表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【五章】
25/36

抱きしめて

 

 崩れていく。

 自分が。

 それだけが実感できる。

 夜の民と化したせいだろうか?


 それともべつのりゆうがあるのだろうか?


「光の女王」

「女王陛下」

「カミラ様」


 玉座に座りながら人々の会話を聞く。

 あなたと共に演じ続けた劇のお陰で私の仮面は誰にも見破れない。

 私が崩壊をしていても人々は誰一人気づかない。


 光の女王として私を慕う民も。

 女王陛下として私を守る兵も。

 傀儡として私を操る臣も。

 誰一人、私の真実に気づかない。


 だけど、それでいい。

 これがわたしのやくめだから。



 日々が流れる。

 あなたを監禁して三ヵ月。半年。一年……。

 その間も私は生き続けた。


 違う。

 死ねないから生きるだけなのだ。

 食事をしなくとも、眠れなくとも、どれだけ苦しくても私の身体は生きるのをやめない。


 人の刃で死ねないならば、私自身の刃ならどうだろうか。

 魔力の刃で自らの身体を突き刺した。

 刺した場所から血が流れ落ちた。

 けれど、突き刺した場所が即座に再生していく。

 落ちた血が虚しく消えた。


 日差しを浴びた。

 浴び続けた。

 身体が溶けることを願って。

 けれど、私は生き続ける。


 偉大なる夜を想う。

 この血を世界に残した王を想う。


 滑稽な劇だ。

 愉快な劇だ。

 嗤える劇だ。


 私の(さま)に王は満足するだろう。

 きっと。

 それだけはわかった。




 笑顔を貼り付けて私は昼を生きる。

 自分の未来に気づかないようにして。


「無様ね、ローレン」


 仮面を放って私は夜を耐える。

 自分の未来を察しながら。


 あなたが悲鳴をあげる。

 骨の折れる痛みに。

 肌を斬り裂かれる痛みに。


 あなたは人間じゃない。

 獣以下の存在だ。

 だから苦しめ。


 火で焼かれる苦しみに。

 水で溺れる苦しみに。


 あなたは何度も死にかける。

 そしてその度に傷を癒す。


 どれだけ恨んでも殺してあげない。

 どれだけ辛くても。


 しなせてあげない。


 それなのに。

 わたしがこんなにひどいことをしているのに。


「いい趣味だな。女王陛下」


 あなたは私を見返した。

 あなたは私を見返してくれた。


「そうね」


 そう言って私はあなたの隣に座る。


「楽しくて仕方ないよ。ローレン」


 心にもないことを言う。

 何故か言ってしまう。


 こころにもないことを。


「お前との付き合いは長いが」


 そう息を置いてあなたは這って私から離れる。


「こんな無様な内面は知らなかったぞ」


 無様?

 私が?


 何さ、それ。

 せっかく今夜はこれでおしまいにしてあげようと思ったのに。


 立ち上がり魔力の刃を作る。


 それを見たあなたの顔は無表情だった。

 監禁して一年以上。

 あなたはもう抵抗をやめていた。


 けれど、拒絶はする。

 可能な限り離れる。

 当たり前か。

 ローレン。


 わたしだってそうするよ。


 一歩踏み出す。

 距離を詰める。


 刹那。


「……っ」


 あなたの顔が歪んだ。


「なに? 怖くなったの?」


 自分の声が遠く聞こえた。


「そうよね。よく知っているもんね。この痛み」


 そう言った直後。

 頬を伝う何かが唇にあたる。


 動揺して片手で拭う。


 液体。


 水。


 なみだ。

 とまらない。


 私は踵を返す。

 牢の中で座るあなたは何も言わなかった。


 牢屋を飛び出す。

 塔から走って逃げる。

 自分の心が分からない。

 なんで涙が落ちたのか分からない。

 分からないのに。

 止まらない。



 翌朝。

 私は普段と同じようにあなたに食事を運ぶ。


 何か言われるかと思ったけれど、あなたは何も言わなかった。

 無言でパンとスープを目の前に置く。

 そのまますぐに立ち去ろうと思っていた。

 どうせ、私の目の前では食べないって分かっていたから。


 それなのに。

 あなたはまるで引き留めるようにすぐパンを手に取った。


 一瞬だけ視線が重なる。

 けれど、あなたはすぐに外した。


 少し迷った後、私はあなたの隣に座る。

 あなたは無言で食事を続ける。


 声をかけて欲しかった。

 だけど、声をかけてくれないって分かっていた。


 声をかけようかと思った。

 だけど、かけるべき言葉なんてないと分かっていた。


 あなたが食事を終えた。

 随分と長かったように思う。


 食事を終えたあなたの隣に座り続けた。

 とても短かったと思う。


 私は立ち上がり部屋を後にする。


 あなたは何も言わなかった。

 言わないでくれた。



 翌日も。

 そのまた翌日も。

 私はあなたの隣に座り続けた。

 あなたは一度も拒絶しなかった。


 どれだけの期間。

 そうしていただろう。


 火も。

 水も。

 刃も。


 使わなくなっていた。


 私達の間に会話はなかった。

 最後にした会話が。

 あの無様な醜態を晒した時だったなんて恥ずかしく思った。


 日々が過ぎる。

 過ぎていく。


 女王として過ごす。

 まるで夢のようだ。

 全てが曖昧で次の瞬間には忘れてしまう夢。


 自分自身として過ごす。

 疑いようもない現実だ。

 私とあなたの冷え切った関係は決して消えない。

 消えてはくれない。




 ある日。

 夜。


 私はあなたの下を訪れた。


 隣に座る。


「ローレン」


 あなたに声をかけたのはどれくらい振りだろう。

 あなたは無視した。


「ローレン」


 もう一度、声をかける。

 それでも無視する。

 息を飲む。


 苦しい。


 けど、もう一度だけ。


「ローレン」


 声が自分でも聞き取りづらかった。

 涙が混じっていたから。


 すると、あなたがようやくこちらを向いてくれた。


「カミラ」


 仮面。

 被っていない。


 すこしだけ、あんしんした。


 涙が零れる。


 どうしてわからない。


「ローレン」


 もう一度呼びかけて。


 自分でも定かならない心で。


「だいてほしい」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ