表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【第六章】
30/36

最初の口づけ

すみません。

こちらの話は元々『狂気に落ちる』に入っていた話になります。

どうにも収まりが悪く2つに分けさせていただきました。

ご迷惑をおかけして申し訳ありません。

 何年の時が過ぎたのだろうか。

 ただ一つ、理解していたのは。

 その日、僕が死ぬということだけだった。


 だって、寝台で横になる僕の下に君が来たから。


 鳥の鳴き声が聞こえる。

 外はどうやら朝になったばかりらしい。


「ローレン」


 君の顔が涙に染まっている。

 最後に見た時と同じく君は美しいままだ。

 今の僕と比べれば残酷なまでに幼いままだ。


「カミラ」


 自分の声が驚くほどに擦れて、弱々しい。

 これが最後。

 そう分かっているからこそ、君は素顔を晒した。


「ローレン」


 もう一度、君は僕を呼んだ。

 そして、しがみつくように僕を抱きしめて泣いた。


 当然だ。

 これが僕らの永遠の別れなのだから。


「カミラ」


 君は泣いたままこちらを見ない。


「カミラ。さいごに」


 君がこちらを向く。

 涙に濡れた顔。

 今まで見たことがない顔。

 きっと、僕しか見たことがない顔。


「口づけをしてほしい」


 君は躊躇わず動いた。


 牢屋での交わりでさえしなかった口づけ。

 君とする最初の口づけ。

 だけど、これを。

 最後にするつもりはない。


 僕は君の舌を噛む。


 泣き腫らした目で君は動揺して僕を見る。

 分かっているだろう?

 僕の気持ち。


 分かっているから動揺するんだろう?

 僕の行動に。


 君は僕から身を離して問う。


「ローレン……あなた」

「早く」


 僕は君を急かす。


「本当に死ぬぞ」


 君は一瞬停滞する。

 君は既に狂気に染まっていた。


 そして僕は既に狂気に落ちていた。


「……ばか」


 君はそう言って僕を見つめながら口を動かし何かを吐き出した。

 君の体。

 君の口の中。

 君自身が噛み切ったもの。


 傷がつけば血が流れる。

 君は躊躇いながら口づけをする。


 しかし、愛を確認する行為じゃない。

 共に狂気に落ちるための行為。


 僕の体に君が混じる。

 君の血が混じる。


 君は語っていた。


 自らがもう夜の王と同質になったと。


 ならば。

 僕の考えが正しければ。

 狂気に落ちた僕の考えが間違っていないなら。


 君の血を吸う。

 吸い続ける。


 それだけでは足りない。

 何故か力の満ちて来た体を起こす。


 君を抱きしめながら君の口を傷つける。

 新たについた傷から漏れ出る血を飲み続ける。


 十分だと思えるほどに。

 十分だと感じるほどに。


 やがて、僕は君から身を離す。

 少し皺は残っているけれど、それでも僕は若返っていた。


「……馬鹿」


 君は呟いた。

 僕は頷く。


「……するの?」


 君は震えながら問う。

 僕もまた震えながら頷く。


 立ち上がり、壁に向かい立つ。

 君は僕を見守る。


「……いいか? しても」


 震えが収まらない。

 本当にここまでする必要はあるのだろうか?

 ここまでする必要はないのではないだろうか?


 だって、僕は……。


「やってよ。ローレン」


 君は言う。

 君は僕と同じくらいに震えていた。


「それをしないと。きっと、意味がない」


 僕はすぐには頷けなかった。

 ここまでやっておきながら。

 今になって躊躇う。


「馬鹿ね。あなた」


 懐かしい皮肉の響き。

 君は立ち上がり僕の隣に立つ。

 一緒に壁の前で。

 共に拳を握る。


「後悔しないか?」

「しないよ。だって、あなた。本当だったら今、死んでいたんだから」

「……そうだな」


 共に壁に向かい、共に拳を握り。


「やろうか」

「そうね」


 一緒のタイミングで僕らは壁を殴り、破壊した。


 息を飲む。

 多分、二人で同時に。


 そして。


 砕かれた壁から。

 温かな朝日が包む。

 僕と君の体を温かく。


 身体。

 溶けない。


 当然か。

 僕は君の。

 夜の王の血を飲んだのだから。


「馬鹿」


 君は泣いていた。


「そうだな」


 僕も泣いていた。


「溶けたらどうしていたのよ」

「後悔しないって君が言っていたじゃないか」


 君が僕を殴る。

 軽く、優しく。

 そんな君を抱きしめる。


 僕らはもう死なない。

 いや、もう死ぬことが出来ない。


 それはつまり、運命の劇は永遠に結末を迎えられないということ。



 開いた穴から注ぐ光を浴びながら僕は倒れる。


「ローレン!?」


 君の叫びが聞こえた。


「ローレン!? どうしたの!?」


 屈みこんで僕を揺さぶる君。

 直後の笑みなど吹き飛び涙を流す君を。


 僕は不意に思い切り抱きしめた。


「え!? わっ! ちょっ……!」


 僕の意図を理解した君が顔をしかめた。


「あんた……!」

「黙れ」


 僕は笑う。


「こっちはこんなに日光を浴びるのは久しぶりなんだよ。誰かさんのせいで」

「何? そんなの私に負けたあんたがいけないんじゃん」


 君は泣いた。

 憎まれ口を叩きながら。

 僕に抱きしめられながら。


 しばらくそうしている。

 お互いの体温を感じる。

 感じ続ける。


「少し昼寝でもしないか? 二人で」

「今、このまま?」

「あぁ」

「まだ朝になったばかりじゃない」


 君がため息をつく。


「まぁ、いいけど」

「ありがとう」


 そんな会話をしながら。

 僕らは温かな日差しに誘われながら。


 一時(いっとき)の眠りを共に楽しんだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ