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04 初めての夕食

          ◆



 数時間後。アルは大きな食堂に連行された。片側に20人は座れそうな長いテーブルの端に座る。反対側に両親と兄が座っていた。


「…」


 沈黙の中、夕食が始まった。アルはテーブルに並べられた多くの銀器を見下ろした。使い方が分からない。見よう見まねをしようにも、真ん中の花が邪魔で向こうが見えない。


「すいません。使い方を教えてください」


 彼はスープ皿を置こうとした若い給仕に尋ねた。


「外側から順に使います。スープはそのスプーンでお召し上がりください」


「分かりました。ありがとうございます」


 給仕は小さな声で、


「我々に敬語は不要です」


 と言った。それから、肉の切り方やら、魚を食べ方、ナフキンの使い方など、一々を訊いた。その度に給仕は丁寧に教えてくれた。早食いが染み付いているので、アルがデザートを食べ終わる頃、向こうはまだ口直しのシャーベットだった。


「ご馳走さん。このパン、もらって良い?夜食にしたいんだ」


 アルは給仕が持つ籠から丸パンを幾つか取った。中にチーズを挟み、ナフキンに包む。そして向こうに聞こえるように大きな声で挨拶した。


「ご馳走様でした!美味しかったです!お休みなさい!また明日!」


 椅子を下りて自分でドアを開けようとしたら、給仕が慌てて、


「陛下より先に退出してはーー」


「良いんだよ。俺がいちゃ、気まずくて話ができねぇだろ」


「…」


 止めようとするのを押し退け、アルは食堂を出た。後ろから大きな騎士がついてくる。護衛と称する番人だ。サムソン卿というらしい。


「お疲れさん。明日もよろしくな。サムソン卿」


 自室のドアを閉める前に挨拶をすると、騎士は無表情で『お休みなさいませ』と言って、外から鍵をかけた。


「ほらよ、チップ。夕飯だ」


 暗い部屋で待っていた相棒にチーズ入りのパンを渡す。アルは寝巻きに着替え、歯を磨いてベッドに登った。


「どうだった?」


 チップが心配そうに訊いてきた。


「飯はめちゃくちゃ美味かった。給仕は親切だった。家族は遠かった。トントンか?いや、一流レストランの料理だと思えば、ちょっとばかり黒字だな」


「確かに美味しいね。このパン」


「だろ?毎日これが食えるなんて、天国かよ。おまけに母さんの後ろに立ってるねえちゃん達、べらぼうに綺麗なんだ。30代くらいから20そこそこまで、ナンバーワン並みのがウヨウヨいるんだぜ。これまた天国だ」


「でも閉じ込められてるよ?」


「信用されてないのさ。父さんの後ろには、肉壁みたいに騎士達がズラーって並んでんだ。俺なんか『お命頂戴!』って襲いかかる暗殺者と同列なんだよ。ま、追い追い、俺の人畜無害さが伝わるだろ」


 そうだ。まだ同居は始まったばかりなんだから。パンを食べ終えたチップも、枕元にやってきた。二人は『おやすみ』と言い合って眠りについた。



          ◆



 弟が食堂を出て行った。あまりに不躾な物言いに、カイエン王子は呆気に取られていた。父を見ると、無表情でワインを飲んでいる。母が硬い声で尋ねた。


「…どう扱えばよろしいの?」


 父はグラスを見つめたまま、


「カイエンと同じように接してくれ」


 と言った。母は珍しく不快の表情を見せる。


「無理です。平民として育った子を。なぜ今更ーー」


「必要だからだ。カイエン、王子宮の事は任せるぞ」


「はい」


 突然現れた双子の弟。今日の昼までその存在すら知らなかった。会ってみれば、恐ろしい程似ている。『必要』?影武者なら極秘に育てるはずだ。政治的な利用価値がある、ということだろうか。


 今や第一王子となったカイエンは、気の重い夕食を終えて宮に帰った。これが毎日になる。1日で唯一、父や母と心置き無く話せる場だったのに。そう思うと、弟が恨めしくなった。


「アルベールの世話に、4、5人まわせ。朝と昼は別にしてくれ」


「はい…」


 執事長に命じたが、歯切れが悪い。皆、戸惑っているのだ。その時、グラグラと部屋が揺れた。


「地震か」


「日に1回は揺れますね。家具は固定してるので大丈夫です」


「そうか。勉強の続きをする。書斎に明かりを」


「かしこまりました」


 弟が来ようが、地震が来ようが、後継ぎの責務は果たさねばならない。カイエン王子は夜更けまで勉学を続けた。



          ◆



 翌日は丸一日、部屋で過ごした。朝食も昼食も出ない。パンを貰っておいて良かった。アルとチップはそれを分け合い、夕食まで凌いだ。


 夜になり、アルはまた食堂に連れて行かれた。沈黙の夕食が始まる。花の衝立は昨日より高くなっており、向こうはほとんど見えない。ムカついたので、給仕君にバンバン質問をした。


「これ美味いな!何?」


「エスカルゴです」


「貝だよね?」


「カタツムリでございます」


「ええっ?!カタツムリって食えるの?知らなかった」


「食用ですから」


 あっという間に平らげると、土産の包みを脇に抱えて、席を立つ。


「ご馳走様でした!お休みなさい!また明日!」


 開始から僅か10分しか経っていない。向こうは前菜が運ばれているところだ。水入らずの時間はたっぷりあるだろう。アルは護衛を従え、食堂を後にした。


「そういや、サムソン卿は一晩中警護してるの?」


 歩きながら尋ねると、大きな騎士は後ろから答えた。


「自分の当番は午後3時から9時です」


「あそ。じゃあ、あと少し頑張ってくれ。お休み、サムソン卿」


「お休みなさいませ」


 相棒が食事を終え、毛繕いを始めたところで、アルは切り出した。


「つまんねぇ。散歩に行こうぜ。チップ」


「鍵は?怖い騎士はどうするの?」


「窓にはかかってない。あと少しでサムソン卿は上がりだ。その後は朝の5時まで無人。…今、行ったぜ」


 チップはドアの隙間から廊下を覗いた。


「本当だ。誰もいない」


「朝まで自由時間だ。さあ行こう」


 アルは窓をそっと開けた。彼の部屋は3階だが、猿のようにバルコニーの柱をスルスルと下りた。2階までくると、向かいの窓に灯りが見えた。兄が本を見ながらペンを動かしている。


(こんな時間まで勉強か。大したもんだ)


 音も立てずに地面に下りた。そのまま王子宮とやらの庭をブラブラと歩き、迷路みたいな生垣を歩くうちに、別の宮殿の庭に出た。1つだけ明るい窓が見える。どうやら父の執務室らしい。


(うへえ。まだ仕事してんのかよ。王様ってのは激務なんだな)


 でも立派だ。頑張れ。アルは心の中で激励し、その場を離れた。また生垣の迷路を進み、違う宮殿に出た。テラスの椅子に母が座っている。月を見上げて物憂げな表情である。


(父さんを待ってんだな。熱いね。しっかし綺麗だな。今度絵に描いておこう)


 独り言でも聞けないかと待っていたが、そのうち引っ込んでしまった。アルが戻ろうと踵を返したその時、キラリと光るものが飛んできた。


「!」


 咄嗟に避けて、生垣に走り込んだ。何かが追ってくる。アルは低い姿勢で逃げた。だが金属がぶつかる音が数度した後、急に足音が聞こえなくなったので、立ち止まった。


「もう大丈夫ですよ、殿下」


 しわがれた声が呼びかけてきた。


「誰?」


「隠密です。味方ですから、安心してください」


 暗がりから影が現れた。黒い装束を着た老人だった。


「隠密?お爺さんが?今の何だったの?」


「どこぞの間諜でしょう。たまたまカイエン殿下がいたのでーー」


「俺、兄貴じゃないよ」


「え?」


 アルはお爺さんに自己紹介をした。お爺さんは隠密の頭領だという。暗がりで話してるうちに、黒装束が一人二人と集まってきた。顔を隠している人もいれば、覆面を脱いで水筒を飲む人もいる。休憩時間のようだった。彼らにも事の経緯を話して、挨拶した。


「…てなわけで。暫く厄介になるから。よろしく」


「本当にカイエン殿下そっくりですね」


 若めの隠密がしげしげとアルの顔を眺める。アルは微笑んだ。


「双子だもの。でも、閉じ込められてるし、夕飯なんか凍死しそうだし。そのうち戻されんじゃないかな。あ、抜け出してたの、父さんに黙っててくれる?ほら、丸腰だろ?」


 お爺さんはすっかり同情した風で、


「いやいや。見事な逃げっぷりでしたぞ。アルベール様には隠密の才がある。鍛えてみますか?」


 と言ってくれた。


「人知れず国を守るんだな!やるやる!お願いします、師匠!」


 元から身軽で、脚も速い。おまけに武術もできたら、超カッコいいじゃないか。そう思ったアルは、隠密の頭領の弟子となった。

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