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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【三章】
9/36

夜の民

 

 君と踊った日から一ヵ月後。

 僕は御前試合にて造作もなく相手の騎士を打ち負かす。

 あまりにもあっさりとした試合内容に王を含めた観客たちが動揺する。

 先月までならば決勝戦はまさに名の通り最も長く激しい試合が繰り広げられていたのだから。


「見事だ。ローレン」

「遠方より父が来ております故」

「なるほど。情けない姿は見せられぬと」


 王はそう笑うと君を呼んだ。


「我が妻より祝福を」


 ドレスを身に纏った君が歩いてきて祝福の言葉を告げた。

 僕は顔を伏せたまま君の祝福を受ける。

 遂に殺すことが出来なかった君の表情から逃れるように。


 そう。

 今日は君と王が結ばれる日。

 一週間以上も続く国を挙げての祭りの第一日。

 そして僕の家の敗北を決定づける苦々しい日々の第一日。

 君の父は当然として僕の父もまた王城に招待をされていた。


 僕はまだ父に会っていない。

 試合前に僕へ会いに来た父の従者によれば長旅の疲れから部屋で休んでいるのだという。

 父と会うまでの時間が少しだけ稼げたことにほっとしていた。

 正直に言えば僕は父に会いたくもなかった。

 きっと父もそうであるに違いない。

 僕は役目を果たせなかったのだから。




 御前試合が終わると僕は父の待つ部屋へと向かう。

 父の顔を見るのはおよそ三年振りになる。

 昼間だと言うのにカーテンを閉め切った部屋の中、幾つもの蝋燭に取り囲まれた部屋の中で父は待っていた。

 父に相対した僕の背筋に冷たいものが走る。


「どうした? ローレン」


 不気味なほどに微笑む父の顔は三年前よりも明らかに『若く』なっていた。

 本来であれば六十を過ぎているはずなのに、見た目だけならば四十代である王とそう相違ない。

 そしてその身体を包む魔力は三年前の比ではない。

 類稀なる魔力を宿していた君でさえも敵わないほどに。


「どういうことですか?」

「何がだ?」

「とぼけないでください」


 僕の問いに父は笑うと音もなく壁に近寄るとそのまま思い切り殴りつける。


 部屋全体が揺れた。

 比喩ではなく明らかに。

 父が殴った壁には巨大な亀裂が出来ている。

 俄かには信じ難い光景だが疑いようもない。

 これはたった今、父が作った破壊の痕なのだ。


 僕は言葉を失った。

 こんな事が出来るのは果たして人間なのか?


「ローレン。お前は王城にて敵はないと聞いたが」

「はい」

「誇らしいことだ。だが、そんなお前でもこの体に傷をつける事は出来るかな?」


 そう言って父は腕を差し出す。

 それは最早命令だった。

 僕は半ば震えながらも剣を構える。


「よろしいのですか?」

「あぁ。早くしろ」


 息を吸い、吐き出す。

 心の内に君の姿を思い描き、剣を掴む両手に力を込め、そして全力で踏み込み薙ぎ払う。


「見事だ」


 父の腕からは血が流れていた。

 しかし、傷はあまりにも浅い。

 まるで意図せず触れた若葉に不覚にも皮膚を裂かれてしまった程度の傷。


「快挙だぞ。ローレン。今まで誰一人としてこの肌に傷をつけられた者はいない」


 その言葉に震え、直感する。

 何をしたかは分からない。

 しかしもう確実に父は人間ではない。


 王城に捨て石のように置かれてから三年。

 僕が君を殺せないまま無為に日々を過ごして三年。

 父はただ一度も僕を叱責したことはなかった。

 その理由を僕は実感した。

 父はもう武力によって勝利する方針へと変えていたのだ。


「ほう」


 不意に父が息を漏らす。

 確かに出来ていた細やかな傷が塞がり始めたのだ。


「なるほど。伝承通りだ」

「伝承?」

「あぁ。この力は偉大なる夜の下で生きる民の力だ。夜の民は人間とは比べ物にならないほどに強い肉体、不老とさえ形容できる寿命を持ち、さらには付けられた傷は一瞬にして塞がる」


 滑稽な話だ。

 その伝承が真実ならば夜の民とは不死身ではないか。

 そんな僕の考えを見抜いたのかのように父は笑った。


「だが無敵ではない。太陽の光を浴びれば身体は瞬く間に塵と化してしまう」

「確証はあるのですか?」

「生憎試してはいない。そもそも夜の民になれたの私一人だからな」

「何故ですか?」

「悪いが今はお前に教えるつもりはない」


 父はそう言うと椅子に座り込む。


「だがお前を夜の民にするつもりはない。その理由は分かるか?」


 久方の父の問いだ。

 僕はすぐに答えに辿り着く。


「二人が共に致命的な弱点を抱えないためですか」


 そして偽りの答えを父へ言う。

 きっと父が満足するであろう答えを。


「その通りだ。王になろうとも結局のところ太陽の下を自由に動く体は必要になる。それを俺が出来ん以上はお前にやってもらうしかあるまい」


 違う。

 確かに太陽の下を動けないのならば僕が居た方が都合が良いのは間違いない。

 だがその役目は僕でなくても良い。

 父が言った不老が真実であるのならば最早血統に縛られる必要はないのだから。

 何せ、自分自身が永遠に君臨できるのだから。

 いや、血統に縛られなくなった分、僕よりも遥かに有用な人物を探すことも出来るだろう。


「今宵が楽しみだと思わんか、ローレン」


 その言葉が何を意味しているのかを僕は考えないようにしていた。

 父はこれから大きなことをしようとしている。

 そんな確信を持ちながら。

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