役目
未だ十三の歳を数えたばかりの僕にとって王城での生活が恐ろしくなかったかと言えば嘘になる。
事実上の王の庇護を受けてる君と違い僕の守りはあまりにも薄い。
無論、影に日向に父が幾重にも及ぶ護衛をつけてはいただろうが、結局のところ僕の最後の壁はたった一人のお付きだけだ。
そしてお付きの騎士は僕にではなく僕の家に忠誠を誓っていた。
「父は何故僕にもっと護衛をつけないのだろう?」
「ローレン様。あまりにも多くの護衛を付ければあなたは傷つかなくとも家名が傷つきます」
「僕は父の後継者だぞ。それも今ではたった一人の……」
「はい。しかし、それは『今のところは』と言い換えも出来ます」
詭弁だ。
父は幾人もの妾を囲っていたが高齢のため次の子が出来ることは期待出来ないはずだ。
それなのに父は僕を半ば捨て石のように王城へと送った。
新たな子が出来ることを言い訳にして。
「僕にはカミラを殺すための刃としての価値しかないと?」
「何を仰っているのですか? 今の情勢でローレン様があの女を殺せば当家は窮地に陥ります」
お付きの騎士はそう言っていたが、その目にはもう温かみなどなかった。
どうやら既に父は僕に見切りをつけているらしい。
いや、まだ現状では見切りをつけつつあると言った方が正確だろうか。
いずれにせよ、父の中で僕の存在は本命ではなく数ある手の内の一つにまで格下げとなったのか。
「父の年齢は既に六十に近い。僕が死ねば家は終わりではないのか?」
「ローレン様。父君のことを人間の物差しで測るのが最早誤りなのです」
「……どういうことだ?」
僕の問いかけに騎士は首を振った。
答える気はないということなのだろう。
それに心当たりが全くないわけでもない。
何せ父は怪しげな魔術や古代の技術の収集にも躍起になっていたのだ。
大方、その中で寿命を延ばす方法でも見つけたのかもしれない。
自分が死なないのであればそれが一番だと父は判断したのだろう。
故に僕の命は今やそこまで重要ではない。
「余計なことを考えなさいますな」
苛立つ僕にお付きの騎士は静かに告げた。
腹立たしい。
僕が知らないことをこの男は知っている。
つまり、この男は僕より価値があると父は判断したということだ。
「あなたはご自身の役目を果たしていればいい」
そう言われるがまま僕は自室へと戻って来た。
「血を残す。それが今、あなたに望まれている最大のことです」
「カミラを殺すよりもか」
「はい。今の情勢においては」
扉を開く。
そこには見知らぬ女が微笑みながら控えていた。
騎士が笑う。
おそらくは悪意なく。
「ローレン様。少なくとも私にはあなたの役目が羨ましいですよ」
役目。
その言葉に僕は吐き気を覚える。
これが僕の役目だと言うならば。
僕はもっと単純で愚かで……どうしようもない男として生まれたかった。
「ローレン様。お待ちしておりました」
気持ち悪い。
女の笑顔が。
顔を彩る化粧が。
白い皮膚が。
膨らんでいる体が。
部屋で焚かれている香が。
吐き気を催す。
それでも僕は役目を果たさなければならない。
少なくとも、父はこれを何よりも必要なものだと考えているのだから。
王城で囁かれる僕の評判。
それは実に分かりやすく同時に納得を伴ったものだった。
『放蕩息子』
厳格な父親から離れたのを良い事に暇さえあれば女を抱き続ける。
愚かな男の典型例といったところだろう。
真実から乖離した評判の中、僕はそれでも役目を果たし続けた。
数え切れないほどあてがわれた女の顔も名前も何一つ僕は覚えていない。
くだらない作業をただ続けるだけだ。
事実、彼女達もそうだったに違いない。
ある日。
疲れ切って寝息を立てる女をそのままに僕は外へ出た。
お付きの騎士は僕に気づかなかった。
あるいは気づいていて無視をしていたのかもしれない。
いずれにせよ、僕は夜の城を一人で歩くことが出来た。
見回りをする兵士の視線を避けるようにして、薄らと浮かぶ月星と部屋から漏れる明かりを頼りにしながら。
目的地など決めていなかった。
足の向くままに歩いていただけだ。
だからこそ中庭で座り込みぼんやりと空を見つめていた君と遭遇した時には思わず声を出していた。
君は僕の声を聞いてびくりと震えて振り返る。
君の剣は傍らに落ちていた。
対して僕の剣は平時と同じく腰にある。
今すぐに君の命を奪うことが出来るはずだった。
それでも体は動かなかった。
君の纏う服が乱れ、白い肌が月明りに晒されていたから。
女の肌を見るのが初めてである気がした。
見慣れているはずなのに。
騎士を演じる君の身体は残酷なほどに女性的だった。
君が乱れた服を正す。
「種馬が何の用?」
種馬、か。
僕に与えられた役目を思えば実に的確な表現だと思った。
それと同時に。
実に奇妙なことであるが僕の立場を適切に理解している人が居たことを嬉しく感じた。
「ここは娼館なのか? 売女が」
飛び出た言葉の強さを後悔した。
少なくとも今の君に向けるべき言葉じゃないのは分かりきっていたはずなのに。
「そうだったら良かったのにね」
君の声は静かだった。
きっと疲労のせいだろう。
僕は無言で君に歩み寄り手を差し出した。
意外なほど君はあっさりと僕の手を掴み立ち上がった。
「ありがとう」
交わった視線を僕と君はほとんど同時に外す。
そして、互いに何も言わないままに踵を返した。
足音が無情に響く。
一定のリズムを刻むその音の中に。
微かな泣き声が混じったような気がした。
空耳かもしれないそれが。
僕らが互いに背負う役目の重みを無情に告げていた。




