聖ペルトニック 17-4 運命に委ね、天使は旅立つ
「...なぜ私は見られているのだ!どうしてなんだ!?」
アモルはまるで、先ほど自分が操作した怒りの世界となった住民かの如く、困惑せざるを得なかった。アモルは世界から干渉はされないと心の底では考えていた。しかし、実際にはこうして住民に一斉に空、いやアモルを指さすなんてことがあるのだろうか?
..アモルにはこれまで自分が「存在」しているという確かな証拠がなかった。だからこそ神殿に行って神に祈りをささげ、神から自分が存在していると認証、つまり「承認」をもらおうとしていた。「欠片」を通じて、何かしらの「証明」をしようとした。
しかし、それは自分騙しであることは、アモルも薄々理解していた。
だが今、世界がアモル自身のことについて認識していることに、アモルは安全なところから見ていたのに認識されたと恐怖すると同時に何かしら、自分が世界から承認されたということに気分がよくなった。
「..世界が私の存在に気づいても、私はただの観測者でしかない。語りかけることも、抱きしめることもだってできやしない。
..ならば、アモルは認識されていることを逆に利用しようと考えた。例えば、作物が一瞬で実ったり、天気を操作したりすることだ。そうなれば、あの小さな街の人々は飢えにならずに済むし、畑の水状態によって米もすぐに育てられることだってできるはず。アモルはいい事にこの力を使おうと考えた。
..それよりも、アモルが疑問に思ったことは自分自身がどう育ったかということであった。なぜ自分は米だったり安全、神などという言葉を知り、理解しているのだろうか?
あの世界の子供は確かに親から飯などを与えられ、愛情をはぐくんでいる。しかし自分にはそもそも親なんて人間はいないし、ましては食事、いやそもそも食欲という概念すらない。いったい自分は何者なのだろうか、アモルはおそらく答えの見つけることができない問いを考えていた。
この謎の海もそうだ。光の海に見えるが、本来そんなことはないはず..海というのは水で構成されるものだ。あとは、「欠片」がこの海に溶けていることだ。「欠片」がこの海を構成しているのだろうか?
そんなことをしていると、火山で噴火が発生した。アモルには怒りや、憤慨などという感情はそこにはなかった。しかし、噴火が発生し、火口から溶岩が流れ、人間は混乱せざるを得ない。
数分後にはこの小さな街は溶岩によって包まれてしまった。アモルはこの状況を見て、自分が持ってる力に対して虚無感を抱いた。
こうやって今も溶岩から人間たちが逃げているのに、自分は何も使えずにただそれを親指を食べて眺めることしかできない。この手で世界を形作れるのに、やがてすべては灰となってしまう。喜びも希望も悲しみも、この大いなる自然の前にとっては一瞬の幻影にすぎない。そのように感じたのだ。
そう思い更けているうちに、光の海が映し出していた世界が消えてしまった。また真っ黒の世界へと戻った..かに思ったが、それは違った。光の海に終わりが来たのだ。




