10 交渉決裂
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カイエンは父の書斎に呼ばれた。人払いをしてから、父は単刀直入に訊いた。
「アルベールを殺す気だったのか?」
「いいえ」
嘘ではない。忠義に篤い者に、『弟を見たくない』と言っただけだ。あとはその者らが勝手にやった。カイエンの苦しみを取り除くために。だが父は厳しい声で命じた。
「二度とするな。分かったな」
「…僕を切り捨てるつもりですか?」
第一王子はついに爆発した。
「あいつが天才だから?ついこの間まで無学な平民だったのに、あっという間に僕を追い越したから?僕の努力は無駄だったんですか?あいつが王になったら、僕の立場はどうなるんです?」
「…次の王はお前だ。カイエン。アルベールは決して王にならない」
父は宥めるように言うが、そんな言葉では騙されない。カイエンは涙を滲ませ、詰め寄った。
「何故です?双子なんだから、あいつにだって継承権はあるんでしょう?」
「双子だからだ。言ったはずだ。アルベールが『必要だ』と」
「全然分かりません!説明してください!」
父は深いため息をついてから話し始めた。
◆
誕生日の前日、ヴァンドーム侯爵が真っ黒な馬をくれた。アルは大喜びで、放牧場を歩く馬を眺めた。
「カッコいい!ありがとう、爺ちゃん!」
「どういたしまして。名前は何にしましょうか?」
「黒龍王!」
「牝ですが…」
「じゃあ、黒龍姫で。あ、“雪嵐”。新入りだぞ。仲良くしてやれよ」
父の愛馬が近寄ってきたので、紹介した。白黒二頭の馬は仲良く寄り添った。良い雰囲気だ。
「凄え嬉しい。これ、お礼。受け取って」
アルがスケッチブックを差し出すと、祖父は最初の数枚を見た。
「これは…王妃殿下ですな。なんと素晴らしい。いただいてよろしいので?」
「良いよ。描き終わっちゃうと、もう興味ないんだ」
「家宝にします」
「大げさだな」
祖父と別れて、王子宮に戻る。今日は来客が多い。ひっきりなしにカイエンへの贈り物が届くのだ。
アルは部屋で旅支度をした。肩掛け鞄に、路銀とセラにもらったクッキー、一番よく描けた絵を入れる。荷物はこれだけだ。
「さて、馬ももらったし。今夜発つとするか」
相棒がポケットから顔を出した。
「黒龍姫は連れて行くの?」
「いいや。あんな立派な馬に子供が乗ってたら、変に思われる。残念だけど、置いてくよ」
机の上にはセラ宛の手紙が置いてある。結局、隠密達にもまだ伝えていなかった。今夜、出る前に挨拶するつもりだ。
「その前に、兄貴にガツンと言ってやりたい。俺と同じ顔の奴があんなんじゃ嫌だ」
「殺されかけたんでしょ?大丈夫?」
「平気さ。正攻法で行くから」
昼番の護衛に先触れを頼んだ。断られたら、窓から奇襲してやろうと思っていたが、すんなり許可が出た。第一王子の部屋に行くと、兄はソファに座り、身振りで『座れ』と言った。弟は向かいに座った。
「突然お邪魔して、申し訳ありません。先日の件ですが、なぜあんなことを?理由をお聞かせください」
「…」
後ろにご学友や侍従がいるので、なるべくボカした。
「あと、謝罪を要求します。このままじゃ、寝覚めが悪いと思いますよ。鏡を見る度に思うでしょう。ああ、弟に酷い事をしちゃったなって」
段々と、兄の顔が赤くなってきた。キレたって構うもんか。アルは重ねて求めた。
「謝罪してください。そうしたら、水に流します」
「黙れ!僕に説教するのか!」
突然、兄は立ち上がり、怒鳴るように言った。
「黙りません。この先だって…」
「うるさい!この先なんか無いんだ!お前は明日死ぬんだから!生贄なんだよ!生まれた時から、そう決まってたんだ!」
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長らく、この地は噴火と地震に悩まされてきた。その為、初代の王は、大地の女神ペレと盟約を交わした。王家の血を捧げる代わりに、災害を抑えるというものだった。王が双子の弟を女神に差し出すと、それから百年は揺れなかった。それ以降、双子が生まれると、片方を生贄にして国を護ってきた。
『では、弟を外に出したのは…』
『一緒に育てると情が湧くからだ。ずっと死んだと思っていたが、タレーランが見つけてくれた』
近年、大きな地震が頻発するようになった。だから、第二王子を生贄にする事を決めた。
『それはいつです?』
『11歳になる日だ。この事は決して口外するな。あれは鋭い。逃げられては困る』
父はそう命じた。だが、カイエンは全てを喋ってしまった。
◆
生贄?アホか。アルは立ち上がり、兄の目を真っ直ぐ見た。嘘を言っている風ではない。しかも、そう考えると、これまでの扱いが腑に落ちる。確認すべきだ。
「到底信じられませんね。父さんに訊いてみます。今すぐ」
「お前如きが謁見できるものか」
「できるさ。兄貴を人質にすればな」
言うが早いか、アルはテーブルを飛び越え、兄の背後にまわると、袖から出したナイフを兄の首にピタリと押し当てた。
「なっ…!?」
護衛が剣を抜きかける。もがく兄の首を締め上げながら、第二王子は大声で威嚇した。
「動くな!おい、侍従!父さんの執務室に案内しろ!言う通りにしないと、掻っ切るぞ!」
◆
皆、遠巻きに見ているだけで、アルを取り押さえようとする奴はいない。腰抜けばかりだ。兄を人質に王の執務室に突撃すると、多くの兵士が待ち構えていた。
「ご機嫌よう。父さん。兄貴が言っている事は、本当?」
「…」
父は大きな机に座ったまま、鋭い眼でアルを見た。
「これ?ペーパーナイフを研いだやつ。切れ味、知りたい?嫌なら答えてよ」
「本当だ」
アルは顔を顰めた。頭がおかしい。
「本気で思ってんの?それで地震がおさまるって」
「そうだ」
「俺の血をお供えすれば良いんじゃない?いくらでも取って良いよ」
「命でなければならん」
長い沈黙が落ちる。完全に詰んだ。困ったことに、この狂人は最高権力者だ。味方はゼロ。それでも、アルは僅かな可能性に賭けた。
「じゃあ、親子の縁は切るよ。飯、美味かった。ご馳走さん!」
兄を突き飛ばし、床に転がす。屈強な腕を掻い潜り、机の上のハンコを奪うと、開いていた窓から飛び降りた。
「あばよ!」
彼は猫のように軽やかに着地してみせた。
「御璽を盗られた!追え!」
頭上で兵の声が聞こえる。命懸けのの鬼ごっこが始まった。
◆
サムソンは緊急召集をかけられた。何が起こったのか分からぬまま、同僚と走って王城に向かった。着いてみれば、上を下への大騒ぎだった。
「第二王子が謀反!カイエン殿下を人質に御璽を奪ったぞ!」
「現在、逃走中!」
「生きたまま捕らえよ!王命だ!」
と、兵が触れ回っている。それを聞いた同僚は呆れ顔で言った。
「子供1人に。近衛は何やってたんだ?」
「ただの子供じゃない…俺は外を探す」
「了解」
サムソンは仲間と別れた。陛下の執務室の真下に行き、僅かに残された痕跡を辿る。それは馬屋の方に続いていた。
(馬を奪って逃げる気か?)
途中で数人が倒れていた。確認すると、気を失っているだけだった。大の大人、しかも訓練を積んだ兵士だ。これは、舐めてかかると危ないな…彼は慎重に馬屋に近づいて、中を覗いた。
大柄な兵士が伸びている。アルベール殿下は干し草の上に腰を下ろしていた。
「お次はどちらさん?…サムソン卿か。ちょっと休ませて」
殿下は肩で息をしていたが、呼吸が静まると話しかけてきた。
「聞いてくれよ。兄貴が、明日、俺が生贄にされるってアホな事言うからさ。父さんに確かめに行ったんだ。そしたらさ、マジだって言うんだよ。その為に、俺を飼ってたらしいんだわ。ムカついたから、クソ親父の一番大切なモンをかっぱらってやった」
「御璽はどこに?」
「馬糞にぶち込んだよ。ざまあみろ。クソまみれで探せば良いんだ」
「…」
サムソンは剣を抜いた。すると殿下は勢いよく頭を下げた。
「頼むよ。見逃してくれ。この通りだ」
「お断りします」
「ダメか…」
いきなり、ナイフでサムソンの脚を突いてきた。ギリギリ避けられたが、速い。狭い場所で苦戦を強いられたものの、既に疲労困憊していた少年の腹に蹴りを入れた。ナイフも吹っ飛ぶ。それでも、彼は立ち上がった。凄まじい胆力であった。
「第二王子を発見!」
そこへ兵士たちが入ってきた。殿下は抵抗した。だが、大勢に無勢、散々に殴られて最後は捕まった。




