聖ペルトニック 14-1 循環の物種
...しかし、どんなことでも完全に、それも永遠に変わらないということは、普通に考えれば物理法則程度しかないだろう。この「断層都市」においてもそうであった。
止まれと命令した最初は完全に思考も、動きも。何もかもが静止されていたが、次第に少しづつアモルも他の顔のない人間たちも動き、アモルの思考も働き始めた。
けれども、それはアモル自身の「動かしてほしい」とか、そういう思考による動きではないだろう。アモル自身の観測による結果ではなく、「観測者が存在しない」。そのため、世界が自動で動き出したということなのだろう。実際、あの神殿の裂け目で見てないとき、あの世界も明らかに動いてるではないか。アモルは、観測者がいないときの世界というのを、その身で理解した。
電車が空へ向かって全速で走り、自動車は端の見えないこの都市の端へと向かい、人々は規律よく持ち場へと向かっている。この奇妙な空間..秩序的アナーキー。この呪われし空間から抜け出すべきだ。アモルはそう全身で感じ取ったのである。多分、次の空間も悪魔によって呪われているだろう。しかし、ここから脱出しなければならない。
建物がまるでアモルを見ているかのような形に変化し、彼を見つめ続ける。アモルは見られる存在になりつつあった。
「この空間、都市は、観測そのものを保存しようとしているのか……?」
アモルの声、電車の汽笛、自動車のエンジン音、人々の歩く音。音が出てくるにつれ、この都市の空気はまるで反響のように震えている。アモルが前に進んでいるのではなく、世界全体がアモルが前に進むという動作に対してただ単に後ろに進んでいるだけに過ぎない。
彼が角を曲がろうとすると、世界が90度曲がる。何かに手を伸ばそうとしても、その物体はまるでアレルギーのごとくアモルの手を避ける。他に顔のない人間に視線を向けるとなぜか視線がかえってくる。
「..本当に私はこの世界を観測しているのだろうか?それとも..世界自身が私の観測を見守っているのだろうか?」
しかし、そんなことを考えているうちに、アモル自身の輪郭が消えてゆく。観測者ではなくなってしまったのだから、この世界に溶けて行ってしまうのだ。彼の輪郭がぼやけていく。しかし、そのような運命をどうやらアモルは受け入れていない様子だ。
アモルが助けを求めようとしたが、そのような叫び声はもちろんこの都市では届かない。その代わり、どこかから流れるスピーカーがその叫びを代弁した。
周りの顔のない人間はアモルにどんどんと変わっていき、電車は最高速度で動き、信号はとても速く赤と青を繰り返し、自動車はあまりの速さにもう目では追うことができないほどであった。まるで、アモルの成分、「欠片」がこの都市に溶けてゆくように。あの時、「欠片」が光の海に溶けてゆくように。
アモルの「思考」という行為が、都市の形そのものを歪ませている。彼がこの世界に来た時に名付けた「断層都市」がだんだんと現実と化してゆく。思考、物質、構造、存在。その全ての境界線が消えていき、一つの意味へと集約されてゆく。
「この世界の「観測者」は、私ではなく……構造そのものだったのか。」
アモルの思考は分解されていき、やがて吸収されてゆく。
最後の瞬間、アモルは空から自分の姿を観測していた。まるで、大海の時にあの山の斜面の街を見ているかの如く。
..しかし、その視点はアモルのものではなかった。「誰か」が、「何か」が、アモルの存在自体を観測しているのだ。誰かは..おそらく一生をかけてもわからないだろう。
世界が「再構築」されていくとき、そこにアモルの存在はないだろう。しかし、あの都市の一角で、誰かがこうつぶやくだろう。
「観測は続く。
..たとえ観測者が消えても。」
さぁ、アモルが消えた以上、誰がアモルのことを観測しているのだろうか?
神?世界?それとも..




