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つきまとい

作者: 雉白書屋
掲載日:2025/12/24

「なるほど……つきまとい、ですか」


「はい……」


 ここはとある精神クリニック。

 話し終えた患者の男は、大きく息を吐き、身じろぎした。そのたびに男が横たわるソファがギシッと軋む。その音に男は過敏に反応し、ビクッと跳ねるようにして上体を起こした。精神科医と目が合うと、気まずそうに視線を逸らし、再び深いため息をついた。神経がかなりすり減っているのが一目でわかる。


「先生、すみません……話してみて、かえって確信が深まりました。やっぱり妄想なんかじゃありません。あの男は実在している……間違いなく……」


「なるほど……そうかもしれませんね」


 精神科医は静かに頷いた。その柔らかな声に、男はわずかに肩の力を抜き、安堵の息を漏らした。


「お話を伺う限り、スーパーやコンビニ、電車の中、それからマンションの入口でその人物を見かけるんですね?」


「はい。僕が買い物を終えて店を出て、ふと振り返ると……そこにいるんです」


「そのとき相手は『あ、見つかった』というような反応をする、と」


「はい……ニヤッと笑ったような気もします……」


「気、ですか?」


「目があまり良くないもので、はっきりとは……。でも、僕を見ていたのは確かです」


「なるほど。しかし、人違いの可能性も考えられますね。突然振り向かれたので、驚いただけということも」


「いいえ! あれは確実に同じ人物です! 絶対に僕の後をつけてきているんですよ……!」


 男は思わず声を荒らげ、前のめりになった。膝の上で握りしめた拳が、小刻みに震えている。


「ええ、そうかもしれませんね。……それで、そのあと相手は?」


「そそくさと店の中へ入っていきますよ……」


「なるほど。つまり、店内で鉢合わせすることはなく、外に出た直後に出くわすわけですね」


「はい。きっと、待ち伏せしてるんです。店の中で見つかって詰め寄られたら、逃げられませんから」


「なるほど。確かに筋は通っていますね」


「先生、僕はどうしたらいいんでしょう……? 捕まえて問い詰めたところで、とぼけられるに決まっています。今のところ実害がない以上、警察も動いてくれないでしょうし……」


「まあ、そうでしょうね……」


「でも、ある日いきなり背後からブスリ! なんてこともあるかもしれませんし……。僕は争いごとが苦手で、口喧嘩ですら自信がないんです。ああ、どうしたら……」


 精神科医は考え込むように視線を落とし、それから口を開いた。


「……まずは、しばらく様子を見ましょう。精神安定剤を処方します。来週またいらしてください」


「でも……被害妄想なんかじゃなくて……本当に……」


「ええ、もちろんです。ただ、勘違いの可能性も完全には捨てきれませんし、それに警察へ相談する際、あなたがどれほど精神的な負担を受けていたかを証明する手助けができますから」


「まあ、はあ……」


 男はどこか物足りなさそうに眉を寄せたが、それでも胸の内を吐き出したことで、少しは気が晴れたのだろう。来院時よりもわずかに明るい表情でクリニックを後にした。

 だが、それから数十秒後――。外の通りから「あっ!」という短い声が響いた。

 精神科医は何事かと思い、窓辺へ歩み寄った。外を覗き込んだ、その直後。ドアが勢いよく開き、一人の男が荒い息を吐きながら飛び込んできた。


「あの……! 今、ここに男が来てたでしょう……!」


「はい? あっ……」


 精神科医はその顔を見た瞬間、言葉を失った。つい先ほど診察していた男に、驚くほどよく似ていたのだ。体格も顔立ちも、そして不安げに揺れる視線までもが同じだった。


「あの、変な話だと思われるかもしれませんけど……僕、あの男に先回りされているんです」


「先回り、ですか……」


「昨日からここに相談に来ようと決めていたんです。なのに、あいつがまた先に……」


 男は苛立ちと困惑が入り混じった表情で頭を掻きむしった。

 精神科医は黙り込み、思案する。

 生霊、あるいはドッペルゲンガーか……。いずれにせよ、この奇妙な事態を解決するには、両者にこう告げるほかなさそうだ。

 勇気を出して、相手と真正面から向き合うように――と。

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