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偉大なる夜の下で  作者: 小雨川蛙
【三章】
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王の血

 それから少しして僕の家は君の領地へと視察を行うことになった。

 当主が居なくなったために君の領地は混沌と化しているだろう。

 秩序を打ち立てるのは新王となった父の責務であり、僕はその代行者として父の配下と共に向かったのだ。


 無論、こんなものはただの名目に過ぎない。

 むしろ君の領地に居るのは君の家に忠誠を誓う者ばかりでおそらくは大半の者が仇討を考えているだろう。

 しかし大半がそう考えると言う事はつまりそう考えない者もいるということ。

 僕と配下の役目はそんな者達を取り立てることだ。

 武力で奪った地位は武力で奪い返されるのが常。

 ならば徹底的に反乱の芽を潰す。


 だが、父は僕にその役目を期待していない。

 何故なら僕は父の息子でこそあれど、内政の面においては未だ経験のない子供でしかないからだ。

 本来ならば父の下でそのような事を学ぶはずが、王城で君を殺す役目を与えられた僕にはほとんど知識がない。

 これは女として王の子を孕む役目を与えられ、その結果騎士の真似事を延々と行い続けた君も同じだろう。

 皮肉なことに今においても僕と君の立場は似通っていた。


 つまり僕が今回この視察に同行したのはただの飾りでしかないというわけだ。

 だがそれが幸いだったと僕は思う。

 僕の目的はこの領地の中で君を探すことだったから。


 あの深手で君が何故生きているのかは分からない。

 しかし生きてるならば君は必ず領地に戻ると僕は睨んでいた。

 自分の領土であれば君の味方はたくさん居るだろうし、土地勘がある故に長く潜伏をすることも出来る。

 何より君の身体には価値があった。


 つまり僕の家と戦うために君自身が当主となること。

 誰も口にしないだけで父の王位簒奪は明らかでありその事を苦々しく思う家も多い。

 そんな中で君は高らかに事実を口にして自分の父の名誉回復のために旗印となる資格は十分にあった。

 君は望まずとも担ぎ上げられることだろう。


 そしてもし君の腹に王の血筋が宿っていたならば、それは僕らにとって最も厄介な力となる。

 これ以上ないほどに正当な血統が残っていたならば先王の意志を継ぐという大義がなくなってしまう。

 先手を打ってその赤子を殺すことが出来れば良いが、おそらくその存在を知る時とはつまり君が大々的に王の子がいると宣言した時になる。

 故に僕は君を必ず見つけ出さなければならない。

 君の存在そのものが僕の家にとって脅威となっているのだから。



 意外なほどに視察は滞りなく進んだ。

 何よりも大きかったのは君の父が夜の民と化してるのを知っていた者が多かった故だろう。

 最も早く僕の家に帰順を表明した臣下は次のように僕に言った。


「主は狂気に満たされてしまったのです」


 君の家に長く仕えていた臣下が青い顔のまま口にする。


「素性の知れぬ者達を数えきれないほどに召し抱えられ何年も怪しげな儀式を繰り返していました」

「何年も?」


 僕の問いに臣下は頷く。


「はい。言葉を選ばずにお伝えするならば我が主はカミラ様の後に子が宿らぬことで心を病んでしまわれたのです。自分の身を生き長らえさせる手段を求め続けていました」


 なるほど。

 つまり君が王の寵愛を受けるようになるまで君の父は強い焦燥感を抱き続けたというわけか。

 それは君が王の寵愛を受けるようになり、力関係が事実上逆転をしてからも続いていた。

 いや、僕の父と同じく自分自身が永遠に生きる事を選んだと言った方が良いか。

 かつての父の言葉を思い出す。


『奴の腹は一つしかないがお前の種は星の数ほど蒔ける』


 この言葉の重みは僕が思う以上のものだったと言うことか。

 僕は彼に問う。


「その怪しげな者達はどこに居る? 案内をしてほしい」

「それが……」

「どうした?」


 口ごもっていた臣下はやがて意を決したように言った。


「主様に全て殺されてしまったのです」

「何故だ?」

「新たな夜の民が出来ることを主様が恐れたからだと思います」


 僕はため息をつく。

 夜の民が増えることを恐れるのは僕の父と同じか。

 政争を繰り返していた両家は皮肉なことに行動まで似通っていたというわけか。


「ですが……」

「ですが?」

「私が独自に収集していたものがあります。ローレン様が望むならば可能な限りお伝えいたしましょう」


 そう語る彼の目が欲で光る。

 どうやら彼はただ帰順するだけでなく僕の父の下でより高い地位を望んでいるようだ。

 そして取り入るために現在最も近づくべき相手は僕と判断したのだろう。

 僕は父の嫡男なのだから当然か。

 残念ながら僕に媚を売る価値などほとんどないが、僕もまた夜の民の事を知りたいというのも事実だった。


「なら聞かせてもらおうか」


 僕の答えに臣下は恭しく礼をした。



 臣下に案内をされた場所は君の城の地下室だった。

 しかし、地下室と言っても壁も道もほとんど整備されていない。

 どちらかと言えばただの洞窟と言った方が正しいかもしれない。


「主様はカミラ様が十の歳を迎える頃からここへ入り浸るようになりました」

「僕と初めて会った時か」

「ええ。そうなります」


 歩きながら僕は洞窟を見回す。

 松明が辛うじて照らす洞内は時々不自然な傷がある。

 訝しんでいる僕に臣下は告げた。


「それらは皆、主様が夜の民となった時に力の程を試すために放った攻撃の痕です。主様はここで自らが全能の存在に近づいているのを楽しまれたのです」

「凄まじい力だな」

「はい。主様は私を含め信頼をしている者にしか自らが変化しつつあることを伝えませんでした」


 その信頼をしている者があっさりと裏切っていることに若干の哀れみを抱きながら僕は彼の後を追い、やがて洞窟の最奥へと辿り着いた。

 そこには十を超える数の死体が転がっており、それらは皆、枯草のように干からびていた。


「カミラ様と王の結婚式の前日に主様は彼らの血を吸い尽くしました」

「それは何故だ?」

「夜の民は血を吸うことで強くなります。そして人間の血よりも夜の民の血を吸う方がより力がつきやすいのです」

「夜の民の血? ならばここで死んでいる者達は皆、夜の民だったと?」


 僕は呆然とする。

 父と君の父以外にも夜の民は存在したのか。


「主様は元々は夜の民ではありませんでした。しかし、彼ら夜の民の甘言に乗せられて夜の民へと変わったのです」

「何故そんなことを?」

「圧倒的な力を持つ夜の民ですが日光を浴びれば死んでしまう。それはこの世界における大きな枷となります。つまり彼らは我が主に庇護を求め、その見返りとして我が主は自らを夜の民とさせたのです」


 僕は死した夜の民の体を見つめ、同時に君の父が辿った末路を思い出す。

 彼は政争に勝つために夜の民へとなった。

 そしてそれは僕の父もまた同じだ。

 ならば、父の下にもまた夜の民はいるのだろうか?

 それとも父もまた自分の下にいた夜の民は殺し尽くしたのだろうか。


「夜の民になるにはどうすればいい」


 僕は自分でも気づかないままに問いを世界に生み出していた。

 その問いかけに僕自身が驚いているのを他所に臣下は言った。


「夜の王の血を飲むのです」

「夜の王の血?」

「はい。そもそも夜の民とは夜の王の眷属に過ぎません」

「夜の王とはなんだ?」

「偉大なる夜とも称される古から生きる王です。全ての夜の民は王の血を飲む事で夜の民となったのです」

「なら夜の王はどこにいる?」

「それは分かりません。王は世界各地に自らの血を残し姿を消してしまったと言われています」


 そう言って臣下は部屋の中央に置かれていた盃を指差す。

 僕がそちらへ行き盃を覗いたが、そこにはもう一滴の液体さえなかった。


「ここにはもう血がないのか」

「はい。全て主様が飲み干してしまいましたから」


 空になった盃を見つめている僕に臣下が言う。


「夜の民が不死である最大の理由は夜の王の再臨を望む故だと言われています。彼らは待ち続けているのです。夜の王が再び世界に現れて全てを支配する日を」


 僕は踵を返す。

 ここで得るものはもう何もないと理解したからだ。

 僕はそのまま一ヵ月ほどを君の領地で過ごしたが遂に君を見つけることはなく王城へ戻ることになった。

 そして、その臣下は僕の父に呼ばれ謁見をした翌日に姿を消した。

 真実を知る上にあっさりと主君を裏切る者など父にとっては厄介な存在でしかなかったからだろう。


 

 そして王城へ戻ってから半年後。

 僕は君と再会する。

 

 その再会を僕自身がどう思っていたのか。

 僕自身にも分からなかった。

お読みいただきありがとうございました。

今回で第三章は終わりとなります。

次回より四章が始まり二人の運命は遂に交錯いたします。

しかし、その交錯は果たして幸福に繋がるものなのか。

引き続きお付き合いいただけましたら幸いです。


もし少しでも「面白いな」と感じていただけましたら、リアクションや評価などいただけますと励みになります。

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