聖ペルトニック 8-13 不規則な聖典
「..はぁっ、はぁっ..この世界は..なんなんだ..!?」
アモルは後ろから追いかけてくる幾つもの顔のない人間たちに追いかけられながらこの規則正しい、しかし不規則な都市である「断層都市」を走り回っていた。
..いや、実際に追いかけられているわけではない。しかし、顔のない人間たちからの大量の視線を感じる。そして、幻聴、この何も変化しないこのマンションと高架。アモルじゃなかったとしても不気味、最悪発狂してしまってもおかしくないだろう。
しかし、確かにこの世界にも「変化」というのは存在していた。例えばアモルが前みたものでは、3つ東にあるマンションの下から18個目、左から4番目の窓のみ3cmほど変化していたり、たまに一瞬世界が自身のように、ほんの少しだけ、あの神殿で見た裂け目のようなものが見えていたり。それはすぐに消えてしまったが。
アモルは、スタミナ的に限界に達してしまった。立ち止まったとき、まるで四方を囲まれてしまったかのような感覚に襲われた。アモルは、自分自身を見てくる顔のない人間たちに、こう問いかけた。
「あ、あなたたちは..誰を見ているのですか..?」
..しかし、誰も答えない。ただ単にアモルをまるで目でしっかりと見ているかのようにアモルを見ているだけだ。
その刹那、突然アモルの胸の中で「鏡」のような感覚に襲われた。そんなことはないはずなのだが、言語化できるとしたら「鏡」のような感覚なのだ。
「やめろ..やめてくれっ..!」
その瞬間、顔のない人間全員がその動きを止めた。自動車も、鉄道も。何もかもが時を止めたかのようにきれいにとまった。
アモルは、未だに自分がこの世界を観測できることに対して喜んだ。どうやってこの世界からまた脱出するかはわからないが、何かしらの手がかりが生まれたと感じた。
アモルはさらに確かめようと、今度は言葉で命じてみる。
「じゃぁ,,花を咲かせるとか?」
その瞬間、地面から花が咲いた..のではなく、街全体の建物が巨大な花弁のように開き、道路がまるで花粉のように光をそこら中に散らす。
アモルは愕然とした。自分の意図は「理解」されていない。だが、この世界の道理によって「解釈」されている。この世界は「命令を理解する」のではなく、「整合性を保つために修正している」のだ。
アモルはどんどん大きくなってゆく花を目の前にしてこう叫んだ。
「やめろ! 止まれ!」
花を止めようとすぐさまに止まれと命令した。..だが、止まるのはアモルの思考のほうだった。視界が溶け、都市がまるで波紋のように広がる。
——観測するアモルと、観測される世界が、境界を失っていった。
気づけば、すべてが静止していた。人々も、空も、機械も。しかし、見えない「何か」が未だにこの世界を観測し続け、「欠片」たちがまるで虫のように浮遊している。その中でも、アモルの思考自体が浮かび、そしてすぐさまに消えてしまっていた。
「……この世界に、意思というものはない。されども、秩序だけがこの世界に生き、この世界を活かし続けている。」
アモルは悟った。世界は彼の手、命令によって動いているわけではない。この世界は、彼の命令、観測に合わせて「再構築」されている。ただそれだけであった。




