墓の前で
王城に戻って半年。
君の家に忠誠を誓っていた者達の多くは謀殺され、今や表立って父に逆らう家は一つとしてない。
これは反乱の夜に敵味方問わずに多くの有力者が死んだことも関係しており、父の専横による死さえ伴う剥奪と合わせて多くの空位が生まれてしまった。
父はその空位を自身の信頼のおける者達に気前よく与えた。
それにより分不相応の者達が地位についただけでなく、実質的な権限は領地の権力者が持つという非常に歪な状態になってしまった。
これには地位を与えられた者達がみだりに反乱を起こせないよう、あえて力をつけづらい場所へ送る処置であったとも言えるが、狙いが正しく機能していたかは分からない。
日々、多くの領地で小競り合いが起こり形ばかりの支配者たちがその始末に追われる。
政がしっかりと機能しているのは父の権力が及ぶ範囲だけであり、それ以外の場所では国は疲弊するばかりだった。
そしてこの状況にあっても父は大きな動きを見せることがない。
それはきっと父が夜の民となった故だと僕は思う。
夜の民は不老とも言える寿命を持つと言うが、おそらくはそれにより父は人間としての感性を失ったのだろう。
今の父に意見出来る者は敵はおろか味方にさえいない。
もちろん、僕の意見さえも。
政争相手を失った父は覇者としての道を歩み出した。
だが、皮肉なことに父はかつて思い描いていたであろう覇者の姿を既に忘れてしまったのだ。
夜の民となったために。
父は自身の信頼出来る者達で作り上げた兵士の一団と共に各地へ出向く。
だが、それは各地で起きる小競り合いの火種を鎮圧することが目的ではなく夜の王の血を探すためのものであると僕は察していた。
何故ならあの夜、君の父は確かに父を殺しかけたのだから。
自分を脅かすであろう新たな夜の民の出現を未然に防ぐこと。
これこそが父にとって最も重要なことだったのだ。
それ故に鎮圧や平和は一時的なものとなり、挙句の果てに一度調査が終わったと判断した場所には父は二度と出向いたりしなかった。
そして今の僕の役目は父の不在時に王城を守ること。
父はそう言っていたが実情としてはただこの王城にシンボルとして控えるだけだ。
兵を動かすことや政に口を出すことは勿論、領地から出ることも禁じられていた。
退屈な日々が続く。
だが、これは自身に与えられた運命に向き合わなかった罰なのだろうと僕は思うことにしていた。
僕は中庭に墓を建てた。
表向きはあの夜に死んだ者達の墓と伝えたが実際には違う。
これは君の墓だ。
まだ、どこかで生きているかもしれない君の墓。
三度。
僕はこの場所で君に会った。
その時の僕と君は一度だって仮面を被っていなかった。
そしてあの夜、君は僕と共に運命を拒もうとした。
あの時の記憶が僕を苛む。
苛み続ける。
故に僕はこの場所に君の墓を建てた。
全ては過去のこと。
最早全てが終わったのだと自分に言い聞かせるために。
そんな滑稽な僕を笑うようにして運命が再び動き出した。
まだ朝靄が漂う頃に僕は墓の前に訪れ君を想っていた。
それが終わると踵を返し城へ戻ろうとする。
あまりにも惨めな僕の習慣。
それが不意に終わりを告げた。
「これ、誰の墓?」
声を聞いて僕は振り返り呆然とした。
振り返れば白いローブを纏った君が墓の上に座り込みながら僕を見ていた。
「カミラ?」
「うん。久しぶり。ローレン」
君は仮面を被っていなかった。
だけど、その声は素顔の君とは思えないほどに冷たいものだった。
「今までどこに……」
「敵のあんたに教えるわけないでしょ」
心臓が鷲掴みにされたような気分になる。
そうだ。
僕と君は敵なんだ。
何故、そんなことを忘れていたんだろう。
「で、もう一回聞くけど、この墓って誰の墓なの?」
「……あの夜、ここで亡くなった者達の墓だ」
「ふぅん」
君の声は声は冷ややかだった。
「それじゃ、私も入ってるんだ」
けれど、君の目は少しだけ温かった。
「あんた、ざっくりと私を斬ってくれたもんね」
「仕方ないだろう。敵なのだから」
「そうね。だけど、あんた何回私を傷物にすれば気が済むのよ」
君はそう言うと墓から降りる。
僕の心は一瞬だけ君がこちらへ来ることを期待していた。
しかし、君は一歩も動かないまま僕へ言う。
「本当はこんな事する理由なんて一つもないんだけどさ。忠告してあげる」
「忠告?」
「そ。あんた、今すぐこの城から逃げなさい」
「何故だ?」
僕の問いに君がため息をつく。
きっと僕が君の立場でも同じことをしただろう。
「一々言わなきゃわかんないの? 繰り返しになるけど私がこんな事する理由なんて一つもないんだからね」
「なら何故こんなことをする?」
君は肩を竦める。
「良い? ローレン。あんたは何も考えずにこの城を捨ててどっかに逃げなさい。ただ逃げるだけじゃダメ。名前も地位も捨てて出来るだけ遠くに行って。私にも見つけられないくらいに遠くへ」
僕は無言のままに理解する。
君は何かとてもつもなく大きな事をするのだと。
故に僕は自分でさえも驚くほどに早く剣を抜いて君へ斬りかかる。
君と再会出来た喜びを押し殺し運命を受け入れるために。
しかし、君はあっさりそれを躱して瞬く間に距離を取る。
全力で追っても追いつかない立ち位置だ。
少なくとも僕一人では君を殺すことも捕えることももう出来ない。
「何故、そんな忠告をする?」
僕が問いかけると君は僅かな間をおいて答えた。
「友達だから」
「友達?」
僕が問い返すと君はとぼけた顔をする。
「あら? あんたはそう思わないの? 少なくとも私はずっとあんたの事を友達だと思っていたけど」
僕は笑う。
「殺し合う運命の下に居る友など居るはずないだろう?」
「そうね。私もそう思う。だけど、私はそう感じているのだから仕方ないじゃない」
僕は剣を納める。
もう君を捕えることは出来ないと確信があった。
「僕が従わなかったら?」
「そうね。あんたは悲惨な最期を迎えることになる」
君はそう言うと小さく笑った。
久しぶりに見たその笑みを僕は美しいと思った。
「忠告はしたからね、私のたった一人の友達、ローレン」
「聞くだけは聞いておこう。カミラ」
君は踵を返して立ち去る。
君の背は段々と朝露の中に溶けていくようにして消えた。




