偉大なる夜へ
僕と君はほとんど同時に目覚めた。
僕らを包んでいた朝日の温もりはいつの間にか肌寒い闇へと変わっていた。
「夜」
君がそう言ったので僕はうなずいた。
「随分寝ていたみたいだ」
「そうね」
「誰も起こしに来なかったな」
「うん。ここには誰も来るなって言ってあるから」
君はそう言うと身を起こし座り込む。
「君は仮にも女王なのにか? 君の兵士達は何をしている?」
「もうとっくに腫れ物になってるよ。政治なんて何も分からないのに武力だけはある。そのくせ誰に対しても穏やかに微笑む……誰からも愛される光の女王。そんな存在物語ならともかく現実なら疎まれるに決まってる」
君の憂う顔が苦しかった。
「私の役目は王の子を孕むだけ。私にはそれ以上の器量はない。だから、本来ならとっくに息子に全権を渡して消えるべきだった。それだけが求められていた。まぁ、私に子供は出来なかったけれど」
言葉を切り、君は一度息を吐き出して僕を見て問う。
「ローレン。あんたに子供は居たの?」
あれだけ女を抱いたのだから……なんて君は言いたかったのだろう。
きっと茶化すような空気を出しながら。
だけど実際の君はまるで親とはぐれた子供のように怯えている。
「さあな。僕にだって分からないさ」
だからこそ僕は正直に答える。
「だけど、子供が出来ていたらとっくに女の方から名乗りを上げていると思う。それがなかったって事はまぁ、一人も居ないって事だと思う」
「そっか」
君は夜の下に声を落とし、呟いた。
「何で私、あなたとの子供出来なかったんだろう」
「いきなりだな」
僕は笑う。
君も笑う。
「たった一回で子供が出来れば苦労しないさ」
「だけど、愛し合っていたよ? 赤ちゃんって愛し合った人達の間に出来るんでしょ?」
「まぁ、確かに愛し合っていたけども」
「でしょ?」
子供染みたことを言う君はまだ笑っていた。
半ばふざけて、半ば本気で。
馬鹿なことを。
君はたった今、自分と王の間に子供が出来なかったと語っていたばかりじゃないか。
そもそも君は王の子を孕むのが役目だと思って生きていたじゃないか。
そして僕も。
君との戦いに備えて多くの女性を抱いた。
可能な限り子供を産ませて自分の『予備』を作るために。
それが僕の役目だった。
そんなこと分かりきっているじゃないか。
「これが種馬と売女の会話か?」
「いいじゃない。種馬と売女がこんな会話をしても」
くすくすと君は笑う。
その姿はまさに無垢な少女としか言えなかった。
笑い返す僕も、きっと純粋な少年として君の目に映っている事だろう。
「君は子供が欲しいのかい?」
身を起こして尋ねる。
「んーん。いらない。と言うか欲しくない。だって、私達。こんなにも苦しんだんだから」
「そうだな」
僕と君は同じ気持ちだった。
そうだ。
僕らはこんなにも苦しんだ。
少しでも僕らのようになる可能性があるのなら僕も君も子供なんていらないと即答するだろう。
僕らは座り込み大穴から覗く月を見つめていた。
「綺麗ね」
「そうだな」
僕も君も生まれて初めて穏やかな時間を過ごした。
何をしても、されても死なない体。
故に解放された殺し合う運命。
「カミラ」
「なに?」
「上に行かないか?」
「いいよ」
僕らは立ち上がり手を繋いで塔の階段を登る。
あの夜のように。
だけど、急かされることはなく。
牢で過ごしていたために気づかなかったが、塔の中はあの夜と比べてずっと古びていた。
様々な場所から雑草が生え、崩れかかった壁の隙間からひんやりとした風が吹き込む。
何年も、何十年も経ったのだから当然だ。
だけど、僕らはあの時のままだ。
そして。
塔の屋上で君が言った。
「綺麗ね」
「そうだな。あの場所よりずっと綺麗に見える」
先ほどよりずっと近くなった月を眺めながら僕らは言った。
「それで」
君は僕の横腹を肘でつつきながら言った。
「あなたはこんな所に連れてきてどうするわけ?」
まるであの時の続きだ。
照れくさくなり僕は誤魔化す。
「さあな。それは君が決め……痛っ!」
いきなり君が僕の横腹を強くつねった。
「あんた。流石にそれはないんじゃない?」
「うるさいな! 照れ臭いんだよ!」
「えっ? 今更?」
ニヤニヤ笑いながら君は僕を見つめる。
こんな君の表情は初めて見る。
見れて良かった。
「ほら。いつもみたいに女の子を喜ばせて」
「女の子って……今、君いくつだよ……」
「あんたと同じだけど?」
「なら、とりあえず女の『子』じゃないだ……いたいたいたい!」
僕の両頬を君が指で思い切り引っ張る。
「デリケートな話題だからやめてほしいんだけど。あんたの時間を奪ったこと本当に後悔しているんだから」
言葉は軽かった。
だけど、声色と目は重かった。
君の両手が僕の頬から離れて落ちる。
「カミラ?」
「うん」
僕の呼びかけに君は目を伏せる。
罪の意識か。
無理もない。
僕が許しても君は長い間それから解放されないだろう。
「一応言っておくけどさ」
僕は君の体を抱きしめながら言う。
「僕は気にしてないよ。と言うか、今更気にするような仲でもないだろう?」
「……うん」
君は歯切れ悪く頷いた。
僕は微笑み君の頭を撫でる。
「まぁ、いいさ。気にしていないって言っても腹は立っているし。これからずっと一緒なんだから飽きるまで反省してよ」
「ずっと一緒なんだ?」
君が問う。
「違うの? 僕はそのつもりだったんだけど」
僕の返事に君は笑う。
「ううん。私もそのつもりだったよ」
「そうか」
僕らはしばらく抱き合っていた。
そして。
「そろそろ離してくれない? 普通に苦しい」
「そうだな。正直辞め時に困っていたから助かるよ」
子供みたいな軽口を叩いて離れる。
照れくさかったというのもあるかもしれないけど、案外この言葉は真実に近いのかもと僕は思った。
「さて」
互いの体温がまだ残る中で僕らは再び向かい合う。
これから何千、何万、何億としていくであろう君との向かい合わせの形。
その一回目。
「ダンスでもする?」
君はそう言って手を差し出す。
思えば君との初めての出会いでもそうだった。
僕らの関係はダンスから始まったんだ。
洒落ているじゃないか。
新しい関係もダンスからなんて。
「今度は足を踏むなよ?」
僕が君の手を握ると君が笑う。
「昔のことをネチネチと……」
「君から始めたんだろうが」
そう言って僕らは塔の屋上で踊る。
「素敵だと思わない?」
「何がだ?」
君は笑う。
「音楽も、明かりも、観客もいないのに。私達、こんなに息が合うなんて」
「そうだな」
まるで一心同体だ。
考えてみれば当然か。
僕らはこの世界で二人きりの親友にして恋人なのだから。
そんな踊りの最中、ふと。
「観客か」
「観客ね」
僕らの言葉が重なる。
それと同時に僕らの踊りが止まる。
まだ、途中なのにどちらも態勢を崩すことなく。
「何を言おうとしたの? ローレン」
「君こそ、カミラ」
君は複雑な顔をしていた。
きっと、僕も同じだろう。
「多分、あなたと同じだと思う」
「奇遇だな。僕もそう思う」
「なら、一緒に言ってみない?」
「このダンスの観客をか?」
「うん」
「いいだろう」
僕らは共に息を吸い、同じだけ息を止め、そして共に口にする。
このダンスの観客の名前を。
「偉大なる夜へ捧ぐ」
僕と君の声はまるでたった一人の人物が口にしたように響いた。
共にため息をつく。
「なんて奴に捧げているのよ」
「君こそ」
僕らのため息が呆れ笑いに変わる。
「私達、本当に一心同体なのね」
「そうだな」
そう。
僕らはこのダンスを偉大なる夜に捧げよう。
自分の血を世界にばら撒き人々を嘲笑う救い難い王のために僕らは踊ろう。
だって、偉大なる夜は。
人々を嘲笑う夜の王は。
どちらか一方が死ぬことで完成する劇から僕らを救ってくれたから。
僕らを運命から解放してくれたから。
「まぁ、それはそれとして」
「あぁ。見つけたら必ずとっちめる」
僕らが捧げた偉大なる夜への感謝は一瞬の内に侮蔑に変わる。
そして、それを二人で笑う。
「さ、もう少し踊ろうか、ローレン」
「そうだな」
月夜の下、僕らはもうしばらく踊り続けた。
お読みいただきありがとうございました。
これにて第六章は終わりとなります。
偉大なる夜により運命から解放された二人の物語ももう少しで終わりとなります。
どうか、最後までお付き合いいただけましたら幸いです。
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