あたかも存在したかのように。


「ゼレ様……」


 レリウスの頬を、涙が伝った。

 予想外の事ばかりやってくれた王は、予想外の土産をレリウスに残してくれた。


 ラタと言う、何よりも優しい彼の息子を。


「ああ全く、年を取ると、涙もろくなってよくないのう……」


 苦笑しながら鼻を啜り、そっと絵を置き直す。

 早速、給仕に、これを飾る額を持ってきてもらおう。

 そう考えつつ窓を開け、先に梟を伝令として放つ。

 途端に、廊下の方から二人分の絶叫が響いて来た。


 ネーヴェとディラノの声だった。


「ラタ様! なんでそんなに汚れているんですか!?」

「アニア! お前は何をしてたんだ!?」

「に、逃げるぞ、ラタ!」

「え、あ……うん!」


 そんな声に続いて、廊下を駆ける四人分の足音が、部屋の前を通り過ぎて行く。

 そこで、レリウスは理解した。

 この絵は、ラタ達二人でこっそり書いていたのだと。


(そうと言って下されば、着替えぐらい用意しましたのに……)


 それでも、二人で書きたかったのだろうと思えば、この騒ぎすらも愛おしい。

 みんなには秘密だよ、と笑顔で目配せしながらせっせと色を並べる二人を想像して、レリウスは再び、にじむ視界を袖で拭った。

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