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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【終章】
36/36

偉大なる夜の下で

 

 月明りの下で僕らは君を見つめていた。


「ローレン、カミラ」


 幼かった君がもうカミラの背を抜いている。

 僕の背だってもう少しで抜かれてしまうかもしれない。

 僕らの成長は十代で止まってしまったけれど君はまだ成長する。

 もしかしたら、一年後には僕の背だって抜かれてしまうかもしれない。


「ありがとう」


 君はそう言ってカミラを抱きしめた。

 カミラときたら大泣きをしている。

 そんな姿を見て僕も泣いてしまった。


『運命と決着をつけてくる』


 君は先日、僕らにそう言った。

 だからこそ僕らは君を止められなかった。

 だって、僕らもまた全てと決着をつけた末に今があるのだから。


 旅の途中で僕らは君が何者かを知った。

 そして、君に纏わりついている鎖を知った。

 だからこそ、僕らはこの日がいずれ来ることを知っていた。


 だって、僕らもまた運命に束縛されていたのだから。


「本当に。ついて行かなくて良いの?」

「そうだ。僕らは強い。君と共に戦えるし、君を守ることだって……」


 君は首を振った。


「ありがとう。だけど、それじゃあ意味がない」


 その言葉に僕らは怯む。

 かつて、あの塔の壁を二人で壊した日が想起される。

 そう。

 あの時のように、これは自分で立ち向かわないといけないことなんだ。


「死んじゃったらどうするのさ」


 カミラの問いに君は首を振る。


「死なないさ。だって私は」


 君は微笑む。


「二人に育てられたんだから」


 そう言われては僕らは君を見送るしかなかった。


「絶対に死ぬな」

「もちろんだ」


 僕の言葉に君は頷く。

 そして、僅かに迷った顔をして。


「……今までありがとう。父さん。母さん」


 僕らは顔を見合わせる。

 そして笑う。


「冗談よね?」

「僕らは親って柄じゃないだろ?」


 君は微笑んだ。


「そうだね」


 そう言って君は馬に乗って一度振り返り微笑み、馬を駆る。

 駆けて行く。

 運命に向かって。


 小さくなる背中を見つめながらカミラはぽつりと呟いた。


「行っちゃったね」

「あぁ」

「謝らないとね。今度」

「そうだな」


 僕らは君が消え去っても君が消えた方を見つめ続けていた。



 やがて。


「そろそろ行こうか、私達も」


 カミラの……君の言葉に僕は頷いた。

 だけど。


「行く当てなんてないだろ?」

「そうだね。私達、もうどこにでも行けるもん」

「あいつのところに行くか?」

「ううん。流石にそれは失礼だよ。あんなに私達を巻き込まないようにしてくれたのに」

「そうだな」


 君の言葉に僕は時を失う。


「ねえ、ローレン」

「何だ? カミラ」

「私達、これからどうしようか?」


 君の言葉でも僕の時は中々動かせなかった。

 だからこそ、君は言葉を重ねる。


「どこにいく? もう、あなたは私を誰も追いかけて来れないほど遠くに連れて来てくれたけど」

「そうだな」

「少し、歩こうか。ローレン」

「……あぁ」




 私達は歩き出した。

 行く当てもなく。


「ねえ、ローレン」

「なんだ?」

「昔のこと、覚えている?」


 私の問いにあなたは答えた。


「全て覚えてるさ。昔のことならな」


 そう言ってあなたは話し始めた。


 初めて出会った日のこと。

 共に王城で仮面を被りながら傷を舐め合ったこと。

 月明りの下で一緒に踊ったこと。

 もう終わりだと思う程に互いの関係が壊れてしまったこと。

 それでも、最後にはこうして一緒に生きていたこと。


 いつまでも語りたいことも。

 もう二度と思い出したくないことも。


 あなたと私は一緒に話をした。


「随分とさ。遠くに来ちゃったね」

「そうだな。距離も、時間も……もう誰も僕らに追いつけない」


 私達は同時に止まり。

 同時に空を見上げる。


 夜が私達を照らした。

 照らしてくれた。


 冷たい夜の光が心地良い。

 もう私達を縛るものは何もないのだと分かる。

 確信出来る。


 永遠を。



「ねえ、ローレン」

「なんだ? カミラ」


 半身の声が響く。


「夜って。凄いね。だって、必ず明けるんだもん」


 当たり前の事実が深く響く。

 永遠に共に生きていく相手と自分の間を静謐に。


「私さ。あなたとこんな関係になるなんて思っていなかった」

「何を今更。僕も同じだ」


 互いの声が心地良かった。


「全部さ。夢みたい。悪いことも、良い事も、全部」

「そうだな。だけど、夢じゃなかったらしい」

「そうね。夢じゃなかった」


 共に見下ろす。

 永遠に続く夜の下、見つめ合うのは一心同体の最愛の人。


「私さ。時々考えるの。夜の王が何で自らを『偉大なる夜』なんて呼ばせたのか」

「分かるさ。君が言いたいこと。つまり、夜の王は」


 息を吸い、吐き出す。

 そして、共に語る。

 滑稽な王の願いを。


「こんな夜になりたかった」


 人を越えて。

 命を越えて。

 世界を嘲笑う。

 救い難い夜の王。

 王は浅はかな考えから、途方もない望みを抱いた。


 つまり、それは。

 誰もが知り、誰もが受け入れ、そして誰をも包む。

 偉大なる夜、そのものになりたかったのだ。


「馬鹿げた願いね」

「あぁ。例え不老不死になろうとも世界そのものになれるはずなんてない」


 二人で共に笑う。


「馬鹿丸出しね」

「本当だ。救いようのない奴だ」


 きっと。

 偉大なる夜を名乗った愚かな王は。

 今、この瞬間も自らの矮小さと本物の夜の……偉大なる夜の雄大さを比べていることだろう。


「私達はそんな存在にならないように」

「なると思うか?」

「そうね。なるわけないか」

「あぁ、何せ僕らは」



「小賢しいことなんて考えられない馬鹿だから」


 僕と。

 私の。

 声が重なった。


 夜の下で笑う。

 普段しているように。

 これからも永遠に続くように。


「さっ、ローレン」


 片手が差し出される。


「あぁ、カミラ」


 手が繋がれる。


「可愛い可愛い我が子の門出のために踊りましょうか」


 共に微笑む。


「あぁ。無事に帰って来ることを祈って」



 靴の音が響く。

 過去の音も。

 今の音も。


 声が聞こえる。

 過去の声も。

 今の声も。


 最愛の人が見える。

 過去の姿も。

 今の姿も。

 そして、未来の姿さえも。


 僕と。

 私を。

 夜が照らす。


 永遠に続いていく世界。

 その一つを担う偉大なる夜。


 その下で。


 私と。

 僕は。


 踊り続けた。

最後までお読みいただきありがとうございました。

これにて二人の物語は終わりとなります。


運命に翻弄された二人。

今や、穏やかに偉大なる夜の下で踊る。


永遠の命を持つ二人の旅はこれからも続きます。

ですが、今回を一つの区切りとして。

お決まりの結の言葉を。

つまり。


めでたし、めでたし。

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