白日の下
僕の父が真なる愚王に変わるまでそう時間は掛からなかった。
父は夜な夜な兵を率いて街を回り君を探し続ける。
時には宿を、時には酒場を、時には民家を……。
権力を振りかざしては押し入り君の影を追う。
馬鹿丸出しだ。
僕はそんな父の行動を冷めた目で見ていた。
このような行動が父に纏わる噂を真実に変えていく。
光の女王として君が語る言葉が虚実であってももう民には関係がない。
対岸の火事あるいは滑稽な劇を見るかのようにして動向を見守っていた人々は今になりようやく気づいたのだ。
王都で起きていた父と君の戦いという物語の登場人物に既に自らの名前が書き加えられているということに。
夜毎に人が死ぬ。
破壊された建築物に泣き続ける民、転がる死体。
そんな光景でありながら血は一滴も存在しない。
戦いに夜の民が関わっているからだ。
夜の民。
僕は自室で君に切り裂かれた左手を見つめる。
あの混乱の中ですぐには気づけなかった。
全てが終わり確認したこの傷は間違いなく一滴の血もついておらず、切り裂かれた傷跡が不気味な空洞となり中の肉を視認する事が出来た。
これは一体どういうことなのだ?
この奇妙な現象は間違いなく夜の民による吸血の痕。
あの場に父は居なかった。
この王都には他の夜の民が居るとでも言うのか?
もし居るとしたならば父はその存在を知っているのか?
照り付ける太陽の下、耳の痛い民達の怨嗟の声を背景に城下町の見回りをしながら僕は自分の考えを整理する。
夜の民となるには『偉大なる夜』と呼ばれる夜の王の血を飲まなければならないと言う。
父の知らない場所で新たな夜の民が生まれていてもおかしくはない。
もし夜の民が居るとしたならば、それはおそらく君の協力者だ。
僕はそう結論付けたがそれでも分からないことがある。
「女王陛下!」
「光の女王! どうか我らをお救いください!」
君を称える声が聞こえたので僕はそちらへ向かう。
すると君は先日、父が破壊した建物の上に乗り父の愚行を交えて演説をしているところだった。
その様を見つめながら集まった人々を観察する。
彼らは皆、全員が光の女王を見ようと出来る限り君へ近づいている。
日光を恐れる様子を僅かにも見せずに。
僕の知る限り夜の民は日光の下では行動が出来ないはず。
行動しようとしたならば君の父のように溶けてしまうはずなのだ。
ならばあのような場に身を出すことは出来ない。
仮に狂信的な君の支持者が夜の民だったとしても、いや狂信的な支持者であるならば尚更無謀なことは出来ないのだ。
昼間に行動出来ないという弱点がある夜の民だが、見返りとして僕らの父のように圧倒的な力を手にする事が出来る。
もし君に盲信的に惹かれて力になろうとしている者が夜の民ならばこんな所で死ぬわけにはいかない。
死んでしまえばもう二度と君の力になれない。
だからこそ死ぬわけにはいかないんだ。
少なくとも僕ならそうする。
君を支え続けることを目的とするならば僕は絶対に自らの死を可能な限り避ける。
僕は遠巻きに君を見つめる。
この距離では君を追おうとも何も出来ない。
いや、そもそも君の言葉と父の愚行により最早風向きは完全に変わっているのだ。
もし僕が今、行動を起こそうとも市民は今まで堅牢な盾となり僕と君が近づくのを阻むだろう。
それだけではない。
下手を打てば僕は殺されるかもしれない。
君以外の者に。
白日の下に君の演説が響き渡る。
聞くに堪えない内容。
まるで演劇のような子供染みたもの。
分かりやすい正義と悪の構図。
だが、今やそれを人々は心から信じている。
何故なら人々にとっては君の語る物は既に物語の枠組みを超えて生々しい現実なのだから。
白日の下で君の演説が終わった。
人々は熱狂する。
既にもう先導者は居なくとも人々は叫ぶ。
叫び続ける。
君は建物の上で人々に手を振る。
笑顔を振りまき続ける。
その最中に君は僕に気づいた。
そして笑みが深まり強く手を振る。
明らかな挑発だ。
無言のまま睨み返すと君は天を仰ぎ言った。
「皆様。今やもう運命は収束しつつあるのです」
人々の声は中々収まらない。
それでも僕には君の声が聞こえていた。
「つまり、どちらか一方しか生き残れない。消え失せるのは光か、闇か」
僕は笑う。
無意識だった。
僕は君を殺す。
そういう運命の下だから。
そして君もまた僕を殺す。
やはりそういう運命だから。
それを君はわざわざ僕に伝えていた。
容赦はするなと僕へ言っていた。
「分かっている」
聞こえるはずもないのに僕は返事をして踵を返してその場を後にする。
そして僕が次に君と会ったのはまさに互いの運命が決する時だった。




