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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【二章】
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別離

 

 王城に僕が居着いてから三年が過ぎた。

 僕の日々は何も変わらない。

 王の寵愛を受けた君を殺せるはずもなくかと言って家名を守るため自分の城に戻るわけにもいかない。

 それに何か一つの切欠で君が王の寵愛を失う可能性もあったし、何より緊急時に君を殺すための最後の手段として父が考えているのだと僕は既に知っていた。


 父の居る城にはもう二年半も帰っていない。

 いや、帰る事を禁じられたのだ。


「お前の居場所はここではない。お前は王城に居ろ。それこそがお前の役目なのだから」


 僕は父に尋ねた。

 何か対抗手段のようなものはあるのかと。

 しかし父は首を振るばかりだ。


「必要な時が来ればお前にも伝えよう。だが、今はただ自分の役目を果たすことだけを考えろ」


 見つめた父の体に奇妙な力が纏わりついている事に僕は気づいていた。

 おそらくは魔力の類いだろうが……その雰囲気は見たことも聞いたこともないものだった。

 それと同時に父の身体は明らかに『若返っていた』のだ。

 白髪は鮮やかな色を取り戻し、木皮を思わせる皺の数が減っている。


 僕の護衛である騎士が話していたことを思い出す。

 父は最早人間の物差しで測るべき存在ではないのだろう。

 故に僕は父の言葉通り自分の役目を果たすだけだ。




 十六歳となった僕らは最早余興などではなく実際の御前試合で戦っていた。

 君はともかく僕の身体はもう試合に出る騎士達に近い。

 故に僕は自分よりも遥かに格上であった騎士達を相手取り、そして勝ち続けた。


 これは僕の意地だった。

 僕は君を相手にすれば絶対に勝てない女に負ける滑稽な男。

 しかし、それならばと君以外の誰にも負けないことを誓ったのだ。

 そうすれば君は最強の騎士である僕には勝てるのに『何故か』その他の騎士には手こずったりあるいは負けたりする『奇妙な』騎士となる。


 幸運なことに僕は剣術において天賦としか言いようのない才を持っていた。

 故に僕は王城における最強の称号を手にしていた。

 しかし不運なことに君もまた天賦と言える才を持っていた。


 御前試合の決勝。

 僕らは舞台の上で向き合い礼をする。


「また小細工か。売女」

「お生憎様。私は使えるものは全て使う主義なの」


 いつ頃からか君の身体には魔力が宿っていた。

 元来、女性は男性に比べれば強い魔力を身に宿しやすい。

 それは女性の体が子を宿し産むという大任を果たすためにエネルギーを持ちやすい故だとされている。

 だが、それにしても君の体に宿るそれは明らかに異様としか言いようがなかった。


 君は身体に魔力を流し肉体を活性化させる。

 全身に纏われる魔力によって君は周りの騎士は当然として僕とだって対等に戦うことが出来る。

 そして僕以外の騎士達に危なげなく勝つことが出来る。


 実に腹立たしかった。

 僕と戦うことが出来る君が。

 そして嬉しかった。

 未だに僕の全力を受け止めてくれる君が。

 この場所で共に互いの傷を舐め合うことが出来るのが。


「また私の勝ちですね。ローレン様」


 大歓声が上がる。

 かつて余興で戦っていた時とは大違いだ。

 僕も君も名実共に国で有数の実力者となっていたのだから。


 王が君を褒めたたえる。

 かつてとは違い心からの敬意を含めた声で。

 そして、かつて以上に欲望に満ちた下卑の視線を向ける。


 君はどちらも受け止める。

 高潔でありながら穢れを一切知らない無垢な女の仮面を被りながら。


 役目を果たす君を見つめる。

 考えるまでもなく『その時』が近いのを僕は察していた。


 君は強くなっていた。

 そして美しくなっていた。

 もう物語に出てくる英雄と遜色ないほどに。


 君への称賛が終わった。

 それなのに王は君を引き留めた。

 何事かを話しているのが見えた。


 君は固まった。

 君は手と首を振った。

 君は普段からは想像出来ないほどに狼狽えた。

 その様を見て王は微笑む。

 そんな王に対し君は顔を赤く染めながら深々と礼をした。


 僕はそんな君の姿を見て。

 君の演技を見事だと思う他なかった。




 夜。

 僕は役目を終えて外に出る。

 三年も前の記憶を辿るようにして中庭に向かう。

 そして、そこには予想に違わず君が居た。


 いつも束ねている髪の毛を解いて肩までなびかせながら。

 初めて会った日以来、一度も身につけているのを見たことがないドレスを身に纏いながら。


 君は空を見上げていた。

 あの日と違い立ったまま。


「ここにはよく来るのか?」


 君の背に問いかける。


「馬鹿じゃないの? 嫌な思い出が残る場所に来たい人なんているわけないじゃない」

「なら何故ここに居る?」

「ここなら最悪なことが起こるって期待しているから」


 そう言って振り返った君の腰には剣がない。

 そして異様なほどの魔力も昼間の試合で消耗している。

 対して僕の剣は平時と変わらず人の命を容易く奪うことが出来る。


 最悪なことか。

 僕は仮面を被ったまま笑う。

 僕らは殺し合うことを運命づけられて生まれた。

 そして君は今、その運命を試すようにしてこの場に立っている。


 馬鹿らしい。

 君にとって最悪なことはここで死ぬことなのか?

 もしそうなら何故わざわざここに来た?

 決まっている。

 真実は君にとってここで死ぬのが『最善』であるからだ。


 無言のままでいる僕に君は呟くように言った。


「情けない。無防備な女一人殺せないの?」

「お前は女ではなく騎士なんだろう?」


 いつもの嫌味のつもりだった。

 そうなることを期待していた。

 だけど君は言った。


「もう女でしかいられない」


 いつものように僕は売女と罵ろうと思った。

 だけど僕は何も言えなかった。


 虫の鳴き声と風の音が耳の奥にまで届く沈黙の中。

 君は片手を差し出した。

 それはダンスの誘い。

 初めて君と出会った時と同じ。


 僕は無言のまま右足を後ろに引き、軽く右手を体に添えて礼をする。

 君は微笑んだ。


 音楽もなく、明かりもなく、観客も居ない世界で僕と君は踊った。


 踊りながら僕は必死に抑えていた。

 君に抱かなければならないはずの憎悪の奥下から湧いて来る同情を。


 僕と君の呼吸は完璧だった。

 考えてみれば当然か。

 この王城で互いの真実を知っているのは世界で二人きりなのだから。


 僕らは離れて礼をする。

 向かい合った君の顔からは何も窺えない。

 仮面をしていないはずなのに。


「ローレン」


 君は僕の名を呼んだ。


「ありがとう」


 僕は無言で首を振って踵を返す。

 耳に響くのは僕だけの足音。

 君の足音が聞こえることはなかった。




 王が君を妻とすると宣言をしたのは翌日のことだった。


お読みいただきありがとうございました。

次回より二人の運命が大きく動き始める第三章に入ります。

彼らがどのような歩みを見せるのか見守っていただけましたら幸いです。


もし少しでも「面白いな」と感じていただけましたら、リアクションや評価などいただけますと励みになります。

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