わたしが母を殺した
ヴェラ・ワディンガム伯爵令嬢は、儚げな美貌の妖精姫と評判の少女である。
上に兄と姉がいる第三子で、ワディンガム伯爵家の末子でもある。ヴェラの美貌は、伯爵夫人から受け継がれたものであると評判だった。
もっとも、ヴェラ本人は自分の実母である伯爵夫人を覚えていない。伯爵夫人は、ヴェラが幼い頃に亡くなっているからだ。
ヴェラはいま、十六歳。貴族の子どもたちは学園に入学して社交を学び、そろそろ婚約や進路を考え始める時期だった。
「ただいま帰りました」
学園からややこぢんまりとした屋敷に帰り着いたヴェラは、ひとけのない玄関ホールで声を上げた。奥から慌ただしげに一人の女性が駆けてくる。
「あらあら、お嬢様。お帰りなさいませ」
ヴェラが幼い頃からついてくれている一人きりの侍女は、いつでもにこやかな笑顔を絶やさない初老の女性だった。子どもたちが独り立ちして時間が空いたからと、仕事を探していて伯爵家に雇われたらしい。
「お出迎えできなくてごめんなさいね。つい刺繍に集中してしまって」
侍女はいつも、ヴェラの幸せを願ってハンカチに刺繍をして渡してくれるのだ。それを知っているから、ヴェラは咎めなかった。
「ありがとう、リサ。今日のお夕飯は何かしら」
「今日はお魚のテリーヌだそうですよ」
侍女は一人と言っても、リサの住む屋敷にはきちんとメイドも料理人もいる。不自由のない生活をしながらも、リサは寂しがる心を宥めきれずにいた。
ちらりと、屋敷の外に視線を向ける。奥には、ワディンガム伯爵家の本邸である領城が聳えている。
どこか鬱蒼とした雰囲気を感じるのは、ワディンガム伯爵家が代々魔法研究に長けた一族だからだろう。ヴェラの長兄も、すでに王立の魔法機関に入職して信頼を得ていると聞いている。
長兄本人から聞いたわけではない。記憶にある限り、ヴェラは長兄どころか家族ともほとんど話したことがなかった。
「リサ、お父様から連絡はあった?」
「いいえ、きっとお忙しいのでしょう」
「じゃあ、お兄様とお姉様からは?」
「お二人ともお仕事を始められたばかりですし、姉君様はご結婚も迫っておりますから、やっぱりお忙しいのでしょう」
なるべくヴェラを傷つけないように、柔らかい声で、リサは答えた。
ヴェラはもう何年も、何年も、毎日のようにこの問いを繰り返している。そして何年も、何年も、期待を裏切られ続けているのだった。
他の家族たちは本邸に暮らしているのに対し、離れのお屋敷にいるのはヴェラ一人だ。ヴェラは幼い頃から、侍女のリサ一人だけをよりどころにして、寂しく生きているのだった。
ヴェラは、今日も泣かなかった。ただ寂しげに微笑んで、頷くだけだ。
「そう。きっと皆さま、お忙しいのね」
それをリサが、心配げに見ていた。ヴェラが幼い頃から仕えているリサにとっては、ヴェラは本当の娘のようなものだったのだ。
ヴェラをダイニングに先導しながら、リサはそろりと言った。
「お嬢様、以前にも言いましたけれど」
続く言葉を想像できたのか、ヴェラが表情を固くする。
「学園の寮に入られたらいかがでしょう? 寮にはお友だちの皆さんもおりますから、きっと楽しいでしょう」
「いいえ、寮には入らないわ。もしかしたら何か用事を思い出して、お父様たちにお訪ね頂けるかも知れませんもの」
頑なに、ヴェラはそう言った。主人であるヴェラにそう言われてしまえば、侍女であるリサは頷くしかないのだった。
そういう、ヴェラと他の家族たちの間には溝があった。記憶にある限り、ヴェラは家族に愛されたことがない。
本当に昔に、一度だけ、長兄と話したことがある。そのとき、長兄は憎しみに染まった表情で、ヴェラを睨みつけたのだ。
『お前が母上を殺したんだぞ! この人殺しめ!』
叶うならばこの手でお前を殺してやりたいと言わんばかりの、長兄のその表情が、いまもヴェラの記憶に焼きついている。
「酷い話です」
何人もの子どもを産んで立派に育て上げたリサが、ぷりぷりと怒っている。
「お産やその後に体調が回復せずにお母様が亡くなってしまうのは、残念ながら珍しいお話じゃありません。わたしなんかは運が良かっただけのこと。他の家族がそれを子どもに罪を背負わせようだなんて、ひとのすることじゃありません」
リサがヴェラのために怒ってくれるのはヴェラにとって嬉しいことだったが、同時に家族を悪く言われるのは心苦しいことだった。だからリサをそれ以上は刺激しないように、ヴェラは曖昧に微笑んだのだった。
ワディンガム伯爵家はヴェラを遠ざけたが、虐げたわけではない。食べるものにも、着るものにも、ヴェラは困ったことがない。
そして教育についても、ヴェラはワディンガム伯爵家のご令嬢らしく高い教育を施された。その優秀さは学園で評判になり、そのうち王族やより高位の貴族たちとも話すようになった。
「そういえば、社交界デビューはどうするんだい」
その中でも特に仲良くなったのは、コヴィントン公爵家の長男であるダレルだった。学園で、二人で教師からの簡単な頼まれごとを片付けていたときのことである。
ヴェラは話しかけられて、本を棚に戻していた手を止めた。考えたこともなかったのだ。
ヴェラは今まで、着るものに困ったことはなかった。
母がいなかったのでお茶会に出る機会こそ少なかったが、学園に入って友人ができてからはお茶会に誘われることも増えた。そのときも、きちんとお茶会のためのドレスを買うための資金を渡された。
お茶会のマナーだって、きちんと教師から教えられていた。立ち居振る舞いだって、高位貴族の令嬢として何の問題もないように教育された。
「デビュー用の白いドレスは家門で用意するだろう? だから、白い宝石の花飾りくらい贈らせて貰えないかと思って」
社交界デビューをする令息や令嬢は基本的に、婚約ないし婚約予定の相手がいる場合はその相手と、いない場合は身内と参加するものだ。
ダレルの言葉が社交界デビューでのエスコートのお誘いであることも、ひいてはそれが遠回しな求婚であることも、ヴェラは気づかなかった。ただ、ダレルの前半の言葉に気を取られていた。
そう、社交界デビューのときに着る白いドレスは、家族から贈られるものだ。
ぱっと、ヴェラは振り返った。ヴェラの動きでいくつかの資料が落ちたし、狭い場所で埃が舞ったが、ヴェラは気づかなかった。
そしてヴェラは、輝くような笑顔で、頬を染めて、ダレルに微笑みかけたのだ。
「ありがとう、ダレル様!」
ヴェラにとってそれは、気づきを与えてくれたダレルに対する礼の言葉だった。
けれど結果的には、花飾りを受け取ること、ひいてはエスコートを了承する言葉であったことに、ヴェラは気づかなかった。ただその場には、残念な勘違いをした一人の恋する少年ができあがっただけである。
早々に教師からの言いつけを終わらせて、何ごとかを話したがるダレルを置き去りにして、ヴェラは浮かれる足取りでワディンガム伯爵家への帰路を辿った。
家族に話してみよう、と思った。
家門の令息や令嬢のために社交界デビューのための礼装やドレスを用意するのは、貴族として当然のことだ。そしてヴェラは今まで、貴族として不自由したことがほとんどなかった。
だからきっと、特別な白いドレスであれば贈ってくれるかも知れないと思ったのだ。何しろそれは貴族として普通の、当たり前のことなのだから。
明るい表情で帰宅したヴェラを出迎えたのは、気まずげな表情のリサだった。
「……? どうかしたの、リサ?」
「本邸から、こちらが届きました」
リサが慎重に包みを開ける。そこには、眼を疑うような量の金貨が入っていた。
大金を前にしても、リサの暗い表情は変わらなかった。リサのそういう様子は、ヴェラの胸に暗い予感を齎した。
そしてヴェラの予感は、的中することになる。
「こちらのお金で、社交界デビューのドレスを準備するようにとのことです」
「……」
ヴェラは呆然として、言葉を失って、山のような金子を見下ろした。
常人であれば正気を失うような財産が、ヴェラにはまるで鉄くずの山に見えた。
「そ、そういう、」
引きつった声で、笑いかけようとして失敗した声で、ヴェラは言った。
「デビュー用のドレスって、そういうことじゃないじゃない」
社交界デビューのための礼装やドレスというのは、貴族にとって特別なものだ。
ただ家族が子どもを想って、本人のためだけに作られるものだ。家族から子どもへの愛そのものだ。
特に女性は嫁ぎ先にまでそのドレスを持ち込んで、生涯大切にすることも多いという。そういう、特別なドレスなのだ。
浅い呼吸を繰り返すヴェラに、リサがきっと顔を上げた。
「お嬢様、教会に行きませんか」
教会には色々な役割があるが、女性や子どもが家族から逃げ出したときに守るのも役割の一つである。そういう教会の名前を出されて、ヴェラがぎょっと眼を見開いた。
「わたしはこの伯爵家で働き始めるまで貴族に関わりはありませんでしたけど、貴族の中には子どもをろくでもない嫁ぎ先に売り払ってしまう親もいると聞きます。わたしはこのワディンガム伯爵家が、お嬢様にそういう仕打ちをしないとはどうしても信じられない」
そんなことを言われて、ヴェラは動揺した。
教会になど駆け込めば、本当に大きな問題になってしまう。ましてや高位貴族家で問題が起きたときには、王家が動くこともあるという。
「でも、お父様に迷惑をかけるだなんて……」
「お嬢様」
リサがヴェラの手をぎゅっと握った。リサの手は固くて、かさついて、温かかった。
「お嬢様は、その旦那様のお顔もお知りにならないではありませんか」
結局はリサの懇願に負けるようにして、ヴェラは教会に駆け込むことになった。
教会の動きは早かった。国内でも有数の魔力量を誇るワディンガム伯爵家の血統は、王家にとっても軽んじられないものだったからだ。
そうしてヴェラは、記憶にある限り生まれて初めて、家族と対面することになる。
***
教会の聖職者や王宮の事務官たちに囲まれて入室したヴェラは、テーブルの奥に並ぶ面々にそっと眼を細めた。
一人だけ年嵩の男は、おそらくヴェラの実父であるワディンガム伯爵だろう。入室したヴェラを認めて、なぜだか眼を見開いている。
他の若い男女が、ヴェラの兄と姉だと思われた。兄は憎々しげにヴェラを睨み、姉は冷えた視線でヴェラを流し見ている。
どうして自分がそこまで彼らに嫌われるのか、ヴェラは知っている。ヴェラが、母を殺したからだ。
ヴェラの後ろには、心配げにリサがついていた。リサは、家族がヴェラを憎むのは筋違いだと言った。
どちらが正しいのか、ヴェラには判らない。けれどいずれにせよ、教会と王宮が間に入った以上は、今後は何かしらの結論が出るのだろう。
口火を切ったのは、ワディンガム伯爵だった。着席したヴェラに、親しげに笑いかける。
「やあ、クラーラ。今日は体調が良いのかい?」
「……?」
何を言われているのか判らず、ヴェラは困惑した。ヴェラについてきた事務官たちも困惑している。
ワディンガム伯爵に、にこやかに頷いたのは姉だった。
「えぇ、大変によろしいこと。お母様が体調を崩してしまってから、我が家は火が消えてしまったようですから」
「料理人たちに言って、今日は消化に良いものを作らせましょう」
すかさず兄が同調した。先ほどの憎らしげな表情など一つも見せずに、ヴェラに微笑みかける。
「お母様は粥とパン粥のどちらが良いでしょう。それとも、他のものでも食べられますか」
ヴェラは混乱した。なぜ自分が母などと呼ばれているのか、一つも理解できないのだ。
それから、はっと思い出す。
クラーラ。ワディンガム伯爵は、ヴェラをクラーラと呼んだ。
それは、それは、――ヴェラの、母の名だ。
「ち、ちが……」
「お母様」
否定しようとしたヴェラを、姉が強い語調で遮った。
「療養のために離れに籠もられてしまって、わたくしどもは寂しゅう感じておりましたのよ。久しぶりにお会いできるだなんて、今日は本当に良い日ですわね」
「そうだね。――あぁ、そうだ。プリンでも出そうか。昔から好きだったし、プリンなら体調が悪くても少しは食べられるのではないかな」
何の疑いもない表情で、本当に嬉しそうに、ワディンガム伯爵が頷いた。
ワディンガム伯爵が控えていたメイドの一人に視線を向ければ、メイドも動揺した様子なくにこやかに頷いて退出していった。おそらく、厨房に行くのだろう。
そういう、異様な光景を、ヴェラたちは言葉なく見守っていた。
浮かれた様子で、ワディンガム伯爵が話しかけてくる。
「クラーラは、最近はどう過ごしているのかな。せめて一緒にお茶でもできれば良いのに、それも難しいだなんてわたしは寂しい思いばかりしているよ」
「え、えぇ……」
ワディンガム伯爵の隣で、兄と姉が、冷えた視線でヴェラを見据えている。ヴェラは、もう何も言えなかった。
見かねた事務官が、慎重な様子で口を挟んだ。
「伯爵夫人は、体調を崩されて長いのですかな」
「あぁ、そうですな」
実に機嫌良く、人の良い様子で、ワディンガム伯爵が頷いた。
「実のところ、十余年ほど前に末娘を事故で亡くしましてね。それ以来、クラーラはすっかり病みついてしまったのです」
事務官がちらりとヴェラを見た。ヴェラは顔色を失っている。
ワディンガム伯爵家の末娘。それは、それは、――ヴェラのことだ。
「それは、残念なことですね」
「遊んでいるときに、階段から落ちたのです。元より活発な子でしたから、もっと良く見ていてやれば良かったと、何度後悔したことか」
当時を思い返しているのか、ワディンガム伯爵の顔が苦く曇った。その隣で、姉が澄ました表情で紅茶を飲んでいる。
違う、違う。ヴェラは生きている。
テーブルの幅しか離れていない、本当に眼の前だ。こんなに近くにいるのに、ワディンガム伯爵は自分の末娘であるヴェラを認識しない。
死んだ伯爵夫人を生きていると思い込み、生きているヴェラが死んだと思い込んでいる。
そしてヴェラを伯爵夫人だと思い込んで、親しく愛おしげに微笑みかけている。
「何か不自由はないかい、クラーラ。困りごとがあったら、いつでもわたしに言うんだよ」
いまにも叫び出しそうなヴェラの前で、兄と姉は動揺の一つも見せなかった。
姉が頬に手を添えて、首を傾げる。いかにも心当たりがないという表情だった。
「えぇと、それで、今日はどういったご用でしたかしら……?」
事務官は沈黙した。完全に気がおかしくなっているワディンガム伯爵の前で、危うい均衡を崩すような言葉を口にすることはできなかったのだ。
少なくとも、いま、ワディンガム伯爵家は、これでうまく回っている。次期伯爵である令息の能力には問題なく、令嬢も同じく魔法の才能を活かして働きながら婚約も決まっている。
王国にとって、ワディンガム伯爵家は、軽んじて良い家門ではない。この均衡を崩すことで予想される混乱を思えば、事務官には何も言えないのも当然のことだった。
教会から来た聖職者たちも顔を見合わせ、リサは真っ青になっている。わなわなと震えるリサが何かを言うよりも早く、ヴェラが明るい声を出した。
ヴェラの声は明るく、けれど震えて、ひっくり返っていた。それでもヴェラは、言い切った。
「ごめんなさい、悪い夢を見たみたい。体調が悪くなってきたから、離れに戻りますわね」
「あぁ、大丈夫かい、クラーラ」
心底から、ワディンガム伯爵が心配げな声を出した。
「あとでプリンを届けさせるからね。ひと口でも良いから食べなさい」
「ありがとう」
お父様、とヴェラは言えなかった。
兄と姉は、しらっとした表情で視線を逸らしていた。最大の問題は脱したと判断したのかも知れなかった。
奇妙な脱力感と無力感を抱えたまま、ヴェラたち一行は本邸を辞することになった。離れの近くまでヴェラを送り届けながら、聖職者と事務官たちがどうしたものかと相談している。
「ヴェラ」
後ろから呼びかけられて、ヴェラは弾かれるように振り返った。
その場には、兄が追いかけてきていた。
兄がヴェラを見ている。それが憎らしげな視線だとしても、兄はヴェラをヴェラとして認識している。
ただそれだけのことが、ヴェラには泣きたくなるほど嬉しいことだった。
その兄が、ヴェラに呪いを向ける。
「お前が母上を殺したんだ」
「女性がお産やその前後で亡くなるのは、ある程度は仕方のないことです! ヴェラお嬢様は悪くありません」
致命的な身分の差があると言うのに、そう言って兄に噛みついたのはリサだった。
ヴェラは慌てた。ヴェラが兄とリサの間に入って兄に謝るよりも早く、兄が笑った。
ひどく、ひどく、暗い笑みだった。
「何をおめでたいことを言っているんだ」
そして兄は、ヴェラを呪うのだ。お前が幸せになることなど、決して許さないと言わんばかりに。
「ヴェラを産んだあと、母上は問題なく元気だったんだ。母上が亡くなったのは、ヴェラが三歳のときに階段の上から母上を突き落としたからだよ」
「――え、」
ヴェラは真っ白な頭で、兄を見返した。
このとき告げられた兄の言葉は、このあとのヴェラを永遠に苦しめ続けることになる。
「お前からすれば、ほんの些細な、悪戯のつもりだったんだろうな。母上に甘えたかったのか、驚かせたかったのか知らないが、どんな理由でかお前は母上を突き飛ばした。階段の上だ、場所が悪かった」
は、は、はは、と兄は笑った。
「父上や、俺たち兄姉や、使用人たちが見ている前でだ。お前、人間の体が階段から人形みたいな動きで落ちていくのを覚えてるか? 俺は覚えてるよ、今でも夢に見る」
ヴェラは、はたと気づいた。兄は、本当に、本当に、殺してしまいたいくらいに、ヴェラを憎んでいるのだ。
「母上を喪った父上は、見ての通り綺麗に壊れた。お前、楽しかったか? 母上を殺して、父上を壊して、何もかもぜーんぶ忘れて、暢気に生きているのは楽しかったか? 挙げ句にお前、教会に駆け込んだな。それが貴族にとって、どれほどの不名誉になるかも考えずに」
「ち、違う、違います」
「何も違わないだろ!」
兄は叫んだ。血を吐くような叫びだった。
「この、人殺し! どうしてお前が生きて、母上が死んだんだ!」
ぞろ、と兄がヴェラを睨む。どろりと濁った憎悪だった。
「父上があぁなった以上、お前の世話を手配をしていたのは俺だ。住む場所を用意してやっただろう。メイドも、料理人も、侍女も、置いてやっただろう。生活にも、教育にも、お前は何一つ不自由しなかったはずだ。お前が生きていて、何か困ったことがあったか? これ以上、俺に、この家に何を求める気だ!」
兄が一歩踏み出して、反射的に王宮の事務官がヴェラとの間に入った。それを見て、兄が唇を歪めた。
「良かったな、被害者面して、大人たちに守って貰えて。そのまま出て行けよ、どうせお前が教会に駆け込んだ事実はそのうち貴族たちの耳に入って噂になる。ワディンガム伯爵家の名誉は地に落ちるだろうな」
暗く、暗く、濁った眼で、兄は笑った。
「お前、何がしたかったんだ。どうしてこの家に生まれてきたんだ。どうしてこの世に生まれてきたんだ。お前さえ生まれてこなきゃ、母上も生きてて、父上も正気で、俺たちは幸せなままでいられたのに」
は、は、はは、と笑う。ほとんど壊れたように。
「このうえ教会に駆け込まれるなんて知ってたら、さっさと殺しておくべきだったな」
ゆら、と兄が揺らめいた。よろりと踵を返して、そのままふらふらと本邸へと戻っていく。
ひどく憎々しげな、去り際の兄の言葉が、いつまでもヴェラの心に突き刺さった。
「じゃあな、さっさと消えちまえ、人殺し」
呆然と立ち尽くすヴェラと、気まずげに顔を見合わせる人びとが、静かにその場に残った。
その後、ヴェラは教会に引き取られることになる。ダレルからの正式な求婚も断り、彼女は生涯を人びとへの奉仕に捧げた。
皮肉にもヴェラの無私の奉仕は、ワディンガム伯爵家の評価を上げることになる。ヴェラを称える声を聞くたびに、兄と姉はひどく冷たい表情で笑ったという。
たまたまSNSで『3歳児にベランダに閉め出されて危機だった話』が流れてきて、ひょえーってなった気持ちをそれっぽく形にしてみました。たぶん世の中には自分の子どもに殺されちゃった親御さんもたくさんいるんだろうな
なろう小説だと『妻が産褥死する原因になった子どもを憎む家族の話』ってのをたまに見かけて、まぁこれはそもそもお産が命がけなのは最初から判ってるんだから子どもに憎しみをぶつけるのはちょっとお門違いだよなーと思いますけれど(気持ちが理解できないわけではありませんが)、じゃあ本当に『子どもが親を殺しちゃった』みたいはお話は見かけたことがないなーと思ったので書いてみました
結果、『めちゃめちゃ書きにくーい!』ってなったので皆さん書かないのが正解だと思います。みーんな薄ら悪いけどみーんな薄ら悪くない。書きながら『これどないしよ』って途方に暮れちゃった
【活動報告:20260913】
https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/799770/blogkey/3705701/
【過去作品:作者ID+総合評価降順】
https://yomou.syosetu.com/search.php?userid=799770&order=hyoka
【追記20260914】
何件かコメント来てますが、実は兄姉が母を殺した、みたいなことはありませーん! あり得なさ過ぎるコメントが来てドン引きしております。そんなに判りづらかったです?? 文章力不足かなぁ…
【追記20260915】
何件かコメント反応しちゃいましたが、以降はコメント返信なしになりましてございますー! さすがに全部返信していられないので
ひとまず一部のひとにはそれなりに意図が伝わったようで、安心致しました。そんなにアクロバティックな曲解を招くほどわけ分かんねー文章書いてたかな、って不安になっちゃった




