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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【第七章】
33/36

奇妙なふたり組

 

「あー! でも、やっぱり馬車は良いねえ!」


 快活な声が響く。

 ガタゴトと揺れる馬車の音を消し去るように。


 王都へ向かう道中。

 喧嘩をする男女を見かけて思わず馬車を止めてから随分と経つ。


『道が分かんなくなったってどういうことさ!?』

『仕方ないだろ! 最後にこの辺りを通ったの何年前だと思っているんだよ!』


 ほとんど人が通らない道で一触即発とでも言わんばかりに言い合う二人。

 いや、御者が声をかける直前には遂に女性の方が男性の頬を両手で引っ張っていた。


『いたいたいたい!!』

『エスコートの! 一つくらい! スムーズに! しなさ……!』

『あの……大丈夫ですか?』


 これが奇妙な二人組と御者の青年の出会いだった。


「でも本当にありがとね! この人が女の子のエスコート一つも満足に出来なくて」

「女の子って……君、一体いくつだと……」


 また喧嘩が始まりそうだ。

 そう思った御者は慌てて自分の背後に居る若い女性に振り返り言った。


「いえいえ。これも何かの縁ですし。それに私も話し相手がほしいところでした」

「ほんと? それなら嬉しい!」


 無邪気な女性だと思った。

 歳の頃はまだ十八、九だろうか?

 しかし、無邪気な声に加え、御者からはほとんど見えないのに両手を大袈裟に動かす様からは見た目よりもずっと若い……いや、幼い印象を受ける。


「少し静かにしたらどうだ。彼も困っているだろう?」


 対して隣に座っている男性。

 彼女の恋人か? 夫だろうか? いや、もしかしたら兄妹なのではないか?

 そう感じるほどに女性に対して落ち着きがあり、騒がしい彼女を何度も諫めている。


「いいえ。これくらい賑やかな方が楽しいですよ」

「ほら! あの子も言っているよ!」

「おまっ……! あの子って……!」

「ははは。大丈夫ですよ」


 御者は思わず作り笑いをあげた。

 確かに失礼な言い方だ。

 だが、それ以上に御者は疑問に思う。


(あの子……?)


 まるで随分と年上のような言い方だ。

 子供のようにしか見えない彼女は思いの他、歳を取っているのだろうか?

 だが御者もあと数年もすれば三十の坂を登ってしまう。

 そんな自分を子供扱いなんて……。


「すみません、本当に……こいつ、世間知らずで……」

「ローレンも似たようなもんじゃん」

「カミラ! 余計なこと言うな!」


 気づけば二人は御者をそっちのけにして喧嘩を始める。

 (やか)しいことこの上ないが、それでも御者は彼らの会話を楽しんでいた。

 いつも一人きりで馬車に乗っていたのだ。

 時にはこんなに騒がしい移動があっても良いだろう。


「……あれ?」

「どうした? カミラ」


 不意に静かになる。

 女性の方が身を乗り出して行く先を見て呟く。


「あれ、城下町じゃない?」

「え、嘘?」


 女性の言葉を受けて男性もまた身を乗り出して息を漏らす。


「げっ……」

「え、戻って来ちゃったってこと?」


 先ほどまでの喧嘩はどこへやら二人は仲良く顔を見合わせている。

 御者は馬を止めて振り返る。


「ええ。王都ですよ」

「えっ、この馬車王都に向かっていたの?」


 言葉を落としたような女性の問いに御者は頷く。


「えっ? あっ、はい。一応お伝えしましたが……」


 二人は少しの間、無言だった。


「え? あの……」

「ごめん! 私達の目的地はこっちじゃないの!」

「え?」

「あぁ。ちょっと僕らはあっちにはいけない理由があってね。悪いけどここで下ろしてくれ」


 混乱する御者に男性の方が申し訳なさそうに謝罪する。


「え。あっ、まぁ、構いませんけど……でも良いんですか? 大分来ちゃいましたよ?」

「あぁ、大丈夫だ。むしろ悪かったね。騒いでしまって」

「うん。ごめんね。私達うるさくしちゃって」

「いや、別に……」


 御者が何かを言おうとした途端、女性は懐から三枚の金貨を取り出して御者の方へ差し出す。


「え!?」

「それ、お駄賃!」


 言うが早く二人は馬車から降りる。


「いやいやいや! ちょっと!?」


 決して貧乏な生活をしていたわけではない。

 しかし、青年は金貨など今までほとんど手にしたことはなかった。

 まして三枚もの金貨など。


「ごめんね! 本当に!」

「カミラ! いくぞ!」


 そう言って二人は駆けだした。

 しっかりと手を握って。


「あの!」


 声をかけたが二人は振り向かない。

 それに、早い。

 まるで馬のように。


「あっ……」


 御者は呆然としたまま二人の後姿を見送る他なかった。


「なんだったんだ?」


 ぽつりと呟き、手にした三枚の金貨を見つめた。

 突如手にしてしまったあぶく銭。

 これをどうしたものか……。


「……どうしようもないか」


 御者はぽつりと呟くと馬車を再び走らせる。




 彼が王都で光の女王が突如姿を消したと聞くのはその夜、酒場で酒を飲んでいた時であった。


「カミラ?」


 酒を飲みながら御者は光の女王の名前を呟く。

 どこかで聞き覚えがある。

 しかし、それがどこか分からない。


「まぁ、いいか」


 普段よりずっと上等な酒を飲みながら御者は考えるのをやめた。

 何せ、こんなにも美味い酒を飲むのは初めてのことだったからだ。


 彼が光の女王と奇妙な二人組を結び付けることが出来たのは王都からの帰り道のことだった。


お読みいただきありがとうございました。

七章はこのような形で二人の旅路を見守るエピローグとなります。


よろしければ二人の騒がしい姿をお見守りください。

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