真と虚と
僕は直ちに君が生きていることを父と城内の者へ告げた。
城は白々しいほどに厳戒の体制が敷かれ、多くの兵が君を探して王城はおろか城下町でさえ慌ただしくなった。
何せ、君は僕の家にとり最大の障壁となり得る存在だったから。
「腹に子は宿っていたのか?」
君と再会してから四日後、父は帰還するなり僕へ尋ねてきた。
「少なくとも膨らんではいませんでした。王の子は宿っていないと見て良いでしょう」
「他の者の種が宿っている可能性は?」
僅かな停滞の後に僕は首を振る。
「王の血以外に価値はないはずです」
「その通りだ。だが、王の血を引かずとも王の血を称することは出来る」
「それはもう考えるだけ無駄です」
父は僕の言葉に頷いた。
このように動揺する父を見るのは久しぶりだった。
無理もないかもしれない。
君の家は遥か昔から続く因縁の相手でさらに君の父は唯一僕の父を追い詰めた存在。
仮に力で勝っていても父にとり君の存在は恐ろしくて仕方ないものであるのは間違いない。
「必ず探し出せ。私の前に引き出すのだ。何がっても」
そして父の布告が出てから僅か二日後。
君が城下町の広場に現れたと聞き僕は兵を率いて現場へ駆けつける。
広場には通常では考えられないほどの町民が集まり円を作っており、その中心に存在する噴水の前に君は立ち人々へと語っていた。
「皆さまは信じるのですか。あの汚らわしき夜の民の言葉を」
その自覚があるかないかは分からないが虫のように集まる町民たちは君を守る盾となっている。
僕が君の姿を見ることが出来るのは馬に乗っているからで、その声を聞きとることが出来るのは僕が誰よりも君を知っているからだ。
「皆さまは信じるのですか。先王が我が父に殺されたという言葉を」
君はその言葉を世界に生み落としながら涙を流す。
「私は悔しくて仕方ありません。私はあの夜に最も愛していた夫と私を最も愛してくれた父、二人を同時に亡くしたのです」
馬鹿なことを。
君はあの醜悪な男を愛してなどいない。
そして君は父親を恨んでいた。
あの欲にまみれた父親のせいで君は苦しみ続けた。
しかしそれを知る者は居ない。
いや、僕以上に理解している者は誰も居ない。
「カミラ様!」
「女王陛下……!」
愚かな民達は君の流す涙と震えた声に騙される。
人々から同情の声と慰めの声が響き渡る。
「私の心は張り裂けそうです。いえ、既に張り裂けているのかもしれません」
崩れ落ちるようにして君は泣く。
その姿を見て僕の率いていた兵士さえ微かな動揺を見せる。
かつて君を売女と罵っていた者達でさえも君の完璧な演技に心を打たれる。
僕は知っていた。
君が見事なほどに仮面を被り世界を欺けることを。
僕以外の全てを騙せる仮面を被り君は泣き続ける。
「まずい……」
僕は自分が焦燥していることに驚いていた。
何故なら少し前に他ならぬ僕自身が君の立場に立っていたからだ。
そう。
これはつまり僕が君の父を晒した光景と同じ。
おそらくはこの民衆の中に君の協力者がいるはず。
協力者達がこの状況を煽っているはず……。
しかし、権力を背景に人々の前に立っていた僕と違い君が纏っているのは同情だ。
先王の哀れな妻を演じ続けている限り君の周りの人間は声を大きくしていく。
そして僕の時と違い君はそれを止める必要がない。
これこそが君の目的なのだから。
「散らせ」
「ローレン様?」
僕は剣を抜き放ち兵士達に命じる。
ここで暴力を見せつけるのはあまり良い手段でないと言うのは理解していた。
強引な方法を使えば使うだけ君の言葉がある種の真実味を帯びてくるのは分かっていた。
かと言ってこのまま放置をしていれば君の姿と言葉は延々と波及していく。
「散れ!」
僕は人々が居るにも関わらず馬を前に進めて、恐れた群衆が悲鳴をあげながら両脇に避けて道が出来る。
そうして出来た道の先に居た君は僕を真っ直ぐと睨みつけていた。
目は涙を流していた。
頬は涙で濡れていた。
それでも君が笑っているのを僕は知っていた。
「ローレン様……」
君が無力な女を演じながら僕を呼んだ。
かつて騎士を演じた君が無理矢理僕を舞台にあげた日を思い出す。
今、この瞬間に僕はまたもや君の舞台にあげられたのだ。
「カミラ様、ご無事で何よりですと言いたいところですが……このような行動を取る意図をお聞きしましょうか」
「真実を語るのがそんなにも悪いことでしょうか?」
「真実? あなたが語っているのは虚実でしょう?」
馬の歩を進める。
その気になれば一瞬で詰められる距離にありながら君は動かない。
「あの夜、あなたの父は先王を害しただけでなく我が父までも手にかけようとした。その事実を受け入れられない気持ちは分かります。しかしカミラ様。だからと言って思い込みを口にし民衆を惑わすのは看過出来ません」
「ローレン様。あなたが剣さえ抜いて私へ近づく理由。それは虚実を語るのを止めるためではなく、真実を語られるのを恐れ殺すためでしょう?」
君の左手に微かな魔力が集っているのに僕は気づいた。
動く気だ。
そう理解した僕は馬に鞭を入れようとした瞬間、君の左腕が上がり眩い光球が僕の頭上に放たれた。
突然の行動に恐怖した馬が背を逸らしたが予想の範疇の展開だ。
僕は即座に飛び降りて光球を躱し、さらには君の体に向かって斬りかかる。
人々の悲鳴があがった。
一種の秩序さえ感じさせるほどに集まっていた人々が怯え、混乱し、広場を混沌に染める。
「へえ」
僕の剣は君の右手にいつの間にか握られていた魔力の刃で止められていた。
久方振りの君との戦い。
意外にも発生した鍔迫り合いはお互いにしか聞こえない距離を作り出した。
だからこそ僕らは仮面を外す。
「やるじゃない。ローレン」
「相変わらず小細工か、カミラ」
「こうでもしなきゃ、あんたにはとても敵わないからね」
君は笑顔を向ける。
僕だけに。
だからこそ僕もどうにか君に笑ってみせた。
僕の反応に君は微笑みを深め、そしてぽつりと言った。
「馬鹿みたいね、私達」
「あぁ」
僕の言葉を聞くと同時に君は左手で新たな光球を作り放つ。
それをどうにか僕が避けると君は距離を取り、逃げ惑う群衆へと宣言した。
「皆様! 私は決して彼らを許しません! 必ず白日の下に罪の償いをさせます!」
君の声に人々は一瞬の秩序を取り戻す。
「信じるな! あの女の虚言を!」
僕の声に人々は再び混沌へ落ちる。
君は仮面を被り直して僕へ告げた。
「ローレン様。またお会いしましょう」
君は走り出す。
追おうとした僕の周りに突如民衆が群がる。
おそらくは君の協力者たちだろうと思ったが斬り捨てるわけにもいかず、僕は走っていく君の後姿を見つめるばかりだった。




