追っ手
ご無沙汰しておりまして、どうも、維月です。
今回はやばい、です。氷魚ピンチ!
独特の世界観を、楽しんで読んでみてください。
氷魚が、村に来てから、七日が過ぎた。
村人との折り合いもよく、子供たちとも、すぐに仲良くなった。
今、彼女は出かけていて、いない。
村の女たちと一緒に、楊梅の収穫をするといっていた。
しかし、そんなに時間のかかる、作業ではないはずだ。
もうすでに、日が傾きかけている。
痺れを切らした瑪瑙が、腰を浮かせたとき、畑の脇を、大きな籠を抱えた氷魚が走ってきた。
「おーい、瑪瑙――!」
息を切らして、氷魚は籠をおろす。
「ごめんね、遅くなっちゃって。見てっ、こんなにたくさん貰っちゃった」
「ったく、心配かけンじゃねぇよ…」
ため息をついて、瑪瑙は、氷魚の髪をくしゃくしゃとかき混ぜた。
「うん、ごめん…」
屋根にとまっていた鴉の、漆黒の瞳が、氷魚だけを、じっと、見つめていた。
音をたてずに、屋根から羽ばたき、二人の上空を旋回すると、軽やかにとび去っていった。
鴉は、遥か彼方まで広がる、平野を見渡してから、瞬き、そして、墜ちた。
次に目を開くと、そこは、豪奢な装飾が施された部屋だった。
「『あれ』の娘が戻ったのは、間違いないようね…まだ、完全に目覚めてはいないようだけど」
「奥方さま、いかがなさいました?」
扉の外で、臣下が訊く。
「いいえ、なんでもないわ。古い知人に、置きみやげをしてきただけ…」
「では、ついに…見つかったのですね?」
「ええ…ようやくね、フフフ…あの小娘、真実を知ったら、どんな顔をするのかしら」
謎の女は、扇を片手にあおぎ、口もとに、ニヤリと嫌な笑みを浮かべた。
「あら?」
氷魚は、か細い鳴き声を聞いて、外に出た。
「おい、なんだよ急に…」
ことの最中に、外に出た氷魚に悪態をつく瑪瑙。
「子猫だわ…降りられないみたい」
氷魚が、指さした場所には、茶色い毛玉のような物がいた。
「猫なんだから、ほっといても降りられる」
「でも、かわいそうじゃない!あたし、行ってくるっ」
「お、おいっ、氷魚!」
氷魚は、木に登り始める。
「待ってね、もう少しで届くから…」
伸ばそうとした、その手を、子猫はひっかいた。
「痛っ!怖がらなくてもいいよ、おいで」
「バカな娘よ、わざわざ殺されに、登ってくるなんてね」
爪についた血を舐めてから、猫は、鼻で嗤った。
嗤った声は、少女の声だった。
「え…っ」
「見れば、見るほど似てるよ…お前の母親にねぇ」
そう言って、猫は、急に飛び退いた。
するり、と瑪瑙の斬撃をよける。
「だから言ったろうがっ!猫に、ロクな奴ぁいないってっ」
「瑪瑙…」
「お前は下に降りてろっ、てめえ、コラ!氷魚に傷つけやがってっ、切り刻んで、畑の肥やしにしてやろうか!」
「ふん!ご免だね、今日のは、ちょっとした挨拶代わりさっ、まったく『あの方』もお優しいこったよ、じゃあなっ!」
飴のように、空間を歪ませて、猫は消えた。
「チッ!逃げ足の早い…氷魚、大丈夫か!?」
「う、うん…」
「傷見せろ、膿むといけないから」
「…ごめん、なさい」
「あ?いいよ、謝るなって…どした?氷魚」
氷魚は、腕を押さえて、俯いていた。
「どうした、傷が痛むのか?」
氷魚は、かぶりを振った。
「あの猫、あたしの母さんを、知ってたみたいだった。あたし、なんにも知らない。兄さんが死んだのも、聞かされるまで、知らなかった…自分の家族のことさえ知らないなんて、なんか…情けない」
「仕方ないことだってある、気にするんじゃねぇよ」
「ねえ、瑪瑙は…あたしの母さんを知ってる?知ってたら、教えて欲しいの」
「…中に入ろう、冷えてきた」
「うん」