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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【四章】
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光の女王

 君は城下町に度々姿を現しては先王の無念を語り、同時に父親の名誉の回復を誓う演説を続けた。

 国で最も巨大な町と言えど君の動きはまさに神出鬼没としか言えない。

 報告を受けた兵士が向かう頃には既に君の姿がない事が多く、代わりとばかりにそこには君を同情する声や君に賛同の意志を呟く町民しか居ない。


「くそっ!」


 父は怒鳴り壁を叩きつける。

 壁が崩れ、その隙間から外の光が微かに覗いた。


「ひっ……!」


 直前の怒りはどこへやら、父は悲鳴をあげながら身を避けて壁の方へ寄る。

 外からの光が一切入らないよう板が打ち付けられた窓に何重ものカーテンが張り巡らされた自室。

 それこそが父の最も安全な場所であったはずなのに、君が生きていると知れた頃からわざわざ部屋を出て外を覗ける場所で過ごすようになっていた。

 僕から見て滑稽なのは父自身が窓を覗くことがないことだ。

 父は幾つもの壁やカーテンの裏に居るせいで外の光景など微かにしか見えない。

 だからこそ窓の内外に衛兵を配置して四六時中監視をさせているのだ。


「陛下。相手はただの女です。何を心配されているのですか」


 愚かにも父を宥めようとした兵士の首に魔力で出来たどす黒い刃が放たれ、次の瞬間には吹き出した鮮血が部屋を濡らした。

 今や毎日のように見られる光景だがそれ故に護衛達の入れ替わりが激しい。

 新たに父の護衛となった兵士達は大抵このような悲劇に見舞われてしまう。

 古参の者達が瞬き一つせずに父を見つめる中で新参者たちは思い思いの方法で自分の姿勢を維持していた。


「なら何故捕らえられんのだ!」


 癇癪を起こした子供のように父は叫ぶ。

 それと同時に部屋を彩っていたはずの赤色が徐々に失せていく。

 このような光景を初めて目にした幾人かの者達が呆然としていたが、やがて消え失せていっているように見えた血が靄となりながら父の体に吸い込まれていくのに気づいたようだ。

 言うまでもなくこれは夜の民の力だ。

 だが、それを理解していようとも目の前で起きた事がどのような光景として映るかなんて考えるまでもない。


「ただの小娘だぞ!? それを王の兵である貴様らは何故捕らえられんのだ!」


 喚き続ける父の下に外から兵士が駆けてきて叫んだ。


「現れました! あの女がまた現れたようです!!」


 目の色を変えて父は飛び出そうとしたが、すぐに差し込む光を見て立ち止まる。

 脳裏に浮かんでいるであろう君の父の姿。

 氷のように溶けて消え失せた夜の民の末路。

 父は怒りを叫び兵士達がそれを宥めようと声をかけたが、怒り狂った父のどす黒い魔力がさらに二人の命を奪い血を啜る。

 僕はそんな光景を尻目に兵士の下へ向かう。

 相手にしていては命が幾つあっても足りはしない。


「ローレン!!」

「はい」

「捕えろ! 必ずだ! 必ず私の前に連れて来い!!」

「勿論です」


 足早にその場を立ち去り馬に乗って血生臭い王城を抜ける。


「カミラはどこに?」

「西門です! その場所に現れたと聞きました!」

「兵士達は何をしている? 苦戦しているのか?」

「それがまたあの女の周りに町民が集まっており手出しが出来ず……ひとまずはあの女の逃げ道を塞ぐようにして控えさせております!」

「十分だ。よくやった」


 心にもないことを言いながら僕は馬を駆る。

 既にこの状況が君の手の平の上だと言う事はとっくに分かっていた。


 僕と君の父は確かに反乱を起こし王座を狙った。

 そして僕の父は勝ったが故に全てを手にし都合の良い真実を流布していたはずだった。


 だが、父は王として十分に振る舞えなかった。

 それにより人々の心が離れつつあった中で現れた先王の妻。

 君の語る『真実』は人々の心を歓喜させるのに十分な物だった。


「あの噂を聞いたか?」


 城下町で度々聞く人々の間に行き交う噂。

 そこから形作られる二つの物語。


「王が人の血を吸う化け物と化したなんて……」


 一つは夜の民と呼ばれる化け物となった父の噂。

 そしてもう一つは。


「だからこそ女王陛下は光を携えて戻って来たんだ。化け物を討つために」


 国を救う光を纏う女王の噂。


「馬鹿らしい」


 この滑稽な噂はなんだ?

 聞くに堪えない子供染みた物語はなんだ?

 まさか愚かな町民たちは本気でこのような物語を信じているつもりか?


 父は確かに愚かな王となった。

 だが、その怒りも横暴も向かう先はあくまで城内の兵士に留まっている。

 少なくとも城下町へ繰り出して人々を殺しその血を啜る化け物になんてなっていない。


 君は確かに先王の妻だ。

 だが、化け物を討つためにという大義を掲げるにはあまりにも曖昧な存在だ。

 表立っての行動は相変わらず独りで行っている君は間違っても『光の女王』ではない。


 西門に辿り着く。

 君は外へ繋がるはずの門を背に聞くに堪えない『真実』を語っていた。

 城下町での遭遇は既に何度かしていた。

 しかし、今日は平時と違う。

 君の前に干からびた死体があったことだった。


「ローレン様!?」


 僕の隣に居た兵士が動揺の声をあげ、僕自身も思わず息を飲んでいた。

 あの死体、いや、あの死に様は間違いなく夜の民による血吸いを行われたもの。

 一体どこで手に入れた?

 父が癇癪を起こして殺した者達は確かに全て埋葬したはず……。

 だが、君の前にある死体はまるでたった今、殺したかのように傷だらけだった。

 それが血を一滴さえも流していない。

 何も知らない者からすれば恐ろしくて仕方ない光景だ。


「兵士が来た!」

「ローレンが来たぞ!!」


 集まった人々の中でおそらくは君の協力者である者が叫び、息を飲む音と共に人々が僕らから離れていく。


「ローレン様」


 君が僕を呼び掛けてぽつりと言った。


「これがあなたのお父様がなさっていることなのです」

「カミラ様……?」


 僕は声を震わせながら馬を降りて君へよろよろと近づく。

 明らかに動揺をした様子を見せながら。

 ふらふらと力の入らない足取りで。

 まるで、自分の父のしていた所業を全く知らなかったと人々に伝えるように。


 君の顔が少し歪んだ。

 舌打ちでもしたのか?


 僕は君にしか見えないのを理解して無言で笑って見せる。


 忘れたのか?

 君が役者なら僕も役者だ。

 共にくだらない舞台で何年も共演した仲ではないか。


 この状況で君が逃げる選択するのは悪手だ。

 君が呼びかけたので僕が歩み寄っている。

 共に愚王の所業に嘆き、困惑するために。


「カミラ様、これは一体……」


 問いを繰り返しながら君の隣へとやって来る。

 すぐにでも剣で斬り捨ててやりたいが、君の片手が密かに魔力を纏っているために僕も迂闊には動けない。

 君が逃げられないのと同じく僕もまた君を逃がすわけにはいかない。

 仮に剣を抜くとしたら必ず君を殺せると確信した瞬間だ。


「あなたの父……いえ、僭王に血を吸われた哀れな犠牲者です」

「血を……!? まさか、父がそのようなことを……!?」


 そう言いながら僕は死体を観察する。

 奇妙だ。

 確かにこれは夜の民に血を吸われたのには違いない。

 だが、覚えている限りこの死体の顔を兵士や衛兵の中で見たことはない。

 いや、そもそもこの死体は男ではなく女なのだ。

 そんな困惑している僕を煽るように君が言った。


「三文芝居を」

「お前だけには言われたくない」

「空気を読んでよ。あの場面なら怒り狂って斬りかかってくるでしょ、普通」

「悪いがお前の台本に付き合う気はないんだ」


 僕の片手が所在なく剣の柄の周辺で漂うのと同じく君もまた苛立ちながら魔力を蓄え続ける。


 膠着したが有利なのは僕だ。

 僕が手配した兵士達は確実に君を包囲しつつある。

 それを理解しているのか君は言った。


「ローレン知ってる?」

「何をだ?」

「劇ってアドリブが大切なの」

「は?」


 僕が問い返した途端、君はため込んでいた魔力を刃に変えて自分の肌を切り裂き大声で叫ぶ。


「ローレン様!? 一体何を!!?」


 やられた……!

 僕はすぐに君の意図を理解して剣を抜き放ち君に斬りかかる。

 しかし、君はあっさりとそれを避けると魔力の刃で僕の左手を斬りつけた。


「つっ……!」


 痛みに顔を顰めた直後に君は体当たりをして僕を押し倒し叫んだ。


「皆様! お逃げください! ローレン様は……!」


 体の上に乗っていた君を僕は突き飛ばそうとしたが両腕は虚しく空を切った。


「じゃあね、ローレン」


 君は挑発とばかりに手をひらひらと振って駆けだした。


「追え! 何をしている! 追え!!」


 僕はそう叫んだが兵士達を町民たちが邪魔をしているのが見えた。

 中には複数人で抑え込もうとしている者達さえいる。


「女王陛下をお守りしろ!」

「光の女王を! 私達の希望を!」


 芝居がかった言葉が響く。


「何をしている! 剣を抜け! 槍を構えろ!」


 僕の号令に町民達は怯む。


「邪魔をするならば斬るぞ! あの魔女の芝居に惑わされるな!」


 声を張り上げて宣言する。

 今はこの事態を収拾させないことにはどうしようもない。


 君が傷つけたはずの左手から血の跡が失われていたことに気づいたのはもうしばらくしてからだった。

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