聖ペルトニック 1-16 鏡のアモル
..自分の昔の姿を見たアモルを、後ろから誰かが首を捕まえる。突然のことでアモルは、まるで今も夢にいるのかと思ったが、足と地面がこすり合う音を聞いて、これが現実であることを認識せざるを得なかった。
「やめろっ..なんで自分をっ...」
..アモルは意識を失った。なぜこんなことになったのか?..あの、観測されなくなったこと。あれが条件だとでもいうのか?アモルはどうなるのだろうか?誰がアモルを、まるで誘拐のようなことをしたのだろうか?
..目覚めると、アモルは監獄にいた。おそらく地下の牢獄なのだろう。まるで、あの数百部屋もあった、中央のタワーの下にいるような気分になった。
手、足は..おそらく自由に動ける。おそらくというのは、ただ動けるというだけで、それを視覚的に見ることができないからだ。つまり、目だけは拘束を受けてるということだ。目を閉じることさえ許されない。目は渇きはしない。瞳の奥まで、光が流れてくるのだ。
その拘束されている部屋の中心には大きな結晶があり、そこへアモルの視覚、記憶、データが移されてゆく。鏡の民はこの行為を「統制」だったり「記録」だったり呼ぶ。鏡の民にとっては、信仰というのはまるでパン一斤だったり、バケツ一杯の如くただの生存条件の一点に過ぎないということだ。まぁ、アモルはそれを取られていることを認識していないだろう。
まるで、今まで「見る者」として見てきたアモルが「見られる」側になったようだ。
どんどん、色んな自分の視点がうつされてゆく。神殿の石の階段を下りてゆく記憶、断層都市の中心から逃げてゆく光景..いや、ところどころ自分の記憶にないようなものがある。なぜなのだろうか?
アモルにとって、それはまるで「乗っ取り」のようなものだ。何かが異常であることはいうまでもなかった。多分、誰かが後ろからアモルのことを「観測」していてもおかしくはない。観測は、存在を保障している。しかし、自由は墓へと放り込まれてしまった。
「これは自分の記憶ではない..誰かが、自分の「考える瞬間」そのものを観測しているんじゃ..」
記憶の深淵に、その「誰か」が住んでいた。他人ではない。もう一人のアモル自身だ。観測され続けた、あるいは鏡の民、「観測者」にとって望ましい「ロボット」。本来の「アモル」が姿を現した。
主体的なアモル、そしてただデータとして生き続けているアモル。先に聞きだしたのは後者であった。
「お前はまだ、観測されることに抗うのか?」




