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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【二章】
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道化

 

 僕がつけた君の傷は翌日には王の耳に届いた。

 不自然なほどに怒りを見せる王へ君は涼し気な顔で告げた。


「傷一つない騎士などいましょうか。むしろ私はこれを誇りと思います」


 違う。

 君は騎士などではなく道化だ。

 いっそ売女であった方がまだ良いと思ってしまうほどに哀れな道化。

 それを理解しながらも君は舞台で騎士を演じる。


「次に戦う時には決して遅れなど取りません」

「見事だ。カミラ。そなたが本当に男児であったならと思わずにはおれん」


 王の言葉と視線を君は受け止めて微笑む。

 君は舞台で騎士を演じ続ける。


「ローレン様」


 そしてその舞台に君は僕を無理矢理引き上げる。


「勝ち逃げは許しません」


 君の言葉を受けて王は笑う。


「ローレン。そなたは挑まれたぞ。美しき騎士に。まさか拒むわけにはいくまい」


 笑顔の仮面をこれ見よがしに被る君の顔に苛立つ。

 しかし、僕もまた仮面を被って微笑むしかない。


「よろしいのですか? カミラ様」

「もちろんです。ローレン様。昨日と同じく僅かばかりの手加減もなしに戦いましょう」


 君の方を向きながら僕は目だけで王の表情を窺う。

 王は『自分のもの』をこれ以上傷つけられるのを許しはしないだろう。

 王は物語にしかありえないような美しい女騎士を目にしたいのだ。

 そして王はその女騎士を自分のものとして愛でるつもりなのだ。


 君はそれを利用して僕への復讐を果たすつもりなのだろう。

 強者の威を借りるなんて実に小賢しい考えだ。

 まるで女そのものではないか。



 僕と君は試合場にて向かい合う。

 ただの練習試合であるはずなのに人の数が多い。

 他ならぬ王自身が見学をするのだから当然か。

 試合場の上で僕らは向かい合う。


「恥ずかしくないのか」


 剣を固く握ったまま僕は君の前に立ち尋ねる。


「騎士として恥ずかしくないのか」


 君は無言のまま深く頭を下げたので僕もまた頭を下げる。

 苛立つ僕に対し君はまだ仮面を被ったままだった。


「ローレン様」


 睨んだ先にあった君は微笑んでいた。

 腹立たしいほどに美しく。


「私は騎士ではなく女ですよ」


 剣が交差する。

 君に負けたくないという思いが強くなれば強くなるほど決して勝ってはいけないという事実が僕に圧し掛かる。

 敗北の結果、僕が負うべき幾つもの傷が浮かぶ。


 父に失望された末に叱責されるだろう。

 女に負けた軟弱者として笑われることだろう。

 そして両家の動向を窺う他の家たちは今回の出来事を判断材料の一つとするはずだ。

 しかし、ここで勝ってしまえば王の不興を買う。


 もう、どうすれば良いのか分からない。

 そう考えた刹那、僕の目は君の剣を追い切れなくなった。


「ざまあみろ」


 君の言葉が確かに聞こえた。

 君に笑顔が浮かんだ途端、僕は突き飛ばされていた。

 腰をついた僕の顔の前に君の構えた剣の切っ先があった。


「私の勝ちですね。ローレン様」


 君の微笑みが見えた。

 仮面を被っていたかどうかまでは分からない。


 王の歓声が響く。

 それに従うように他の人々の声が続く。

 馬鹿馬鹿しい。

 僕と君の試合は歴戦の騎士の戦いなどではなく、文字通り子供の喧嘩程度の意味しかないのに。

 それでも僕は悔しくて俯いていた。


 直後、君の手が差し出された。

 腹立たしくとも振り払うわけにはいかず僕は君の手を取って立ち上がる。


「ローレン」


 素晴らしい勝者の姿に沸く喧騒の中、君は小さな声で僕を呼んだ。


「今のあんた、私よりも滑稽で無様ね」


 苛立ち、睨みつけた君の顔は。


「まるで道化。私と同じ」


 息を飲むほどに切ない表情をしていた。


「カミラ?」


 問い返すと同時に君は剣を構える。


「ローレン様。三本勝負といきましょうか」

「望む所です。カミラ様」


 君が仮面を被ったので僕もまた仮面を被り直す。

 垣間見た君の表情もその下にある真意も僕にとっては関係ない。

 そう自分に言い聞かせながら。


 三本目の試合も僕は敗北した。

 いや、敗北をする他なかったのだ。


「素晴らしき武勇だ」


 王は君を称賛し君は騎士として完璧な礼を返す。

 興奮さめやらぬ王は実に侮辱に満ちた問いを君へ投げかける。


「カミラ。そなたの武勇は一体どこまで届くと思う?」


 それでも君は物語に出る英雄のように騎士を演じた。


「叶うならばどこまでも」



 その日以来、君は王が何を望むかを完全に見定めた。

 それ故に君は他の同年代の少女達がするような習い事や勉強にはあまり姿を見せなくなり、代わりに訓練場にばかり姿を現すようになった。

 王城に居ようとも、そうでなくとも。


 君の父はそれを止めなかった。

 いや、それが最善だと理解していたのだろう。

 跡継ぎが君以外に居ない現状、やはり君の腹に王の子が宿るのを狙うのが一番良い。

 挙句に王は既に君を自分の物として見ている。

 つまり、君は既に王の庇護を得ているような状態だった。

 事実、一年を待たず君は王に招かれ王城で過ごすようになった。


 僕もまた君の後を追うようにして父の下を離れ王城へ向かった。

 刺客の襲撃は確かに恐ろしかったが、君が王城に居続ける事の方がよほど恐ろしかったからだ。


「機会があったならば殺せ。ただし慎重にだ。考えもなしに殺したりするな」


 慣れ親しんだ城を後にする日、父から言われた言葉。

 僕は力なく曖昧に頷くだけだった。

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