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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【二章】
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邂逅

 僕が君に初めて出会ったのは。

 あるいは君を初めて認識したのはまだ自己の認識さえ曖昧だった頃だ。


「おい、ローレン」


 王の挨拶が済んでから俄かに騒がしくなり始めた舞踏会。

 僕は煌びやかな世界に浸る間もなく現実へと引き戻される。


「あの女が見えるか?」


 父のしわがれた声が僕の耳に這いずるようにして届く。

 その言葉に半ば強制されるようにして僕は父が指さす方を眺めた。

 そこには五十の坂を過ぎ白髪の混じる父と同じような年頃の初老の男、そして僕と同い年……つまり、十つにも満たないような年齢の少女が立っていた。


 そして僕が君を見つめていたように君も僕を見つめていた。

 おそらく僕と同じように君も父親に強制されて。


「あの女がお前の敵だ。お前はあの女を潰すことだけを考えろ」


 僕の家と君の家は僕らが生まれる前から政争に明け暮れており、常に互いに相手を出し抜くことばかり考えていた。

 その過程で僕の六人も居た兄達は君の両親に殺され、反対に君の母親も僕の父親に殺された。

 僕自身も何度も殺されそうになったし、きっと君も何度も殺されそうになっていたことだろう。

 刃で、毒で、火で、水で……あらゆる手段で僕らは常に死の危険に晒されていた。


「挨拶に行くぞ。良いか。次期当主として相応しい姿を見せつけてやれ」


 父の言葉と共に僕は君と君の父親の方へ歩き出す。

 ざわめきが一瞬にして遠のいた気がした。

 僕が目指す先で君は挑むような視線で僕を睨みつけていた。


 思えばくだらない出会いだったと僕は思う。

 互いに殺し合うよう運命づけられていたのに。


「ご機嫌よう。カミラ様」


 右足を後ろに引き、軽く右手を体に添えて礼をする。


「ご機嫌よう。ローレン様」


 対する君は片足を斜め後ろへ引き、ドレスの裾を掴み礼をする。


 僕はこの挨拶を家族や使用人以外の相手に……つまり実戦で使うのは初めてだった。

 何かにつけて『自然な死』の理由に結び付けられる年齢の頃には城内から出ることを父が禁じていたからだ。

 まさか、他ならぬ『自然な死』を狙う一族の後継である君に行うなんて思ってもみなかった。

 そのあまりにも滑稽な状態に浮かびそうになる笑みを噛み消して、僕はちらりと君の方を窺おうと視線だけをあげた。


「あっ」


 反射の息を吐いたのは僕か君か、あるいは両方だったのか。

 いずれにせよ、僕らの視線は確かに重なっていた。


 瞳の動きと色だけで君の人生を察することが出来たのは何故だろうか。

 僕と君の人生があまりにも似通っていたからだろうか。

 あるいは単純に君の瞳に反射する僕自身を見つめていたからだろうか。


「ごきげんよう」


 頭上で聞こえた声で僕と君の視線は外れる。

 僕の父が君の父に挨拶をした。

 それと同時に二人は()(しめ)したかのように話を始めた。


 穏やかな表情と朗らかな声色で自身の内にある強い敵意を巧妙に覆い隠しながら。

 遥か昔から続けている両家の血で血を洗う政争など微塵も感じさせないように。


 それでも僕と君は両家の確執を知るために会話の中にある挑発や牽制、そして脅しを聞き逃さないよう自分達の親がしている会話を僅かにも聞き逃さないように耳を傾けていた。


 その刹那。

 僕と君の視線は再び重なった。

 君が迷いながら目礼をしたので僕もまた目礼を返す。


 七年後に君の手で廃墟となる王城は後の運命を知るはずもなく、煌びやかな人々の服装に一瞬の乱れもなく流れる心地良い音楽に酔いながら夢を味わっていた。

お読みいただきありがとうございました。

二人の時間は遡り、これから静かに物語が動いていきます。

ゆっくりとお楽しみいただけますと幸いです。


もし少しでも「面白いな」と感じていただけましたら、リアクションや評価などいただけますと励みになります。

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