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02 肖像画

          ◆



「恐れながら、旦那様。人違いでございます。そりゃ、私はこの通りの美貌ですから。どこぞのご令息と間違えても仕方がありませんが、この手をご覧ください。労働者の手でしょう?一朝一夕にこうはなりませんよ」


 馬車の中でアルは説明した。貴族は秀麗な顔を顰める。見たところ30代始め、金髪に緑の目のなかなか良い男だ。


「うーむ。声まで同じだが…。確かに見事な豆だらけの手だ」


「お分かりいただけましたか?では、そろそろ降ろしてーー」


「待て。ただの平民にしては言葉遣いが怪しい。どこで習った?」


 貴族は追求の手を緩めない。孤児院の院長の蔵書で覚えたのだと、アルは正直に答えた。


「女流作家だと“愛と欲望の後宮”とか、“王妃の恋人”ですかね」


「ロマンス小説だと?…一応、調べる。私が戻るまで待っていろ」


 馬車は大きなお屋敷に着いた。アルだけが降ろされ、貴族はそのままどこかに行ってしまう。『待たせておけ』と命じられ、ろくに事情を知らない執事は困惑していた。


「とりあえず、ここにいなさい」


 物置みたいな部屋に通された。執事が行ってしまうと、チップが出てきて、


「ほら。欲をかくから。面倒に巻き込まれたじゃないか」


 早速、文句を言った。アルは肩をすくめた。


「虎穴に入らずんば虎子を得ずって言うだろ。金貨1枚は稼げたから、良いじゃねぇか。それより、ここ、絵を仕舞っとく倉庫だぜ。眼福と行こうや」


 彼は額縁を覆う布を剥いだ。さすが貴族、素晴らしい風景画や静物画がそろっている。さっきの旦那様と綺麗な夫人、赤ん坊が描かれた肖像画もあった。フリフリの産着に緑の瞳が可愛い。


 アルとチップは全てをじっくりと鑑賞した。しかし、1時間以上が経っても、一向に呼ばれない。


「どこまで行ってるんだろう…あ、これで最後だ」


 7、8歳ほどの赤い髪の男の子の肖像が出てきた。彼はギョッとした。驚くほど自分に似ていたのだ。


「おいおい。ちょっと前の俺じゃないか。そうか!旦那様はこの子と間違えたんだな」


「アルより色が白いね」


「俺だってお天道様の下を走り回ってなけりゃ、色白美肌さ。しかし誰なんだろう?ここんちの子供じゃなさそうだけど。大貴族の令息だったりして。仲良くなったら面白いだろうな」


「何で?」


「影武者だよ。そっくりの俺を身代わりにして、令息は外に遊びに行ったり、世界の平和を守ったりするんだ」


 チップは首を傾げた。


「それのどこが面白いの?」


「令息のフリをしている間、美味いものが食える。綺麗な令嬢と踊ったり。そんで、本物がうっかり死んじゃったりして。仕方なく、平民の俺が後釜に座るって寸法さ」


「…与太話は置いといて、そろそろ帰らないと。夕飯食いっぱぐれるよ」


 気づいたら、換気口から夕日が射していた。今日の配達は終わっているが、門限までに戻らなければ、明日の朝まで空きっ腹だ。


「旦那様には悪いが、お暇しよう。一筆残しとくか」


 アルは肩掛け鞄から菓子の包み紙を取り出して、灰色のチラシの裏面に鉛筆で『誤解は解けたと思います。門限なので、失礼いたします。A 』と書いた。チップが覗き込んで訊いた。


「何この“A”って」


「怪盗が予告状に書くやつ。カッコいいだろ?」


「…」


 置き手紙を床に置いて、彼はドアを開けた。そのまま堂々と元来た廊下を戻る。おりしも下働き達が仕事を終えて帰るところだった。


「お疲れさん!また明日!」


 ゾロゾロと歩く彼らに混じり、平然と門番に挨拶をして、外に出た。それから走って店に帰った。余裕で夕食に間に合ったが、サボっていたと思われて、親方にゲンコツを喰らった。



         ◆



 宰相のタレーラン侯爵は、大急ぎで王城に向かった。馬車を急がせて1時間、やっと城に着いてみれば、カイエン殿下は王子宮にいらっしゃった。しかし、疑念が拭えない。


(他人の空似にしては似過ぎていた。やはり陛下の隠し子か)


 謁見を申し出ると、すぐに許可が下りた。宰相は王の執務室に通された。


「どうした?休暇中ではなかったか?」


 燃えるような赤髪の王はペンを置いた。まだ30になったばかり。文武に優れた名君だが、若気の至りというのもあろう。そう考えていた侯爵は厳しい顔で願い出た。


「陛下。人払いを。確認させていただきたい事が」


「何だ?」


 侍女らが茶を淹れて出ていき、護衛も次の間まで下がってから、タレーラン侯爵は口を開いた。王子にそっくりの少年に財布を拾われたと話すと、陛下の顔色が変わった。


「その子は今、どこに?」


「私の領地の屋敷です。…母親は平民ですか?」


「何を想像している。違う。王妃が産んだ子だ。カイエンは双子だった」


 侯爵は驚きのあまり茶器を落としそうになった。陛下は淡々と語った。10年前、争いを避けるために第二王子を田舎に隠した。その後、行方不明になり、ずっと探していた。


「その子を連れてきてくれ。第二王子として迎える」


「…かしこまりました」


 宰相は急いで領都に戻った。だが屋敷にいたはずの少年は、煙のように消えていた。執事も気づかないうちに出て行ったらしい。


 手がかりは置き手紙に書かれた“A”という頭文字だけ。だが、あれほど目立つ容姿だ。すぐにそれらしい子供が飛脚問屋で見つかった。


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