表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/41

事情(2)

「タエさま、タエさまってば!」

「あ……」


 声の方に顔を向け、タエは目を丸くした。

 どうやら、すっかり回想に没頭していたらしい。


「ごめんなさいね。ちょっと、ぼうっとしてて」

「まったくもー。タエさまこそ、疲れたら疲れたって言ってよね!」


 アニアが口を尖らせる。雰囲気的に、ラタにお姉さんらしいところを見せたいのだろう。

 その魂胆がわかって、タエは思わず笑ってしまった。


「ふふ、アニアちゃんの言う通りね。はい、今度から気をつけます」

「そうしてくださいっ」


 アニアが、得意げに胸を張った。


「ねえ、タエさま」

「はい?」

「タエさまってさ、大事な人との思い出の品を作ろうとしてるんだって?」

「あらやだ、知っていらしたの……」


 タエが頬を染める。はたから見て全く変化はなかったが。

 それでも、もじもじと恥ずかしそうに視線を泳がせるタエに、アニアがぐっと身を乗り出した。


「タエ様、その人の事好きだったんだね」


 アニアの声が弾む。タエが目を丸くすると、アニアが大当たりと言わんばかりの笑顔になった。


「オレ、そう言う話大好きなんだ」


 寝物語で、母に聞かせてもらっていた恋物語。父はなぜか、頑として読み聞かせをやってはくれなかったけれど、母に聞かされた甘く切ない話は、今でもアニアの宝物だ。


「だからさ。タエさまに、これ……」


 アニアがごそごそと衣を探る。

 しばらくして、アニアは取り出した破片をタエの目の前に突き出した。


 尖った結晶を持つ白い石だ。最も、その一部は飴のようになっていて、ちょうど、流れた蝋が冷えて固まったような艶を見せている。


「これは何ですの?」

「恋の石。南の方でさ、こんなお話があるんだよ。ええと……」


 アニアが姿勢を正す。

 それから深く息を吸い、ゆっくりと吐いて、アニアは緊張にやや上がった声でそれを語り出した。


「むかし、むかしの物語。石の世界に竜が来た。

石の娘は恋をした。けれども竜はゆかねばならぬ、あるべき世界にゆかねばならぬ。

石の娘は涙した。ほろりほろろと別れの涙。

涙は悲しき水の色。石より清き、水の色……」


 流れるような口調で、アニアが最後の一句までを語り終える。

 そしてふと、アニアがラタの方を見ると、呆然とアニアの方を見ているラタと目が合った。


「…ラタ?」

「な、なんでもない」


 ふい、と下を向いたラタが、ふらふらと足を揺らして広場の方に顔を向ける。

 そのやり取りにタエが笑うと、アニアがタエの方に顔を向けた。


「そのお話の石がこれ。あっちじゃ、石の涙って呼ばれてるんだ」

「石の涙?」

「そう。南の方ではさ、氷の石を焼いて小さなビーズを作るんだよ。恋が叶うお守りを作るために。これはその原石なんだ」

「まあ! それじゃあ大切なものじゃないの。だめです、だめ。アニアちゃんが持っていなきゃ……」

「いいんだよ。氷の石は、シシリでも良く採れるし。タエ様の火なら、きっと、いくらでも作れると思うんだ」


 アニアが興奮気味にまくし立てる。

 タエはしばらく困った顔をしていたが、はたと思いついたように牙を噛み合わせた。


「その、氷の石というのは、この辺りにもありますの?」

「あるよ。雪を掘ると、たまに白い石が出て来るじゃん。それが氷の石」

「あれが?」

「そう。ほら、溶けない氷の結晶が生えてる事があるじゃん。だから、そう呼ばれるんだ」

「まあ、まあ。それでしたら、わたくし、自分で作れそうですわ」


 タエが目を輝かせる。ようやく、氷の石の正体がわかって来たのだ。

 おそらく、水晶の事だろう。あの石が火で溶けるとは知らなかった。


「アニアちゃん、ラタさま。お城に戻ったら、その氷の石を持ってきてくれるよう、ネーヴェさんたちにお伝え下さいな」

「うん」

「いいよ」


 二人がうなずく。


「それと、そろそろお昼を召し上がらないと。祠の中に温めた石を準備してありますから。火傷には気をつけてくださいませね」

「うん」

「はーい」


 下げた翼から飛び降りた二人が、祠の中へと駆けて行く。

 それを確かめ、タエは体を伏せて、祠の中を覗き込んだ。顔一つで祠の入口を塞ぎそうな勢いだが、子供たちはそんな事も気にせずに、石の上にいろいろな食材を乗せて温めている。

 石は少し冷めていたが、物を温めるだけなら不自由しそうにない。


「ラタ、これも」

「いいよ。あ、この蜜の鍋は次ね」


 雪から取り出した様々な物を、石に乗せながら二人がはしゃぐ。

 それらの食材は、早朝、ネーヴェが持ってきたものだった。

 雪に埋めておけば、食材は滅多な事では腐らない。

 それを子供たちが取り出して温められるようにと、ネーヴェが置いていったのである。


「王族だって、子供です。たまには、王族を忘れる場所があっても良いでしょう」


 さくさくと食材に雪を被せながら、ネーヴェはタエにそう言っていた。


「どうせ待つなら、楽しい方がいいでしょうし。タエ様、二人をお願いしますね」

「ええ、喜んで」


 タエがうなずく。

 二人への、ネーヴェの気遣いが嬉しくて、思わず顔がほころんでいた。


「きっと喜びますよ、二人とも。だから、ネーヴェさんも頑張って下さいませね」

「はい」


 埋めた所に目印を立てて、ネーヴェが笑顔でタエを見る。

 人と竜。全く違う立場のはずなのに、そこに距離は感じなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ