終の舞台
君の光の女王と呼ばれるようになってから三ヵ月後のこと。
この日をよく覚えているのは何故だろうか。
父が殺されたからだろうか。
多くの命が失われたからだろうか。
僕自身が遂に君に負けたからだろうか。
それとも、もっと単純に。
僕が初めてそれを自覚したからだろうか。
朝焼けが薄青い世界を仄かに目覚めさせようとしている頃に父は帰還した。
「カミラは見つかりましたか?」
「見れば分かるだろう!? 見つかっていない! あの売女が! どこに隠れているというのだ!」
僕の問いかけに父は首を振って舌打ちをして僕を押しのけて歩き続ける。
「くそっ!」
父は苛立っていた。
城下町で聞こえる君の噂に。
日々広がりゆく君の女王としての偶像と反対に落ちていく愚王としての自分の実像の対比に。
歩きながら辺りにあるものを突き飛ばしては壊していく。
父を恐れた者達がそっと身を引いたのを見る度に父は怒り狂い気まぐれに彼らを殺して血を吸う。
王城に居る者達にとっては最早日常となってしまった光景。
手段を選ばずに君を探す父の行動により城下町の人々は父を恐れている。
かと言って夜の民に対抗する手段はない。
王城と城下町は夜の闇が延々と続いているような薄ら寒さを常に纏っていた。
「くそ!!」
見るに堪えない醜態を晒しながら父は玉座へと向かう。
父が王となって以来、この場所の窓のほとんどには板が張り付けられ、僅かに存在する板のない窓には厳重にカーテンが幾つもかけられた。
そして数え切れないほどの巨大な蝋燭やランプが置かれ、さらに魔力で出来た星を模した光源が部屋の中を妖しく照らす。
この場所の窮屈さこそが夜の民の苦しみであるのだと僕は思った。
日差しの下を歩けない。
日光を浴びることも出来ない。
父が失ったものと手にしたもの。
失ってでも手に入れたかったものがこの状況であると言うのであれば。
偉大なる夜と称される夜の王の血がもたらすこの力はただの呪いにしか思えなかった。
きっと、父もそれを感じているはずだ。
だからこそ。
父はこれ以上ない屈辱を抱いたままに死ぬ羽目になった。
父と護衛の騎士。
そして僕が玉座の下へ行った時、そこに君がいた。
「なっ!?」
言葉を失う父を見て君は玉座の上で笑う。
「何を驚いているのです? この場所は元々私の場所です」
魔力で出来た星々の散る紛い物の夜。
その下で照らされる君の白いローブはまるで雲一つない夜に浮かぶ月のように静謐な雰囲気を纏っていた。
「何をしている! 囲め!」
父と護衛達が圧倒される中、僕は叫んだ。
父に仕える者達が考えを放棄して自身の役目を果たすため命令に従い君の下へ向かう。
その光景を見て気を取り戻した父が僕へ振り返る。
「ここで仕留めましょう」
「ローレン……」
「あの女のやり口は私が一番良く知っています。奴はただ虚を突いただけです。それに何か策があろうともだからと言って捨て置くわけにはいかないのではありませんか?」
僕の説明を聞いた父は平時の自分を取り戻す。
「そうだ。その通りだ。ローレン」
僕は頷き剣を抜いて君の方へと歩を進める。
「私が参ります。必ずあの女の命を刈り取り陛下へと捧げましょう」
僕の言葉に父は満足気に頷き、その場から動こうとはしなくなった。
そうだ。
それでいい。
君が何を考えているかなんてどうでもいい。
どんな策を講じているのだってどうでもいい。
大切なのはこの場に君が訪れて僕と出会ったことだ。
こんな大胆不敵な行動をしていながら僕と出会うことを想定していなかったなんて言わせない。
兵士達が君を囲い込み円を作っていた。
それは皮肉にも僕らが何度も戦った試合場を思わせる空間。
僕と君の視線が交差する。
互いに仮面は被っていない。
君は未だに玉座に座ったまま僕を見つめている。
それは君の策の故だろう。
別にどのような策があろうとも構わない。
君の策により僕は殺されても構わない。
僕を殺す事が君の運命なのだから。
あらゆることをすべきだ。
その上で僕は自分の運命のために君を殺す。
如何なる策があろうとも乗り越える。
歩き続ける僕を君はじっと見つめていた。
素顔のままで。
距離が縮まっていくのに君は身動き一つしない。
座ったまま僕を見つめ続ける。
何を考えている?
浮かんでしまう疑問を僕は必死に振り払う。
僕が死ぬか、君が死ぬか、どちらか一つだけだ。
それ以上のことは考えなくていいはずなんだ。
距離を詰める。
君は微動だにしない。
いつ立ち上がる?
いつ構える?
いつ魔力を放つ?
余計な思考が僕の頭を支配する。
それほどまでに君は僕を見つめたままだった。
兵士達が息を飲む音が聞こえた。
気づけば僕は君の僅か一歩先までに距離を詰めていた。
立っている僕は見下ろし、座っている君は見上げている。
何故動かない?
「ローレン」
君が僕を呼んだがそれを無視して剣を構える。
「今のあんた、結構かっこいいよ」
笑う君を無視して僕は剣で思い切り君の心臓を突いた。
「だからさ。殺されてあげる」
柔らかい君の感触が伝わってきた。
指が震える。
掌が震える。
汗が流れる。
想いが浮かぶ。
見ないようにしていた想いが。
気づかないようにしていた想いが。
それらから逃げるために僕は思い切り目を瞑った。
奥歯を思い切り噛みしめながら。
閉じた目が見せた深い闇が僕を現実から切り離す。
代わりに現れた幻が僕にかつての光景を見せる。
全て、君とのものばかり。
自分の半身とさえ思える君と。
演じていたくだらない劇の事ばかり。
そんな僕を。
「馬鹿ね、あんた」
君は笑った。
あまりにも普段と同じ様子で。
僕は驚き、涙に濡れた目を開く。
「殺されるのは一回だけ」
心臓を貫かれた君はそれでも当然のように嘲笑う。
「馬鹿丸出し。まさか、あんた本当に私がただ死にに来たとでも思っていたの?」
呆然とする僕を嗤う顔に一瞬だけ優しいものが混じる。
「だけど、泣いてくれてありがと」
君を呼ぶ時間さえもないほどの刹那。
君は片手で僕の剣を叩き折ると魔力で風を起こして僕を吹き飛ばす。
そのまま僕は壁に思い切り床に叩きつけられ頭を打ち視界がぼやける。
水中にいるように曖昧な音が響く中で悲鳴と怒声が辛うじて聞こえた。
兵士達が倒れていくのが見える。
君が魔力で作り出した風の刃が切り裂いているのだ。
出来た傷口から噴き出る血が全て君の体に向かって行く。
まるで吸い込まれるようにして。
兵士達が倒れていく。
枯草のように干からびて……今や見慣れた夜の民に血を吸い尽くされた死体となって。
僕が何とか身を起こした時、既にその場で立っているのは父と君だけになっていた。
「貴様……!」
父が憤怒の表情を浮かべながら君を睨んでいた。
しかし、あげられる声は親とはぐれた幼子を覚えるような心細さを纏っている。
「貴様も夜の民だというのか!」
「まさか」
怒鳴りつけた父に対して君は涼し気な表情で告げた。
「あなたと一緒にしないでください」
「ふざけるな! その血吸いの力は紛れもなく夜の民のもの!」
「違うと言っているのに」
君はそう言うと父に向かって歩を進める。
その姿に父は言葉にならない怒りの声を張り上げて自分自身の魔力を活性化させる。
顕在化させた父の魔力は君にだって負けていない。
それなのに僕は父の死を確信していた。
何故だかは分からない。
父が視認するのも難しいほどの早さで君に近づき殴りかかった。
それを君は容易く避けて代わりとばかりに右手で父の顔を思い切り掴む。
「ぐっ……! 離せ!」
そう言いながら暴れる父を君は小石でも放るようにして投げ捨てる。
悲鳴をあげながら父は王城の柱にぶつかり、それと同時に柱が崩れ落ちる。
僕は思わず絶句する。
もう出鱈目としか言えない。
一体なんなんだ? この力は……。
父の体に出来た幾つもの血が静かに君の体に吸収されていく。
「やはり夜の民ではないか!!」
身を起こしながら父が叫ぶが君は首を振る。
「違うと言っているでしょう?」
「ふざけるな!」
父は怒り狂うと崩れた柱の瓦礫を魔力で操作して君に投げつける。
だが、それらは全て途中で君の造りだした魔力の光球に破壊されてしまった。
「くそっ!!」
父は叫び尚も瓦礫を投げ飛ばすも君はそれらを造作もなくはじき返す。
これでは父に勝ちようがない。
そう理解した僕はふらつきながらも剣を構えて君の方へ向かおうとしたが、それに目ざとく気づいた君は再び魔力の風を発生させて僕を吹き飛ばす。
「ぐっ!」
呻く僕の上に格子状になった光が現れて僕を捕える。
ダメだ、これでは抜け出せない……。
父は必死の抵抗を続けていたが最早それに何の意味もないのは火を見るよりも明らかだった。
少しずつ近づいて来る君に追い詰められる父はやがて何かに気づいた。
いや、もしかしたら無意識ながらにそれしか手段がないと分かったのかもしれない。
父は突如、頭上に向かって巨大な魔力の結晶を放つ。
崩れ落ちる天井。
そして覗く朝の光が君の全身を照らした。
そう。
夜の民であるならば君はこれで消滅する。
「なっ……! 何故だ!?」
だが、君が夜の民ではないのはとっくに分かっていたことだ。
光を浴びながら君は微笑む。
「私は夜の民なんて下賤なものではない」
その言葉に一瞬、父が真顔になる。
「まさか……」
全てを理解したような呆然とした表情に答え合わせをするように。
君は数え切れないほどの光球を造りだして天井へ放つ。
砕かれて崩壊する王城。
父は瓦礫を辛うじて魔力で防ぐ。
しかし、もうそれは何の意味もない。
完全に崩壊した王城。
いや、舞台とも言うべき場所に朝日が降り注ぐ。
容赦なく父の体にも。
「私は偉大なる夜が残した血の中でも最も濃い血を飲んだ者」
悲鳴をあげる父に君は近づく。
「偉大なる夜に近い故に太陽など恐れはしない。日の光で死なない。偉大なる夜に最も近い存在」
溶けていく父を見下ろしながら宣言する。
「夜の公女」
かつての宿敵と同じく完全に溶けて消え失せた父を見送ると君はこちらへ振り返る。
降り注ぐ光を浴びて。
たった今の宣言が滑稽極まりないほどに。
君は光の女王だった。
「ローレン」
言葉と共に僕を抑えていた格子が消える。
「言ったよね。あんたは悲惨な末路を迎えるって」
僕は無言のまま折れた剣を構える。
勝ち目がないなんてことは分かっていた。
長く続いた戦いの勝者が君であることも。
君に近づき戦いに挑む。
生涯最後の君との戦い。
僕の全力の一撃を君の首に放つ。
しかし、逆に剣は弾かれてどこかへ消えてしまった。
ならばと僕は君の首を絞めようと両手で首を掴む。
僕の指は君の肌に触れたまま停滞した。
一瞬だけ。
「……馬鹿」
君が笑った。
「状況分かっている?」
僕は突き飛ばされる。
それでもどうにか起き上がる。
そんな僕の目の前に君は既に立っており、今度は反対に僕の首を絞める。
「躊躇っちゃダメでしょ。あんたは私を殺す運命の下に生まれているんだから」
苦しい。
意識が朧気になる。
もう終わりだ。
そう思った刹那、僕の首から君の指が離れる。
倒れ伏しながら必死に呼吸をする僕の体を君が踏んだ。
重い痛みに喘ぎながら僕は瓦礫の破片を君に投げつけるも何の効果もない。
「だから言ったのに。早く逃げなさいって」
そう言いながら君は屈むと僕の指を一本ずつ丁寧に折り曲げていく。
反対側に。
見たこともない形になっている自分の手を見ないようにしながら僕は君を殴りつける。
しかし、君は僅かにも表情を変えない。
まるで仮面を被っているかのように無機質な顔のままに僕に告げる。
「ローレン」
辛うじて動く足で君を蹴ったが何の意味もない。
触れた程度の痛みしかないかもしれない。
「生まれたのも後悔するほど悲惨な殺し方をしてあげる」
君を思い切り睨みつける。
これが僕に出来る最後の抵抗だ。
「長い時間をかけて。真綿で首を締めるように」
響く君の宣言を聞きながら僕は遂に意識を失った。
そして。
この日から僕は数十年にも及ぶ長い監禁生活を送ることになった。
お読みいただきありがとうございました。
今回で四章は終了となります。
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