表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/26

13 遺された者たち

          ◆



 マウナ山の噴火は、完全に終息するまでに1年を要した。麓の街は溶岩流に呑み込まれ、広大な森林が燃えた。被害は甚大で、復旧までに数十年はかかると言われている。


 火口に入れるようになると、ハンゾはすぐに部下を遣った。だが、結果は思わしくなかった。


「…洞窟は完全に崩壊。ご遺体は回収できませんでした…」


 部下は肩を振るわせながら報告をした。


「そうか…。王妃殿下にはそのようにお伝えする」


 王妃殿下は噴火の直前、サムソン卿が間一髪で救出した。ずっとヴァンドーム侯爵領に引きこもっていたが、最近、アルベール様の墓を作るために、王都に戻ってきた。『骨の一欠片でも』と頼まれていた。


 別の部下が手を挙げ、報告を続けた。


「大神官が生贄の件を公表するよう、陛下に提案しています。あまりにも噴火の被害が大きく、今年の税収が大きく減る見込みだからです」


 王家も犠牲を払ったのだ。皆も我慢しろ、ということか。ハンゾは鼻で笑った。


(あれほど冷遇しておいて。笑わせる)


 隠密達の心は急速に王家から離れてしまった。それほどまでに、第二王子の喪失は大きかったのである。



          ◆



 王太子カイエンは19歳の誕生日を迎えた。スラリと背の高い美男子だが、未だ婚約者も決まっていない。それゆえ、祝賀の夜会は妃の座を狙う令嬢達で溢れかえっていた。


 有力候補には、オルレアン侯爵令嬢、バイエルン伯爵令嬢などが並ぶ。最近は隣国モルディアの王女も乗り込んできた。いずれも容姿・身分、共に申し分のない名花である。


「お誕生日おめでとうございます。カイエン殿下」


「ありがとう。楽しんでいってくれ」


 同じやり取りを繰り返し、疲れた王子は、控え室に戻ろうとした。その途中、タレーラン侯爵令嬢を見かけた。彼女はこちらに目もくれずに、王妃宮の方に行ってしまった。


「夜会に顔も出さないで、何処へ行くんだろう?」


「さあ。変わり者だから。今日が何の日かも知らないんだろ」


「それにしても惜しい。あれほどの美人が不嫁後家(いかずごけ)とはね」


「侍女が何か持っていたな。悪魔への供物じゃないか?ほら、彼女は…」


 “オカルト令嬢”だから。


 側近達はくすくすと笑い合った。王子は嫌な気分になった。昔は婚約者候補として親睦を深めていたのに、今は顔を合わせる事すらない。


(忌々しい。思い出してしまった)


 すると、控え室の前で声をかけられた。


「あ!カイエン殿下!」


「これはリリス姫。どうなさいました?」


 モルディアの王女が小走りに近寄ってくる。桃色の髪にティアラをつけた、可愛らしい少女だ。16だというのに世間知らずで、カイエンに夢中なのを隠さない。


「迷ってしまって。こちらのお城はとても広いんですもの~。殿下のお心みたい」


 などと可愛らしい笑みで褒められれば、悪い気はしない。カイエンは機嫌を直し、王女に手を差し出した。


「では会場までお送りしましょう。一休みと思いましたが、姫のお顔を見たら、癒されました」


「嬉しい~!どうぞ、もっとご覧になってくださいませ!」


 美少女と笑顔で言葉を交わすうちに、陰気な令嬢のことなど忘れてしまった。



          ◆



 セラフィーナは王妃宮裏にある、第二王子の墓に詣でた。作られた時は多くの人が訪れたが、今はひっそりと静まり返っている。彼女は立派な墓石にクッキーを供えてから、彫られた名前を指でなぞった。


『アルベール王子 王国歴1770ー1781』

 

 いつ来てもピカピカに磨かれている。多分、隠密だ。8年前の、あの御者も隠密だった。彼らはアルを慕っていたそうだから。


「誕生日おめでとう。今年は生姜クッキーにしてみたの。どうかしら?」


 暗闇の中、夜会のざわめきが遠くに聞こえる。皆、忘れている。今日はアルの誕生日でもあるのに。


「聞いてくれる?とうとう、母が外国人との縁談を持ってきたの。アリタイ王国の貴公子よ。でも、少し話しただけで、すぐに帰ったわ。その人」


「お嬢様が、わざと変人のフリをするからですよ」


 背後の侍女が口を挟んだ。


「これ以上悪い噂を流されたら、本当にお嫁に行けませんよ」


「良いのよ。私はアルとしか結婚しないから」


「…」


 世間はセラフィーナを“オカルト令嬢”と呼んでいる。魔術や神話、伝説など、ありとあらゆる神秘にのめり込んでいるからだ。『悪魔を召喚としてる』とか、『賢者の石を探している』とか、色々と言われているが、本当の目的は“根の国”に行く事である。


 女神ペレが治める、大地の下の異界。多くの文献に、そこに行きて帰りし物語が載っていた。ならば、自分も行けるに違いない。


 令嬢は再び、墓石に語りかけた。


「貴方は言ったわ。必ず帰ってくるって。でも、帰れないのかもしれない。だったら私が行かなくちゃ。待っててね。アル」


 また愛しい名前を撫でてから、彼女は去った。侍女が目元をハンカチで押さえていたのは、見ないフリをした。



          ◆



 数時間後。真夜中に王妃は自室を出た。裏庭にある息子の墓に行くと、包みが置いてある。タレーラン嬢だろう。その横に誕生祝いの絵の具を置いた。


(ありがたいわね。滅多に来ない私より、ずっとアルベールを思っている)


 マウナ山を脱出した後、王妃は体調を崩した。実家で療養している間、最後に見た息子の笑顔を思い出しては、後悔に苦しんだ。


(私は、あの子に声をかける事すら、しなかった)


 王都に戻っても苦しみ続け、何年も夫やカイエンとギクシャクしていた。しかし一昨年、娘が生まれた。王妃によく似たその赤子が、バラバラになりそうだった家族を、再び結びつけてくれたのだ。


(貴方がいたら、描いてくれたかしら)


 大きな兄弟が小さな妹をあやして、両親がそれを見守る絵を。叶うなら、見てみたかった。王妃はそっと墓石を撫で、その場を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ