23 女神召喚
◆
昨夜、アルベール殿下は飲みに行かなかった。その代わり、
「ちょっと闇市場がないか調べてくる」
と言って、竜巻に乗ってどこかに行ってしまった。護衛対象がいないので、サムソンは仕方なくお部屋の前で立っていたが、明け方近くに、殿下はひどく気落ちした様子で戻ってきた。
「いなかった…。美少女奴隷…。チクショウ…」
そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。サムソンがそっと布団を掛けると、
「ありがとう。サムソン卿」
白い鼠が床に立っていた。噂に聞く“精霊王”だろう。見るのは初めてである。護衛騎士は頭を下げた。
「いいえ。仕事ですから」
「奴隷が買える所がないか、モルディアまで見に行ったんだ。でも美少年しか売ってなくてね。結局、アルがキレて、闇市場を粉々にしちゃった。少年たちは誘拐されてたから、それぞれの親元に返してきたんだよ」
鼠はサラリと武勇伝を語る。サムソンは日誌に書くべきか迷った。だが、それよりも聞きたい事がある。彼は床に跪き、小さな王に尋ねた。
「精霊王よ。どうすれば、殿下と共に根の国に行けますか?」
ずっと考えていた。殿下がこちらに留まれないのなら、己が向こうに行けば良い。生き延びる自信はある。親兄弟も妻子もいない。ただ一人の主人と決めた方に、ついて行きたいのだ。
「…なるほど。本気のようだね」
サムソンの心を読んだのか、精霊王は頷いた。
「良いよ。女神に口添えしてあげる。待ってて」
「お願いいたします」
「アルには何て言うの?きっと、美人の女騎士じゃないと嫌だとか駄々捏ねるよ」
「言いそうですね。『5サムソンとやらの魔物と闘いたい』と、お願いするつもりです」
まんざら嘘でもない。鼠は大笑いした。
「あははは!ミノタウロスに勝つつもり?君、良いね!気に入ったよ!僕はチップ。アルの相棒だよ。これからよろしくね」
人間の人差し指と、鼠の前脚で握手を交わしてから、精霊王は姿を消した。
(これで良い)
護衛騎士は、晴々とした気持ちで、眠る王子の護衛に戻った。
◆
最終日は家族と過ごす。青空の下、旧薬草園の広場に大きな敷物が広げられた。そこで母が飲み物や食べ物の準備を指示している。アルとレティはモグラ便の特訓をしていた。
「いいか、レティ。まず、2回頭を下げて2回手を打つ。ミミズを供えて『来れモグラさん』って言うと、土がボコって盛り上がるから。『アルにーたまに届けてください』って頼んで、手紙を置く。最後に2回頭を下げておしまいだ」
「あーい」
「よし。やってみて。俺、向こうにいるから」
妹が教えられた通りに礼拝すると、モグラが顔を出した。
「キュ?」
「これをアルにーたまにとどけてください」
「キュキュ」
すると、数メートル離れた兄の足元に、見事、手紙が届いた。アルは封筒から手紙を取り出した。大きな丸に目と口らしき丸が描かれ、頭にグシャグシャと赤い色が塗られている。
「これは俺か?父さんか?はたまた兄貴か…。とにかく成功だ!レティは天才だな!」
「えへへー」
溢れる笑みが可愛くて、思わずぎゅうっと抱きしめた。次にいつ会えるか、覚えているかも分からない。でも兄の愛を伝えたかった。
「ご褒美にお花の冠を編んでやろう…つっても花がないな」
手入れの行き届いた芝生には、雑草すら生えていない。仕方がないので、チップを呼んだ。
「花パクってきてくれ」
「盗むみたいに言わないでよ。失礼な」
ブツブツ言いながらも、レティの為だと伝えると、サッと転移していった。待つこと数分、空から色とりどりの花々が舞い落ちてくる。それを侍女達が拾い集めてくれた。チップはとびきり美しい花を王妃に捧げた。
「どうぞ。数年に一度しか咲かない花ですよ」
「まあ綺麗。ありがとうございます」
母さんはその花を髪に挿した。40近いのが嘘みたいな可憐さだ。アルは手早く花冠を編み、妹にやると、スケッチブックと鉛筆を出した。これは描いておかねばと思ったのだ。
「アルにーたま、おじょうず!」
覗き込むレティが、もっと描いてとせがむので、根の国の魔物も描いてやった。
「これが地獄の番犬ケルベロス。向かって右が太郎、真ん中が次郎、左が三郎。太郎は賢くて、次郎は食い意地が張ってて、三郎はちょっとドジっ子だ」
「いぬさんなの?おて、する?」
「肉をやればな」
「あたま、うしさんは?」
「ミノタウロス。嫌になるほど強いけど、潔癖なんだ」
などと喋っているうちに昼になり、父さんと兄貴がやってきた。爺ちゃんもまだ王都にいたので来てくれた。これでアルの家族が揃った。大人は軽食をつまみながらワインを飲み、レティは走り回って疲れたのだろう、食事が済むと母の膝で寝てしまった。
「…何時まで居られるんだ?」
レティを起こさないよう、爺ちゃんが小さな声で訊いてきた。
「真夜中までだけど、夕飯食ったらーー」
アルが言いかけた時、地面が揺れ始めた。
「地震か?最近無かったのに。父上達は、どうぞそのままで。私が様子を見て参ります」
兄貴はサッと立ち上がったが、揺れはどんどん大きくなり、護衛が危ないからと止めた。アルは違和感を感じた。鳥たちが一斉に飛び立つなどの予兆が無かったし、どうも震源が王城のような気がする。彼は地面に向かって尋ねた。
『何が起こった?ただの地震じゃないだろ?』
モグラの一匹が答えた。
『誰かが、この近くの小さい神殿で、“女神召喚”をした』
「何だって?!」
アルは飛び上がって、咄嗟に走り出そうとした。驚いた父が大声で止める。
「待て、アルベール!一体どうした?」
「女神様が来る!とりあえず時間を稼ぐから、侍女長!すっごい豪華なお茶の支度して!父さんと母さん、ちゃんと王冠被って!兄貴は一番良い服着て、小神殿に来てくれ!あとトマス卿も!爺ちゃん、大貴族っぽい格好した人集めてきて!見た目が超大事だから、よろしく!!」
「なぜトマス卿?!」
と兄が訊くので、
「女神様の好みなんだ!黒髪細マッチョ!頼むよ!」
それだけ言い終えると、小神殿に向かって全速力で走っていった。
◆
激しい揺れの中、アルは小神殿の扉を蹴破って中に飛び込んだ。すると、魔法陣の手前に誰かが倒れていた。落ちてきたガラス天井の下敷きになっている。
「テメェ!なんて事しやがる!」
割れたガラスの中からそいつを引っ張り出し、よくよく見ると、セラだった。昨日買った革鎧を着て、側には弩も落ちている。こめかみから血を流し、気を失いかけていた。
(え?まさか女神と決闘するつもり?)
戸惑いながらも膏薬を塗って手当をしたら、すぐに目を開けた。揺れは収まるどころか益々強くなる。外に避難しなければ危険だ。しかし、
「離して!」
セラは彼の手を振り払い、床に落ちていた弩を拾い上げると、素早く照準をアルの胸に合わせた。
「セラ?」
「動かないで。精霊王も、妙なマネすると、撃つわよ」
密かに死角に回ろうとしていたチップは立ち止まった。アルは床の魔法陣が変わっていることに気づいた。信じられないことに、“女神召喚”の陣であった。
「セラ!お前、どうやって…」
「ノームと取引したに決まってるじゃない。アルが教えてくれたのよ。正式な古代語の発音も、文字の書き方も。ああ、腹がたつ!最初から無理だ無理だって決めつけて。あなただって知らないでしょう?この8年間、私がどれほど努力して、根の国に行く方法を探してきたか」
緑の瞳は怒りに燃えていた。弩の矢など余裕で避けられる。だが、彼は一歩も動けなかった。
「バカにしないでよ…『いでたまえ、大地の女神よ!』」
「わぁっ!よせっ!!」
最後の呪文を叫ぶと同時に、術が発動してしまった。小神殿の屋根は吹き飛び、大理石の床がうねる。セラが大きく体勢を崩した隙に、アルは弩取り上げた。そこに空に舞い上がった天井の残骸がバラバラと降って来た。
「チップ!」
「任せて!」
相棒が風でそれらを吹き飛ばしたので、二人は無傷だった。ホッとしたのも束の間、揺れがおさまったと思ったら、魔法陣の中央から、女神が現れた。
『…』
黒い瞳にジロリ睨まれ、執事は慌てて跪いた。まずい。ご機嫌麗しくない。
『ようこそ、ヴォルカン王国へお越しくださいました。このような見苦しい格好で申し訳ございません。ただいま、茶の支度をしております。今しばらくお待ちください』
恭しく申し上げるが、女神はそっけなくセラを指差した。
『良い。そこの娘に呼ばれただけ。すぐ帰る』
呆然としていたセラは、たちまち平伏した。
『偉大なる大地の女神よ!感謝いたします!』
いつの間にか、女神の横に護衛のミノタウロスとラミアが、後ろには大勢のノームがいた。
ラミアはずるりと蛇の下半身でセラを囲み、脅すように言った。
『女神様をお呼びするとは。それなりの代償を覚悟してるんだろうね?』
だが女神が止めた。
『おやめ。話を聞く。セラフィーナ・タレーラン。望みは何?』
『…根の国へお連れください。代償は私自身です。死ぬまで美味しいお菓子を作り続けます。小説の翻訳も続けます。自分の身は自分で守りますから、どうか、女神様に仕えることをお許しください』
ラミアは舌打ちをして、セラから離れた。アルはダラダラと冷や汗を流していた。
(マズい。セラのクッキー欲しさに、ノームの奴らが根回ししやがったな。召喚に応じたってことは、女神様も乗り気だ。どうやって阻止する?横からは口出しできねぇ)
あれこれ考えている間に、チップが女神の耳に何か囁いている。聞き終えた女神は頷いて、
『その男も同じだとか?』
と、アルの後ろを指差した。振り向いたら、サムソン卿が平伏していた。
(え?)
女神のお言葉を、チップがヴォルカン語に訳すと、騎士ははっきりと答えた。
「はい。アルベール殿下と共に参ります」
(!!)
更に、どこに隠れていたのか、セラの侍女が駆け寄ってきて、女神に懇願した。
「わ、私も!お嬢様と一緒に行かせてくださいっ!」
「アンナ…」
侯爵令嬢と忠実な侍女は、泣きながらひしと抱き合う。もう、訳がわからない。しかし、女神と契約をしようとする者を、止めることはできない。
女神は長考に入った。そこへ、兄とトマス卿が来たので、これ幸い、アルは主人の気を逸らす作戦に出た。
『女神様。とりあえず、お茶にしましょう。私の兄とその家来に、エスコートをお許しください』
『ん』
赤髪と黒髪の細マッチョがお気に召したようで、女神は二人に両手を預けた。




