地獄の釜
私が住んでいる場所は内陸の盆地にあり、夏は特に東西南北どの方向から風が吹いてもフェーン現象が盆地の底を容赦なく蒸し上げる。
体温を超える熱気にさらされると、皆心身ともに疲弊していく。疲れた心から愚痴が漏れ、茹だった脳みその散漫な注意力が些細なミスを誘発し、ただでさえ余裕のない生活をますます追い詰めていく。
幼いころ夏は好きだった。今の夏とは違うと感じるのは気候の変化ゆえか、それとも心境の変化ゆえなのか。
大人になり若さからゆっくり歩み離れていく現在、なんだか夏は息苦しい。やらねばならぬことは山積しているのに、平野を灼き尽くさんと照りつける太陽が仕事を消化する体力を奪っていく。
遠く遠くに子供の頃の思い出をちらつかされながら絞られるように汗を流し、見据える将来は上り坂では上りきれぬように見え、下り坂では心が萎えて行く足が鈍る。
「地獄の釜じゃねーかよ」
道行く小学生が、暑さに辟易してそんな事を言う。
なんだかその背伸びした言葉が妙に笑いを誘って、自分でも声にだして繰り返す。
「地獄の釜じゃねーか、ふふふっ」
そうともここは地獄の釜。たくさんの人間どもが、じたばたしながらやっとやっと生きていて、生きていることに毎日毎日くたびれて愚痴ばかり吐き散らす。愉快で不快な地獄の釜だ。
暑さでひと作品作ろうと思って書いたもの。
何年もの間ものを書くことをやめていたので、これがリハビリテーションになると良いなと思う。