傷つけ合い
少し残酷な描写があります。
ご注意ください。
あなたにつけた首輪が大きく見えた。
また少し痩せたのだと分かった。
あなたを監禁してからもう二ヵ月も経つ。
そんな長い監禁生活のためだろうか。
あの夜、私を抱きとめた力強い腕と体はもう見る影もない。
あなたの前に置かれた二つの皿の上には今朝、私が運んだ固いパンと冷めたスープが手つかずのまま残っていた。
何故か分からないがその事に私は物凄く腹が立った。
「なんでご飯食べないの?」
「さあな。なんでだと思う?」
「聞いているの私なんだけど?」
苛立ちながら一歩踏み出した瞬間、あなたはスープの皿を掴んで私に投げつけた。
弱々しい腕で投げられた皿は足にぶつかり中身の冷たい液体が私を濡らす。
濡れた足を一瞥し、私はこれ見よがしに大きくため息をついてみせる。
「ご飯は投げるものじゃないんだけど」
「お生憎様だな。俺は使えるものは全て使う主義なんだ」
一瞬。
息が止まる。
『また小細工か。売女』
『お生憎様。私は使えるものは全て使う主義なの』
以前、御前試合で返した私の言葉だ。
あの時から今が間違いなく地続きで繋がっていることをどうしても意識させられてしまう。
理解したくないのに理解してしまう。
今、憎悪の視線で睨むあなたとあなたに人間以下の生活を強要している私。
私達がかつて誰よりもお互いを理解した存在であったことを。
いや、違う。
もしかしたら、今、この瞬間にあっても……。
「ローレン」
自分の中に浮かんだ考えを払拭するために私は皿を拾い上げて近づく。
微かに残ったスープの液体が私の指を汚す。
「まだ残っているから」
「は?」
「口、開けて」
「誰が……!」
怒りを吐き出した口に皿を思い切り当てる。
あなたは抵抗したけれど、弱った体で夜の民と化した私を振り払うことは出来ない。
それにあなたの四肢に巻きつけた鎖の重みは僅かな動きにさえも大きな制限をかける。
「しっかり飲んで」
あなたは何かを言ったが声にはなっても言葉にはならない。
私がこうしている限り、あなたは何も言えない。
あなたが何を言いたくても。
わたしがなにをいってほしくても。
不意に皿が落ちた。
どうしてか分からない。
急に力が入らなくなった。
何が起きたのか分からないまま自分の指を見つめる。
混乱する。
苦しみから解放されたあなたは二度息を吐き出し私を睨んで吐き捨てた。
「どうした? 母親の真似事は終わりか?」
「真似事? 馬鹿じゃないの? あんたみたいに醜い子供なんていないでしょう?」
「そうか? こんなにも過保護に守ってくれているもんだから、てっきりお前には俺が子供にでも見えているもんだと思ったが」
「減らず口を」
あなたを睨みつけながら魔力で刃を作る。
あえて、あなたにその鋭さを見せつけるようにゆっくりと。
「っ……」
あなたの顔が恐怖に歪んだ。
昔のあなたからは想像できないほどに弱い姿。
そんな怯えたあなたの姿なんて見たくなかった。
そう思った。
なんで、そうおもったのかわからない。
私はあなたに一歩近づきその刃を首に当てる。
その気になればいつでもあなたの命を奪える。
「どうした?」
あなたは虚勢を張った。
「殺さないのか?」
怯えながらも睨む瞳を見つめる。
その視線から死を望む姿を私は見出そうとした。
だって、そうでしょう?
あなたはいま、こんなにもくるしんでいるんだから。
「死にたいんでしょう?」
だから、ころしてあげない。
もっと、くるしんでほしいから。
「馬鹿か、お前は」
あなたの声に私の意識が明瞭になる。
直前まで見ていたはずのあなたの顔が初めて見るものに見えた。
「勝者としてお前は俺を殺さないといけないんだ」
胸に言葉が突き刺さる。
何故だか分からない。
「俺とお前は殺し合う運命にあったんだ。それなのにお前は俺を殺していない」
「馬鹿らしい。この状況で殺されていないとでも言うの? ローレン」
「あぁ」
淀みないあなたの頷きに私は戸惑う。
「あなたはしにたいの?」
「生きていたいと思うのか?」
その言葉と共にあなたは刃に首を押し付けた。
血が噴き出した。
悲鳴が聞こえた。
あなたは口を強く結び痛みに耐えながら首をさらに押し付けようとする。
私は魔力の刃を打ち消すと支えるものがなくなったあなたの体はそのまま地面にぶつかった。
「馬鹿じゃないの? ローレン」
私は慌てて手に魔力を集結させ、魔力を治癒の力に変えてあなたの首の傷を癒す。
静かに塞がっていく傷を見つめる。
苦しい。
何故だか分からない。
どうしてだかわからない。
「あんたがどう思おうと全ては私の意のままの」
その言葉を聞いてあなたはうめき声をあげながら私を見上げた。
「無様だな、カミラ」
「なに?」
「聞こえなかったのか? 無様だと言ったんだ」
視線が重なる。
先ほどは感じなかったあなたの意志が驚くほどに鮮明に心を貫く。
何で。
なんで、あなたはわたしをあわれんでいるの?
「勝者でありながら敗者に囚われ続けている」
「何を……」
「聞いているぞ。お前は権力を奪われているんだろう?」
一体誰から……?
そんな疑問が私の顔に浮かんだのだろう。
あなたはニヤリと笑った。
「名ばかりの女王の地位。お前はすることもないからこうして俺を甚振って気晴らしをしているん……」
あなたの言葉は最後まで響かなかった。
私が新たに作った刃で喉を斬り裂いたから。
「的外れね、ローレン。確かに私は名ばかりの女王かも知れないけれど別に権力を奪われているわけじゃない。権力の後ろには必ず分かりやすい暴力がある」
裂かれた喉から溢れる血で溺れそうなあなたの傷を魔力で癒しながら私は言った。
「そしてこの国に私以上に理不尽な力を持っている存在はいない。私が動かないのは単純に動く必要がないから。あんたの今の言葉はただの想像でしかない」
「……あぁ。そうだ」
傷が塞がったあなたはあっさりと認めた。
「ここに来るのはお前だけだからな」
「ええ」
「犬を忍び込ませるどころか、犬を呼ぶ手段すらない」
私の頷きにあなたは笑った。
「ここまで甲斐甲斐しく世話をしてくれるだなんて、光栄だな。女王陛下」
言葉に詰まる。
あなたはもうこちらを見ていなかったから。
「あぁ。女王陛下と呼ばれるのは嫌だったか? だとしたら悪かったな」
頭の奥に衝撃が走る。
『それはこちらの台詞だ女王陛下。足でも滑らせたか?』
『女王陛下、ね。それ私が嫌がるって分かってて言っているでしょ?』
たった一年前の記憶がこんなにも。
遠い。
「ローレン」
私は立ち上がり牢屋を後にする。
「ご飯、ちゃんと食べてね」
あなたの返事は聞こえなかった。
私は牢屋を出てさらに階段を登る。
心臓が痛い。
頭が痛い。
苦しい。
私は。
あなたをどうしたいのだろう?
登る。
階段を登り続ける。
最上階まで。
あなたの手足を折った。
あなたの体を火で焼いた。
あなたの喉を刃で斬り裂いた。
全ての傷をすぐに癒した。
私の身体に傷が残っていないように、あなたの身体にも傷を残さない。
残してやらない。
私は。
あなたをどうしたいのだろう?
運命に従い殺さなければいけないあなたを。
こんなところに閉じ込めて。
塔を登り切った。
あの夜、あなたと見た世界がそこに広がっていた。
だけど、ここに居るのは私だけだ。
『ねえ、ローレン。あんた、誰かを愛したことはあるの?』
『あると思うか?』
あの時にした会話が何故か思い出された。
涙が溢れて落ちる。
これが勝者の姿だというの?
これがあなたとの決着の果てだと言うの?
「わたしは」
気づけば声を漏らしていた。
先の言葉は続かなかった。
わたしは。
あなたをどうしたいのだろう?




