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22 別れ話

          ◆



 翌朝、セラフィーナが出かける支度をしている時に、アルが迎えにきた。待っている間、書き直した“愛と欲望の後宮”の古代語訳をチェックし、


「良いじゃん。すごく滑らかだよ」


 と褒めてくれた。夕方、お菓子と一緒に送るという。


「今日は試験が終わったら、どっかで昼飯食おう。それから買い物でもしようか。父さんからもらった小遣い、まだたっぷり残ってるから。本屋にも寄りたいな。最近流行ってるロマンス小説って何?俺の好きだったやつの続編とか出てるかなぁ」


 昨日のギクシャクした空気が嘘のように、彼はずっと話しかけてくれる。そうなると黙っている訳にもいかない。馬屋へと手を引かれながら、セラフィーナも口を開いた。


「変装しなくて良いの?陛下だと思われるわよ?」


「王が金髪の美女とデートしてるって?面白いから放っとこうぜ。あ、今日は黒龍姫だ!よう!久しぶり!」


 黒い馬が引き出され、アルはその鼻面を撫でた。それから二人乗りで神殿に向かう。途中、アルは馬と会話していた。


「え?“雪嵐”と結婚したの?子供もいる?そりゃすげぇ。何色?」


 これも精霊術なのか。セラフィーナには嘶きにしか聞こえない。


「白!“初雪”っていうのか。良い名前だ…そういえば、セラの侍女殿、結婚したの?」


「え?まだよ。何で?」


「いやー。黒龍姫に先越されたなと思ってさ。サムソン卿もまだ独身だし。俺だけじゃなくて良かった」


「私だって独身よ。婚約もしてないわ」


「…良い天気だなぁ。遠乗りも良いかも。おお、着いた」


 アルは急に話題を変え、馬を降りた。腹立たしい。この話を避けるつもりだ。令嬢は助け降ろされる際に、彼の足を思いっきり踏んでやった。しかし、ちっとも痛そうな顔をしないので、ますます腹が立った。


 古代語講座は仕上げの試験をして、終わった。得点1位はセラフィーナで、神官達が真剣な顔で頼んできた。


「ぜひ、神殿においでください。古代語の教師として」


「はあ」


「お願いします。大神官亡き今、我らも非常に苦しいのです。信徒数は激減で…」


 嘆くマルコの頭を、アルがパシッと叩いた。


「あったりまえだ。あんなヘボい経典唱えるだけで、誰が帰依するか。もっと真剣に祈れ!そうすりゃ、必ず女神に届く!古代語はそのための言葉なんだ。そこんとこ、忘れんなよ!」


「は、はいっ!」


「よし。じゃあな」


 生徒全員が涙を流して見送る中、セラフィーナ達は神殿を後にした。アルは何か当てがあるらしく、迷わずに馬を走らせるが、やはり目立つ。人々は深く礼をしながらも、同乗する謎の娘をジロジロと眺めていた。


(ああ。絶対、悪い女だと思われてる…)


 彼女は気が気でない。しかし、アルはあっけらかんと言った。


「大丈夫だよ。後で隠密が適当な話を流すから。外国生まれの姪っ子を案内してる、とかな」


 やがて高台にあるレストランに着いた。テラス席に案内され、美味しい昼食をいただいた。食後のお茶を淹れた給仕に見覚えがある。昔、マウナ山に連れて行ってくれた御者だ。セラフィーナは小声で尋ねた。


「ここって…」


「隠密のアジトの一つさ。関係者以外、予約取れないから。安心して。さあ、この後は何しようか?人目が気になるなら、変装しても良いよ」


 買い物やら王都見物やら、アルは楽しげに提案する。しかし、令嬢は正面から彼をひたと見据えた。これ以上、先延ばしにはさせない。


「ちゃんと説明して。どうして私を連れていけないの?」

 

 水色の瞳が揺れた。彼はお茶を飲み干すと、真剣な顔で話し始めた。



          ◆



 向こうに行ったばかりの頃、俺はまだ子供で弱かった。だから何度も死にかけたよ。魔物はべらぼうに強いし、常識は通用しないし。今は、まあ、そこそこやってけてる。女神様にも可愛がってもらえてるしな。誤解すんなよ?下僕としてだぞ。


 チップに言わせると、俺は特異体質なんだってさ。どんな場所でも馴染めるし、仲間を作れるんだ。


 でもな、その俺ですら、段々とおかしくなってる。モルディア人なんか、いくら殺しても何も感じないんだ。俺の身内に手を出したんだから、死んで当然とすら思うんだよ。怖いだろ?あの優しい美少年の成れの果てが、これさ。


 そりゃあ、セラがいたら嬉しいよ。でも、確実に死ぬ。魔物に食われるか、精神をやられてね。それを見るくらいだったら、一人の方が断然マシだ。


 『待ってて』なんて言って、悪かった。忘れてくれ。もう墓参りも来んな。良い男見つけて幸せになれ。召喚はもうやめろ。よほど運が良くないと成功しないし、魔物が出てきたら危ないからさ。



          ◆



 セラは最後まで黙っていたが、聞き終わると、急にガタッと席を立った。帰るのかと思いきや、


「買い物に行くわよ。…隠密さん。馬車を用意してくださる?乗ってきた馬はお城に返しておいて」


 控えていた給仕の男に命じて、さっさと化粧室に行ってしまった。すっかり過去の男にされたアルは、一人ぼやいた。


「なんか、ちょっとショック。今時の女の子って、あんなにサッパリしてんの?」


 大泣きするセラを宥めすかす覚悟だったのに。隠密が新しい茶を出しながら慰めた。


「8年もお待ちになっていましたから。色々、思うところがあるのでしょう」


「あー。青春を無駄にされた恨みか」


 小遣いの残りを数えたら、金貨100枚だった。これでドレスや装飾品がどれくらい買えるか。心もとないので、師匠を呼んだ。


「これ、今すぐ換金できる?」


 収納空間からダイヤの原石を出して、見てもらった。


「金貨1万枚はします。しかも、これほどのものは陛下しか買えません」


「デカすぎか。じゃあ、こっちは?」


 小さめの原石を幾つか、師匠が買い取ってくれた。大きい方は親父に売りつけて、その金をタレーラン侯爵家に送るよう、頼んだ。要するに慰謝料である。アルは受け取った金を財布に仕舞い、師匠に礼を言った。


「色々ありがとう。明日帰るけど、家族をよろしく頼むわ。今更だけど、マッチョになっちゃってごめんな。師匠」


「…いいえ。生きていてくださった。それだけで嬉しゅうございます」


 王子はハンゾ子爵をしっかりと抱きしめた。そして他の隠密たちと握手を交わし、別れを告げた。そこへセラが戻ってきたので、二人は馬車で買い物に出掛けた。



          ◆



 まずは本屋に行った。彼女は名作から新作まで、たくさんの小説を買った。それから製菓材料店に寄り、山ほど菓子作りの道具と材料を買ったが、大した金額ではない。アルは仏頂面の令嬢に恐る恐る尋ねた。


「ドレスや宝石は?要らないの?」


「服は要る。ブティックへ行って」


 そこで旅行鞄や革のブーツ、コートなどを購入し、さらに化粧品などを大量に買った。


(失恋旅行か。古典的だな)


 納得したアルは、黙って支払った。次に、何故か鎧と武器を扱う店に行く。セラは女性用の革鎧を試着してから、その場で調整を頼み、待っている間に武器を見た。


「お嬢ちゃんが使うのかい?そこのマッチョな野郎じゃなく?」


 王の顔を知らない武器職人は、無遠慮に訊いた。


「そうよ。私に合った武器をちょうだい」


「マッチョが居れば、武器は要らないんじゃない?」


「いいから」


 細い腕を見て、弓すら引けないと思ったのだろう。職人は渋々、弩を出してきた。使い方を説明してから、注意点を伝えた。


「装填に時間がかかるから。連射はできないよ」


「わかったわ。ありがとう」


 セラは大量の矢と共に、それらを馬車に積み込んだ。さすがにアルも困惑して尋ねた。


「セラさんや。戦にでも行くのかい?」


「いいえ。武器は、あの空間魔法に仕舞ってちょうだい。お城に持ち込めないから」


「あいよ。この後は?」


「昨日のお菓子屋さんへ」


 と言うので、またあの店主の腰を直角に曲げさせて、大量の菓子を買い、城に戻った。買ったものをセラの部屋に運び込みんだ頃には、日が暮れ始めていた。


 結局、金貨100枚も使わなかった。でも彼女の気が済んだのなら、良いか。ようやく肩の荷が降りたアルは、小神殿に向かった。彼が呼び出された召喚陣はまだ生きている。それに向かって


『来れノーム』


 と呼びかけると、光る魔法陣から小人たちが出てきた。


『これ、女神様へのお土産。届けといて。1割やるから』


『承知した』


『この原稿は女神様の書斎へ』


『分かった』


 宰相が用意したノームへの代償分もあるので、結構時間がかかる。突っ立って見ていたら、セラがやってきた。先ほど買った菓子を召使いに運ばせ、ノームと何事か話している。小人は頷き、菓子を受け取った。手紙のような物も渡していた。


「何?どうしたの?」


 アルが近づいて尋ねたら、


「なんでもない。私、家に帰るわね。母もアリタイから戻ったそうだから」


 セラは背を向けて行ってしまった。冷たい。平気なフリをして見送ったが、かなり、寂しかった。



          ◆



 あっという間に夕飯時になる。気を取り直し、食堂に行ったら、母だけいなかった。持病の偏頭痛で寝込んでいるらしい。兄妹と父だけの寂しい食事になった。


 アルは父に今日の話をした。


「と、言うわけでさ。ハンゾ子爵からその原石を買ってほしいんだ」


「分かった。幾らだ?」


「金貨1万枚」


「ゴフッ!」


 親父は咽せそうになり、給仕君が飛んでくる。兄貴が呆れ顔で口を出してきた。


「さすがに高すぎる。どれくらいの大きさなんだ?」


「レティの頭ぐらいかな」


「ええ?そんな大きなダイヤ、見たことないぞ」


 膝上の妹も会話に入りたくて『ダイヤ!ダイヤ!』と騒ぐので、アルは収納から紫の六角柱を取り出してやった。水晶の谷で拾ったものだ。


「レティにはこれやるよ。加工してもらえ」


「ありがとー。アルにーたま」


 妹は紫水晶をペタペタと触って喜ぶ。だが兄は驚いていた。


「何だ?!その棍棒みたいなアメジストは?!」


 兄貴は誤解している。根の国では宝石など道端にゴロゴロ転がっているのだ。貨幣経済も無いので、金銀も取り放題である。


 アルは父親に提案した。


「じゃあさ、金鉱石を送るから。金貨に加工してタレーラン家に送ってくれよ」


「…送らんで良い。何とかする」


 見栄っ張りな父はそう言うが、国の財政は厳しいらしい。戻ったら金を拾いに行かなきゃな…と算段をしつつ、アルは妹を抱いて席を立った。


「ご馳走様。ちょっと、母さんの様子を見てくる」


 王妃宮の母の部屋を訪ねると、侍女長が一瞬、ギョッとした顔でこちらを見た。もう三日目なのに、いまだに親父と間違えている。お見舞いに来たと言ったら、寝室に通してくれた。


「アルベール殿下がお越しです」


「まあ…ごめんなさい。夕食に出られなくて」


 母はベッドから起き上がった。そして水晶ごと抱っこされる娘を見て、眉を顰めた。


「レティシアは何を持っているの?」


「こんぼー」


「違う。ただの水晶だよ。具合悪そうだね。これ、少しだけ飲んでごらん」


 アルは妹を床に下ろし、薬瓶を差し出した。レティは横倒しになった水晶を転がして、好きに遊んでいる。母はすぐに顔色が良くなった。


「ありがとう。もう痛みが引いてきたわ」


「これ置いてくよ。3ヶ月しか保たないけど。無くなったらまた送るから。言って」


 瓶を渡したら、綺麗な紫の瞳がみるみる潤んだ。


「アルベール、あなた、本当に行ってしまうの?」


 アルは慌てて宥めようとした。


「うん。でも、また来れると思うし。外国へ出稼ぎに行ってると思ってよ。明日、モグラ便の出し方教えるから。文通しようぜ」


 なるべく明るく言ってみたのだが、母はしくしくと泣き出してしまった。


「ごめんなさい。私が至らなかったせいで…」


「全部、あのヘボ教典とクソジジイが悪いんだ。母さんのせいじゃない。そうだ、明日、予定ある?ピクニックに行こう!」


「にーたま。ピクニック、なに?」


 水晶転がしに飽きた妹が、兄の脚にしがみついて訊いた。アルは抱き上げて教えてやった。


「お外でごはんを食べるのさ。めちゃめちゃ美味いぞ。レティも行くか?」


「いくー」


「よし。朝飯食べたら、支度をして薬草園跡に集合だ!」


「え?外ではないの?」


 不思議そうに訊く母に、息子は笑顔で言った。


「さすがに急すぎだよ。近衛が大反対するに決まってら。あの芝生で十分さ。父さんと兄貴はどうせ仕事だろ?城の中なら、フラッと来れるじゃないか。爺ちゃんとかいないの?いたら呼んどいて」


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