13 遺された者たち
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マウナ山の噴火は、完全に終息するまでに1年を要した。麓の街は溶岩流に呑み込まれ、広大な森林が燃えた。被害は甚大で、復旧までに数十年はかかると言われている。
火口に入れるようになると、ハンゾはすぐに部下を遣った。だが、結果は思わしくなかった。
「…洞窟は完全に崩壊。ご遺体は回収できませんでした…」
部下は肩を振るわせながら報告をした。
「そうか…。王妃殿下にはそのようにお伝えする」
王妃殿下は噴火の直前、サムソン卿が間一髪で救出した。ずっとヴァンドーム侯爵領に引きこもっていたが、最近、アルベール様の墓を作るために、王都に戻ってきた。『骨の一欠片でも』と頼まれていた。
別の部下が手を挙げ、報告を続けた。
「大神官が生贄の件を公表するよう、陛下に提案しています。あまりにも噴火の被害が大きく、今年の税収が大きく減る見込みだからです」
王家も犠牲を払ったのだ。皆も我慢しろ、ということか。ハンゾは鼻で笑った。
(あれほど冷遇しておいて。笑わせる)
隠密達の心は急速に王家から離れてしまった。それほどまでに、第二王子の喪失は大きかったのである。
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王太子カイエンは19歳の誕生日を迎えた。スラリと背の高い美男子だが、未だ婚約者も決まっていない。それゆえ、祝賀の夜会は妃の座を狙う令嬢達で溢れかえっていた。
有力候補には、オルレアン侯爵令嬢、バイエルン伯爵令嬢などが並ぶ。最近は隣国モルディアの王女も乗り込んできた。いずれも容姿・身分、共に申し分のない名花である。
「お誕生日おめでとうございます。カイエン殿下」
「ありがとう。楽しんでいってくれ」
同じやり取りを繰り返し、疲れた王子は、控え室に戻ろうとした。その途中、タレーラン侯爵令嬢を見かけた。彼女はこちらに目もくれずに、王妃宮の方に行ってしまった。
「夜会に顔も出さないで、何処へ行くんだろう?」
「さあ。変わり者だから。今日が何の日かも知らないんだろ」
「それにしても惜しい。あれほどの美人が不嫁後家とはね」
「侍女が何か持っていたな。悪魔への供物じゃないか?ほら、彼女は…」
“オカルト令嬢”だから。
側近達はくすくすと笑い合った。王子は嫌な気分になった。昔は婚約者候補として親睦を深めていたのに、今は顔を合わせる事すらない。
(忌々しい。思い出してしまった)
すると、控え室の前で声をかけられた。
「あ!カイエン殿下!」
「これはリリス姫。どうなさいました?」
モルディアの王女が小走りに近寄ってくる。桃色の髪にティアラをつけた、可愛らしい少女だ。16だというのに世間知らずで、カイエンに夢中なのを隠さない。
「迷ってしまって。こちらのお城はとても広いんですもの~。殿下のお心みたい」
などと可愛らしい笑みで褒められれば、悪い気はしない。カイエンは機嫌を直し、王女に手を差し出した。
「では会場までお送りしましょう。一休みと思いましたが、姫のお顔を見たら、癒されました」
「嬉しい~!どうぞ、もっとご覧になってくださいませ!」
美少女と笑顔で言葉を交わすうちに、陰気な令嬢のことなど忘れてしまった。
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セラフィーナは王妃宮裏にある、第二王子の墓に詣でた。作られた時は多くの人が訪れたが、今はひっそりと静まり返っている。彼女は立派な墓石にクッキーを供えてから、彫られた名前を指でなぞった。
『アルベール王子 王国歴1770ー1781』
いつ来てもピカピカに磨かれている。多分、隠密だ。8年前の、あの御者も隠密だった。彼らはアルを慕っていたそうだから。
「誕生日おめでとう。今年は生姜クッキーにしてみたの。どうかしら?」
暗闇の中、夜会のざわめきが遠くに聞こえる。皆、忘れている。今日はアルの誕生日でもあるのに。
「聞いてくれる?とうとう、母が外国人との縁談を持ってきたの。アリタイ王国の貴公子よ。でも、少し話しただけで、すぐに帰ったわ。その人」
「お嬢様が、わざと変人のフリをするからですよ」
背後の侍女が口を挟んだ。
「これ以上悪い噂を流されたら、本当にお嫁に行けませんよ」
「良いのよ。私はアルとしか結婚しないから」
「…」
世間はセラフィーナを“オカルト令嬢”と呼んでいる。魔術や神話、伝説など、ありとあらゆる神秘にのめり込んでいるからだ。『悪魔を召喚としてる』とか、『賢者の石を探している』とか、色々と言われているが、本当の目的は“根の国”に行く事である。
女神ペレが治める、大地の下の異界。多くの文献に、そこに行きて帰りし物語が載っていた。ならば、自分も行けるに違いない。
令嬢は再び、墓石に語りかけた。
「貴方は言ったわ。必ず帰ってくるって。でも、帰れないのかもしれない。だったら私が行かなくちゃ。待っててね。アル」
また愛しい名前を撫でてから、彼女は去った。侍女が目元をハンカチで押さえていたのは、見ないフリをした。
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数時間後。真夜中に王妃は自室を出た。裏庭にある息子の墓に行くと、包みが置いてある。タレーラン嬢だろう。その横に誕生祝いの絵の具を置いた。
(ありがたいわね。滅多に来ない私より、ずっとアルベールを思っている)
マウナ山を脱出した後、王妃は体調を崩した。実家で療養している間、最後に見た息子の笑顔を思い出しては、後悔に苦しんだ。
(私は、あの子に声をかける事すら、しなかった)
王都に戻っても苦しみ続け、何年も夫やカイエンとギクシャクしていた。しかし一昨年、娘が生まれた。王妃によく似たその赤子が、バラバラになりそうだった家族を、再び結びつけてくれたのだ。
(貴方がいたら、描いてくれたかしら)
大きな兄弟が小さな妹をあやして、両親がそれを見守る絵を。叶うなら、見てみたかった。王妃はそっと墓石を撫で、その場を後にした。




