運命の報酬
「カミラ様」
部屋の外で私を呼ぶ声が聞こえた。
私は閉じていた目を開いて起き上がる。
窓から覗く太陽。
良く晴れた日差しが窓を通して部屋に入り込む。
ベッドから起きて私は日光を浴びる。
そして。
「死なない」
誰にも聞こえないように小さく呟いた。
私の身体は光を浴びても僅かにも溶けだしていかない。
父やあなたの父と同じ、夜の民であるはずなのに。
私の脳裏にあの日の事が蘇る。
絶望した表情をしたあなたの父親に私は堂々と宣言をした。
自分は夜の民のような下賤な存在ではない。
偉大なる夜に最も近い存在、夜の公女である、と。
「馬鹿みたい」
独り、呟く。
あの日があなたとの最後の戦いであると私は知っていた。
どちらか一方が死ぬまで続く血で血を争う両家の争いを描いた劇の最後。
だからこそ私は滑稽な程に自分を強く見せた。
ずっと二人で繋いできた劇なのだから最後は盛大に決着をつけるべきだと思ったから。
だけど、もう劇は終わっている。
衣装を脱いでしまえばそこにあるのは退屈な事実だけだ。
つまり、私は夜の公女などではない。
私やあなたの父と同じく、偉大なる夜の血を飲んだ夜の民。
ただし飲んだのは私達の父が飲んだものと比べるとより濃い色と味をした血だった。
それ故に私は彼らよりもずっと夜の王に近い性質を持っている。
そして日光で死なないという特性はその最たるものだ。
私は基本的に何をされても死ぬことはない。
いや、『死ねない』のだ。
「カミラ様?」
「いいよ。入って」
問いかける侍女に私は告げる。
すると彼女は扉を開けて入ってきて甲斐甲斐しく私の世話を始める。
「よく眠れましたか?」
毎日飽きもせずに聞いて来る問いに私は答える。
「ええ。おかげさまでぐっすりと」
「それは良かったです」
あなたであればすぐに見抜くであろう嘘。
いや、違う。
あなたでなければ決して気づかない嘘。
気づけと言うのも酷な話か。
「何か口にされますか?」
侍女の言葉に私は首を振る。
「ありがとう。だけど平気」
「よろしいのですか?」
「うん。魔力のお陰でね。お腹が空かないの」
「お菓子程度でも……」
「それはあなた達で食べて」
嘘ではない。
だけど、限りなく嘘に近いと思う。
夜の民と化した頃から食事は不要となる。
しかし、味や食感を楽しむことは出来る。
だからこそ、私は夜の民と化した後も食事をしていた。
だけど、今ではそれをしない。
何故か分からないけれど、何を食べても飲んでも味がしないから。
それどころか、まるで砂を食べているような感覚になってしまうから。
身が整った私は玉座へ向かう。
あの日、私が盛大に破壊した王城は今、少しずつ修理されていっている。
そしてこの修理は玉座に私が座っている間も続く。
あまりにも音が大きくて周りの人々の会話も聞こえづらいほどだがそれでも構わない。
何せ、私がこの場で聞く会話などほとんど意味のないものだからだ。
『僭王を撃ち滅ぼした女王様が歴代のどの王よりも民に近いとアピールをするのです』
『そうすれば疲弊した王国であろうとも人々は女王様の姿に心を打たれ希望を抱きます』
『内政のことはお任せください。我々が力の限り務めてまいります』
『あなたはただ慈愛溢れる女王であり続ければいい』
私を擁立した者達の声が浮かんでは消えていく。
言うまでもなくこれらは全て方便だ。
僭王を滅ぼした女王だの、民に近い女王だの、慈愛溢れる女王だの……。
色々と彼らは口にするが要約をすれば『余計なことをするな』となる。
自分達の都合の良いように政治を行います。
だから、あなたはヘラヘラと笑って馬鹿な民衆でも相手にしていてください。
どうせあなたも無知で馬鹿な人間なのだから。
きっと、彼らの頭の中にある事柄を私でも理解しやすい言葉にすればこうなると思う。
それについて腹が立ったりは別にしない。
概ね正しい事実を言っていると思うから。
愚王の子を腹に宿す事だけを命じられ、そのためだけに手を尽くしてきた。
あの好色で醜悪な男が普通とは違う女を抱きたいという願いを持っていることを知り、私は父に命じられ女でありながらも騎士を演じるという滑稽極まりない事をした。
いや、それ以外の何もさせてはもらえなかったのだ。
『お前はただ王の子を孕む事だけを考えろ。それ以外の役目は不要だ』
私は父の言葉を忠実に果たし続けた。
それが自分の運命だと理解したからだ。
つまり、私は政治が何も分からない。
いや、むしろ知ってはいけないのだ。
余計な知恵をつければそれだけで敵を増やしかねないし自分の命を失う事態に繋がるかも知れない。
だからこそ、父が私に望んだのはたった一つ。
王の子を孕むだけ。
……皮肉なことに私の腹に子供が宿ることはなかったが、今となっては少し安心している。
この状況で私に子供が居たならばまず間違いなくその子は利用されるだろうから。
そして何より……長く続いたあなたと私の関係を想えば子供なんて作りたいなんて絶対に思わない。
生まれた頃からずっと政争のために利用され続ける上に敵側からの殺害に怯え続ける。
それだけでなく『予備』を作るためだけにまだ子供と言って差し支えない年頃に性行為を強要させられる。
そうして義務を果たす中で罵られるのだ。
方や売女。
方や放蕩息子。
苦しみを何も知らないくせに馬鹿にだけされてきた。
私も、あなたも。
夜の民となった私の生がどれほど長く続くかは分からない。
だけど、私は絶対に子供は作らないと心に決めていた。
「女王陛下」
この城に訪れた民達の話を聞く。
響く修理の音でほとんど聞こえないのに私は微笑み頷き、ありきたりな事を言葉を変えて優しく伝える。
それだけで人々は喜ぶ。
自分達のような身分の声でさえ聞いてくれる女王だと勝手に解釈してくれる。
あなたと共にくだらない劇の役者をし続けたことをこれほどまでに感謝したことはない。
正体は夜の民であるのにそれを隠して慈しみ深い光の女王を演じ続けること。
それこそが今の役目なのだから。
無情に響く修理の音に辛うじてしか聞き取れない民の声。
そして虚ろな心のまま玉座に着く私。
これが。
この光景こそがあなたと争い続けた運命の報酬だった。
お読みいただきありがとうございました。
今回より第五章になりもう一人の主人公であるカミラの視点から物語が進みます。
運命の戦いの末にローレンに打ち勝った彼女がここからどのような時を過ごしていくのか。
ゆっくりとお付き合いくださると幸いです。
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