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悪女の“返礼”は、婚約破棄と同時に発動いたします

作者: もちのき
掲載日:2026/02/14

 王都の夜は、明るすぎる。


 そう思いながら、エリザ・ヴァルネスは、きらびやかな大広間の片隅で、ひとりグラスを傾けていた。


 水面のように煌めくシャンデリア。宝石をこれでもかと散りばめた令嬢たちのドレス。甘ったるい香水と、笑い声と、紙のように軽い噂話。


 ――この場の誰一人として、自分たちがどこに守られて立っているのか、分かってはいないのだろう。


 グラスの中で、赤ワインがゆらりと揺れる。エリザは薄く笑った。


「ねぇ、見て。あれが “辺境の悪女” なんですって」


「本当に? ずいぶん日焼けしているわ。貴族令嬢とは思えないわね」


「きっと辺境で兵士とばかり一緒にいるからよ。ああいうのが殿下の婚約者だなんて、王太子妃の座も地に落ちたわ」


 ささやき声は、悪びれもなく耳に届いてくる。


 エリザは、振り返りもしなかった。


 日焼けした肌。鍛えられた腕。豪奢というよりは機能的な、濃紺のドレス。

 王都の令嬢たちから見れば、それは「粗野」以外の何物でもないのだろう。


 ――いい。都合がいいわ。


 勝手に「悪女」と呼んでくれるなら、それでいい。

 わざわざ訂正してやるほど、彼女は優しくない。


 視線を横に向ければ、ひときわ明るい輪が目に入る。


「殿下、今夜の星も、とても綺麗ですわね」


「本当に。君の瞳ほどではないけれどね、セレスティア」


 笑い声。

 レオンハルト王太子と、その隣で花のように微笑む侯爵令嬢セレスティア。


 絵になる二人だ、とエリザは思う。

 王都の人間が求める「理想の王太子と王太子妃」が、そのまま形になったような。


 だからこそ――この結末は、最初から決まっていたのだろう。


 ふと、胸の内に、古い言葉がよみがえる。


『……婚約は、先先代陛下の代より決まっていたものだ』


 父の低い声。まだ幼かった頃、膝の上で聞いた昔話。


『戦乱のさなか、北方から押し寄せる敵を退けるために、王家はヴァルネス辺境伯領の力を借りた。兵も、武具も、食糧も。その多くを負担していたのは、王都ではなく辺境だった』


 賢王と謳われた先先代国王は、その礼として一つの契約を結んだ。


 ――また、この王国が平和になった時、王族と婚姻する権利を与える。もしこの婚約が一方的に破棄されたときは、これまで辺境伯領が担ってきた防衛資金を、王家が余すことなく返還すること。


 その契約は、魔法によって縛られている。

 一度結ばれた以上、絶対に守られなければならない。

 先先代は、自分の死後をも見据えて「王家が辺境を敬うことを忘れぬように」と、あえて重い鎖で縛ったのだ。


 ……けれど。


『しかし、時が過ぎるにつれ、戦火を知らぬ王家は、その意味を忘れていった。古びた書類の中に眠る約束の重さを、誰も、まともに読み返そうとはしなかったのだ』


 グラスを、静かにテーブルに置く。


 ――忘れたのなら、思い出させてあげればいい。


 今夜、その時が来る。


 ◇ ◇ ◇


「エリザ嬢」


 背後から名を呼ぶ声に、エリザは振り返った。


 そこには、王太子レオンハルトが立っていた。

 金糸の髪を美しく整え、純白の礼服に身を包んだ、絵に描いたような美青年。


 その腕には、レースと宝石に飾られた薄桃色のドレス。セレスティア侯爵令嬢が、さも幸せそうに寄り添っている。


「殿下。今宵はお招きありがとうございます」


 エリザは納得のいかぬ心を宥めつつ、完璧な礼をとる。

 礼儀だけは決して欠かさない。それが「悪女」としての、彼女なりの矜持だ。


「エリザ様は、お変わりなく……辺境でのお務めは、いかがですの?」


 セレスティアが、しなを作りながら問いかける。

 整った顔に貼りついた、少しだけ勝ち誇った笑み。


「おかげさまで。魔物も、雪も、相変わらず容赦がございません」


「あら……まぁ。それは、それは。わたくしには到底務まりませんわ。ねぇ、殿下?」


「ああ。君のような優しい女性には、辺境など似合わない。冷酷で、粗野で、戦ばかりの土地だ」


 レオンハルトの視線が、値踏みするようにエリザをなぞる。


 日焼けした肌。鍛えられた肩。裾を引きずらない、戦場でも動ける丈のドレス。

 それらを見ている目は、「婚約者」ではなく「時代遅れの政略結婚の相手」を見ている目だ。


「……左様でございますね」


 エリザは、短くそう答えるに留めた。


 今さら、彼に何を言う必要があるだろう。

 彼は一度たりとも、北の防壁に立ったことはないのだから。


「この後の夜会で、大事な発表がある。君も見届けるといい」


 意味ありげな声音。

 セレスティアが、嬉しそうにレオンハルトの腕にぎゅっとしがみついた。


 エリザは一歩下がって、形だけの礼をもう一度。


「仰せのままに、殿下」


 ――ええ。最後まで、見届けて差し上げますわ。


 ◇ ◇ ◇


 やがて、楽団の音が止んだ。


『皆の者、静まれ』


 国王の声が、大広間に響き渡る。

 ざわめきが波のように収まり、貴族たちの視線が一斉に壇上へ向けられた。


 国王と王妃。その隣に、王太子レオンハルトとセレスティア。

 そして少し離れた場所に、エリザ。


『今宵は、皆に知らせねばならぬことがある』


 国王の言葉に、エリザはじっと目を細めた。


 ――やはり、陛下も忘れてしまったのね。


 先先代から受け継いだはずの契約の重さを。


『レオンハルト』


「はっ」


 促され、レオンハルトが一歩前に出る。

 彼は堂々と胸を張り、よく通る声で宣言した。


「エリザ・ヴァルネス。ヴァルネス辺境伯令嬢。……今まで、婚約者として共に歩んできたこと、感謝する」


 大広間がざわめく。何が始まるか、全員が察していた。


 エリザは、微動だにしない。


「だが、我は選ばねばならぬ。王太子としてではなく、一人の男として、真に愛する人を」


 レオンハルトは、隣に立つセレスティアの手を取った。


「我は、セレスティア・ローゼンバーグ侯爵令嬢を愛している。

 彼女こそが、この国の未来を支えるにふさわしい、優しく清らかな女性だ」


 セレスティアが、わざとらしく目元を潤ませる。


「レオンハルト様……。わたくし、そんな……」


 大広間の空気が、一気に色めき立つ。


「まぁ!」「やはり……!」「お似合いですわ!」


 既に知っていたかのように頷く者。心底驚いた顔で囁き合う者。

 その輪の中で、エリザだけが静かだった。


「ゆえに――」


 レオンハルトは、エリザへ向き直る。


「ここに、君との婚約を破棄する!」


 その瞬間、広間は歓声に包まれた。


「ついに……!」「悪女が裁かれた!」「殿下はよく決断された!」


 拍手が起こる。グラスが打ち鳴らされる音。

 セレスティアに向けられる祝福の言葉の数々。


 エリザは、ゆっくりと目を閉じた。


 ――ああ、やっと。


 静かに息を吐き、瞼を上げる。


「……畏まりました、殿下」


 エリザは、一歩前に出て、深々と礼を取った。


 その姿に、一瞬だけ場が静まりかえる。

 誰もが「取り乱す悪女」を期待していたのだ。

 泣き叫び、縋りつき、見苦しく喚く姿を。


 しかし、エリザは顔一つ崩さない。


「エリザ……?」


 レオンハルトが、わずかに戸惑った声を漏らす。


 エリザはゆっくりと顔を上げ、涼やかな声で言った。


「では、これをもちまして――先先代陛下の代より結ばれておりました『王太子殿下との婚約および防衛資金に関する契約』も、同時に終了とさせていただきますわね」


「……は?」


 誰よりも先に、セレスティアが間の抜けた声を出した。


 エリザは、懐から一枚の羊皮紙を取り出す。

 古びたそれは、中央に置かれた途端、ふわりと淡い光を放ち始めた。


 魔法契約の光だ。


「これは――」


 最前列にいた老臣が、目を見開いた。


「まさか、先先代陛下の……!」


「ご明察ですわ、宰相殿」


 エリザは微笑み、羊皮紙の端を指先でなぞる。

 古い文字が、浮かび上がるように輝きを増した。


「ここに記されていますのは、

 王太子殿下とヴァルネス辺境伯令嬢との婚約と、それに付随する防衛支援に関する契約条項です」


 ざわめきが、じわじわと広がる。


 国王の顔色が、目に見えて悪くなるのが分かった。

 記憶の隅に追いやっていた何かが、ようやく形を取り戻し始めたのだろう。


「読まなくてよければ……とは思いましたが」


 エリザは、わずかに肩をすくめる。


「どうやら、現王家の皆さまは、先先代陛下のお約束をすっかりお忘れのようですので。改めてお聞きになっていただいた方がよろしいかと」


「や、やめろ、エリザ」


 国王が低く制止の声を上げる。

 だが、羊皮紙の光はすでに強くなっていた。


 魔法契約は、当事者が「無視する」ことを許さない。

 一度発動した以上、最後まで読まれ、履行されるまで消えない。


「陛下。これは、先先代陛下が『王家として』結ばれた契約です」


 エリザの声は、冷たく澄んでいた。


「そのお言葉は、先王の御霊に届きますよ?」


 国王の奥歯が、ぎり、と鳴った。


「……読み上げよ」


 絞り出すような声で呟く。

 王としてではなく、ただの一人の男としての恐怖が滲んでいた。


「畏まりました」


 エリザは、淡々と契約条項を読み上げ始めた。


『一、王太子とヴァルネス辺境伯令嬢との婚約は、両家の同意がある限り継続されること』


『一、ヴァルネス辺境伯家は王国防衛の実務と資金の大部分を肩代わりすること』


『一、その礼として、王家はヴァルネス辺境伯家の地位と発言権を尊重し、軽んじぬこと』


 ここまでは、誰もがただ黙って聞いていた。

「昔はそんな約束もあったのだろう」と、遠い話のように。


 だが――エリザが次の一文を読んだ瞬間、空気が変わる。


『一、婚約が王家の一方的な都合によって破棄された場合、その時点までヴァルネス辺境伯領が担ってきた防衛資金・兵站費・結界維持費のすべてを、王家が余すことなく返還すること』


『一、本契約は魔法により縛られ、王家がこれに背けば、王家の名において結ばれたその他すべての契約に悪影響が生じる』


 どよめきが、爆発した。


「返還?」「全部?」「そんな馬鹿な!」


「け、結界維持費って……全部か?」「兵站費って、軍の……?」


 ざわざわと揺れる貴族たちの間で、エリザは静かに続ける。


「以上の条文に基づきまして――

 今この場で、王太子殿下からの一方的な婚約破棄が宣言されましたので、契約は発動いたしました」


 羊皮紙の光が、さらに強くなる。

 金の鎖のような光が王家の紋章を縛り、そのまま床に影を落とした。


「ま、待て!」


 レオンハルトが叫ぶ。


「そんな契約、聞いていない! そんなもの、形だけのもので……!」


「殿下」


 エリザは、ほんの少しだけ目を細めた。


「先先代陛下の御代に、確かにこの契約に署名なさいました。そして王家は代々、この魔法契約を「王家として引き継ぐ」と認め続けてこられた」


「だ、だからといって――!」


「婚約の確定文書には、殿下ご自身の署名もございますよ?」


 エリザがそう告げると、側近の一人が顔面蒼白になって前に出た。


「で、殿下。以前、書類が多すぎるとおっしゃって…… “どうせ形式だけだろう” と目を通さずに署名された束の中に……」


「黙れ!」


 レオンハルトが側近を怒鳴りつける。


 けれど、魔法契約は待ってはくれない。


 羊皮紙から伸びた光の鎖が、宙に紡がれた数字を形作る。

 そこに示された金額を見て、宰相が膝をつきかけた。


「こ、これは……! 馬鹿な、こんな……!」


「宰相殿?」


「王都十年分の歳入……いや、それ以上だ……! 防衛に、これほど……!」


 エリザは、淡々と頷いた。


「北に立つ結界を、王都の皆さまはご覧になったことがありませんものね。

 魔物を抑え込むには、常に魔力と資金を流し込み続けなければなりません。

 兵を支える糧食も、武具も、寒冷地用の装備も。

 それらの大半を、ヴァルネス辺境伯家が担ってまいりました」


 静まり返る大広間。

 誰も、軽口一つ叩けない。


「それらを、本日をもって王家より返還していただきます」


 エリザは、微笑んだ。


「先先代陛下とのお約束通りに、ね」


 ◇ ◇ ◇


 その時だった。


「き、北方より急報!」


 血相を変えた使者が、大広間へ駆け込んできた。


 衛兵が制止する間もなく、使者は床に膝をつき、国王に叫ぶ。


「ヴァルネス防衛線にて、魔物の群れが活発化! 結界の再構築作業中につき、王都方面への援軍は……! げほっ」


 咳き込みながらも、必死に言葉を続ける。


「辺境伯様のご命令により、まずは辺境領内の民の避難と防衛を優先。王都への救援要請は……現時点では、出さぬとのこと……!」


「なっ……!」


 国王の顔が、蒼白を通り越して青黒くなる。


「エリザ! これはどういうことだ! 王都も、王都も守るのだろう!?」


「いいえ?」


 エリザは首を傾げた。


「先ほど申し上げた通りですわ、陛下。

 本日をもちまして、王太子殿下との婚約は破棄されました。

 そして、それに連なる防衛支援契約も、終了いたしました」


「だが、王家はお前たち辺境を庇護してきたのだぞ!」


 国王の叫びに、エリザは小さく笑う。


「庇護、ですか」


 彼女は、ゆっくりと言葉を選ぶように続けた。


「王家が辺境にしてくださったこと、もちろん感謝しております。――税を取り立て、戦があれば兵を徴発し、時折、”視察”と称して王族を送り込んでくださった」


 皮肉たっぷりにエリザは語る。


「そ、そんなことは分かっておる! だが、王家は……!」


「先先代陛下だけは、理解しておいででした」


 エリザの瞳が、わずかに柔らかくなる。


「王都は、辺境に守られている。だからこそ、王家として、辺境に礼を尽くさねばならないと」


 その表情は一瞬で消え、再び冷たい悪女の顔へ戻る。


「けれど、今の王家は、その約束すら忘れてしまわれた。でしたら――」


 エリザは、ひと呼吸おいて告げた。


「契約どおり、“返して”いただきますわ。お金も。責任も。そして、王国の未来も──すべて」


「エリザ!」


 レオンハルトが叫ぶ。


「お前、正気か!? この国が滅びるかもしれないんだぞ!」


「ええ。正気ですとも。殿下」


 エリザは、ほんの少しだけ微笑んだ。


「ですが、覚えておいていただきたいのです。

 この国を本当に滅ぼすのは、魔物ではなく――」


 すっと視線をセレスティアへ向ける。


「自分たちを守る者を、笑って切り捨てる愚かさですわ」


「なっ……!」


 セレスティアが言葉を失う。


「“悪女”は、搾取され続けるための飾りではありません。都合よく使い潰されて、最後は捨てられる“善い女”より、よっぽどましだわ」


 エリザは、くるりと踵を返した。


「というわけで――ヴァルネス辺境伯領は、本日をもって、王国全土を守る義務を放棄いたします。これからは、自領の民だけを守りましょう」


 最後に、振り返りもせずに言い捨てる。


「王都を守るのは、王都の方々の仕事ですもの。

 ……“悪女”に、これ以上、甘えないでくださいな」


 ◇ ◇ ◇


 数日後。


 王都は混乱の渦中にあった。


 各方面から届く報告は芳しくない。

 ヴァルネス防衛線は辛うじて保たれているものの、その結界は辺境領を守る形に再構築され、王都方面へ延びていた防御は大きく後退した。


 貴族たちは怯え、民は不安にざわつく。


『悪女を追い出したからだ』『殿下は何を考えている』


 そんな声が、こっそりと酒場で囁かれるようになった。


 王宮からは、ヴァルネス辺境伯領へ何度も書簡が送られた。

 謝罪と、支援再開の懇願と、時に命令に近い文言を含んだものまで。


 だが、そのすべてに返事は来なかった。


 ◇ ◇ ◇


「……本当に、よかったのか」


 吹きすさぶ北風の中、ヴァルネス辺境伯は、隣に立つ娘に問うた。


 高い石壁の上。

 遠くには、薄く輝く結界の帯が見える。

 その向こうで、大地がうねり、魔物の影が蠢いていた。


「王都を見捨てることになる」


「見捨ててなどいませんよ、お父さま」


 エリザは、微笑んだ。


「ただ、“元々の持ち主のもの”をお返ししただけです。

 王都は、自分たちの未来を、自分たちで守るべきですから」


 風に髪をなびかせながら、彼女は続ける。


「それに――」


 黄金色の瞳が、遠くの空を見上げた。


「いつまでも、誰かに守られているだけの王家に、この国を任せたいとは思いませんもの」


「……お前は、本当に “悪女” だな」


 苦笑混じりの父の言葉に、エリザは肩をすくめてみせる。


「ええ。その通りですわ。誰かの犠牲の上に胡座をかく“善い女”になるくらいなら、自分の守りたいもののために、平然と他人を切り捨てる“悪女”でいた方が、よほど性に合っています」


 その時、背後から足音がした。


「お話中、失礼します」


 振り返ると、銀髪の男が、深く頭を下げていた。

 隣国からの特使、ディルクだ。


「先日は、急な訪問にもかかわらずお時間をいただき、感謝いたします、ヴァルネス辺境伯殿。そして、エリザ殿」


「何か、動きがありましたか?」


「ええ。貴国王都から、我が国にも “共同防衛” の打診が届きました」


 ディルクは、どこか困ったように笑う。


「ただ――正直に申し上げて、王都だけでは、あの北方を守る力はない。我々としては、ヴァルネス家の協力なくしては、大規模な支援は難しい、と返答せざるを得ませんでした」


「でしょうね」


 エリザは、あっさりと頷いた。


「……その上で」


 ディルクは、まっすぐにエリザを見る。


「我が国は改めて、ヴァルネス辺境伯家に正式な提案をしたい。もし、あなた方が “王都ではなく、守る者を正しく評価する国” を望むのであれば――」


 彼は、一歩前に出て、深く頭を垂れた。


「我が国は、あなた方を最大限に尊重し、迎え入れる用意があります」


「……ふふ」


 北風の中で、エリザは静かに笑った。


「“悪女”を悪女扱いしない国、ですか。それは、少しだけ魅力的なお話ですわね」


「では――」


「もっとも、すぐに決めるつもりはありません」


 エリザは、遠くの空を見据えた。


「この“返礼”が、王都にも、王家にも、民にも、どれほどの重さで届くのか。それを見届けてからでも、遅くはないでしょう?」


 ディルクは目を細め、やがて小さく笑ってうなずいた。


「あなたが “悪女” と呼ばれる理由が、少しだけ分かった気がします」


「光栄ですわ」


 エリザは、風に舞う手紙を一枚、指先で挟み取った。


 王都から届いた、新たな救援要請の書状。

 丁寧な言葉と、滲んだインクと、掠れた署名。


 それを、彼女は迷いなく暖炉の炎の中へ滑り込ませる。


 紙が、ぱちぱちと音を立てて燃えていく。


 その赤い光を眺めながら、エリザは低く呟いた。


「――これが、悪女からの“返礼”ですわ。王都の皆さま」


 炎は、夜空を赤く染める結界の光と、静かに溶け合っていった。

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ほのぼのスローライフものを今執筆中なので、もしよければお立ち寄りいただけると嬉しいです。

魔物領のはしっこで、飯屋はじめます

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― 新着の感想 ―
面白かったのですが、 何故悪女と呼ばれるようになったのか。 どうやって領地まで戻ったのか。 こうなってしまったら費用は返還してもらえないのでは? など、細かい点が気になってしまった。
これはこの先を読みたいと思ってしまう❣️ エリザも魅力的だし、ディルクとも結ばれそう。
面白かったんですが、最後の場面 >吹きすさぶ北風の中、ヴァルネス辺境伯は、隣に立つ娘に問うた。 >高い石壁の上。 のはずなのに暖炉のある部屋にいつの間に移動した?と気になってしまいました。
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