氷蜜
もくもくと、窯から蒸気が立ち上っている。
竜が作っただけあって、窯の作りは豪快だ。
ごつごつとした岩肌。何人も入れるような内部。山の斜面に建てられたそれは、シルエットだけ見るなら、縦に割った竹を寝かせたような姿をしている。
窯のふもとには薪をくべる場所があり、そこで燃え上がった炎が、内部の斜面を駆け上がって行くようになっている。そして、上の方にある出口から、煙と蒸気を吐き出すのだ。
「おう、アンタも窯に行ってきたのかい!」
「お前さんはこれからか? いい品が出来るといいな!」
窯に向かう人と、窯から戻る人。
その間で、そんな言葉が交わされるのも、いつしか珍しくなくなっていた。
※ ※ ※
「ご覧ください、タエ様。あんなにも人が集まっておりますよ」
「ええ、ええ。本当に…皆様に感謝しているってこと、どうか、お伝え下さいね」
塔の前、頭の上にラタとネーヴェを乗せたタエが、嬉しそうに目を細めて息を吐く。
最初に窯を作って以来、タエはそこに行っていない。
なにしろこの体である。下手に飛んで近付いたら雪ごと人を吹き飛ばしかねないし、足元に人がいたら踏んでしまうかも知れない。
だから、直接お礼を言いに行く事はできない。ただ、窯で頑張っている職人達を、感謝しながら見つめるだけだ。
「ねえ、ネーヴェさん」
「はい」
「窯って、中は暑いでしょう?」
「そうですね。最近は、出てきて雪を口にする者もおりますよ」
「雪……」
「ええ。水を持って行くより早いですから」
焼き上がりと、次の焼き始めの間に、窯に入って体を温める者は多い。けれども窯の余熱はそれなりに高く、長時間の滞在で喉が渇く者もいる。
そうした者達が、出て来てから雪を食べるのだ。
そんな話を聞いたタエが少し悩み、それから、視線だけを上に向けた。
「ねえ、お二方」
ふわふわと空から降って来る、細やかな雪を視界にとらえながら。
「かき氷って……ごぞんじ?」
※ ※ ※
「美味ですなあ」
「いやいや、全く」
窯から出て来た男二人が、甘い雪を味わいながら笑顔を見せる。暑い窯でほてった体に、ひんやりとした冷たさが、この上なく心地良い。
二人が手にしているのは、この土地特有の白斑樹の蜜を、さらっと煮て雪にかけたものだ。
ここの民が、こうした菓子を口にするのは初めてだった。雪と言えば、溶かして水にして飲む、と言うのが定番だったし、雪を食べたいと思うほど暑い思いをする「夏」がシシリにはなかったのだから。
「何でも、火吹竜様が考えられたとか」
「さすが、千年生きておられるだけありますな。このような物を口に出来る時代が来るとは!」
もう一口、氷を頬張った男が満面の笑みを見せた。
この氷菓子が流行し出してからというもの、それを目当てに窯の中に入る人が多くなった。
その事で焼き物が出来なくなる事を心配したラタとネーヴェは、急いで窯にレンガ製の建物を併設した。
タエと相談しながら、通気口を引き、座る場所を作り、好きなだけ窯の熱を楽しめるようにした。出入り口に布をかけ、採光の穴も空けた。いわゆる、蒸し風呂である。
その建物が、物珍しさから人気を呼んだ。隣国からわざわざ訪れる者も増え、氷菓子──かき氷はシシリの名物となった。
そうこうしているうちに、建物に通うと肌の調子が良くなると令嬢の一部が騒ぎ出し、彼女達専用の場所まで支度された。
そうなると、噂が噂を呼び、訪れる人が次々と増えて行った。
こうして、窯に通じる細い山道も、整備された大通りほどの広さに拡張された。
焼き物はなかなかタエの望む形にならなかったが、それでも、人々の喜ぶ様子を眺めるタエは常に幸せで胸を満たしていた。
また、別の形で窯を利用する者も現れた。
「さあさ、始まるよ! 竜と王様、見て行きな!」
湯気の前で大声を張り上げたのは、芝居小屋の男だった。
簡素な木で組んだ台に立ち、手を叩きながら人を呼ぶ。
芝居の内容は決まっている。蒸気を竜の息吹に見立てた、この国に伝わる伝説だ。
足を止める見物人はもちろん、タエの目にもそれは見えていた。
そこでタエは、ようやく知った。
この国にとって、自分がどのような存在なのかを。
「そうだったの…」
冬のこと、塔のこと、契約とそれにまつわる呪いのこと。
その全てを静かに見つめ、無言で、物語を胸に染み通らせる。
こんなにも美しい国なのに、あの怖さと悲しさを経験していたなんて!
そう思うと、いつの間にか涙があふれていた。
ラタもネーヴェも、シシリの国も、今のタエにとっては大切なものだ。
だからこそ、この話から目を背けてはいけないと感じた。
例えそれが、今の自分とは違う竜がやった事だとしても無関心ではいられない。
シシリにとって、タエは他の何者でもない「火吹竜」なのだから。




