陽の下
世界は遥かの後の時代に比べれば当時はあまりにも単純に出来ていた。
強い者が弱い者を支配する。
どれだけの強引さや性急さがあろうとも圧倒的な力を見せつけられれば従うしかない。
僕と君の父はそう理解している故に行動を起こした。
そして勝利したのは僕の父だった。
「偉大なる陛下は最も忌むべき男により命を奪われた」
全てが終わった後に父はそう喧伝した。
王家を含めて多くの家の有力者が死んだあの夜。
この王国の歴史は間違いなく滅びの第一歩を踏み出した。
「陛下の意志を継ぎ、私はこの国を豊かにしよう」
王位簒奪。
誰もがその事実を知っていた。
人々は理解したままに従う他なかった。
力無きために。
あの夜から十日後。
僕は王城の外郭に立って集まった者達を見つめていた。
平時ではありえないほどに解放された王城では地位の高い者だけではなく民たちまでもが集まっている。
人間でさえ陽光に軽い痛みを感じてしまうほどに暑い日だった。
夜の民と化した父は王城の部屋から僕を眺めているに違いない。
何せ、父にとってもこの見世物は興味深いものであったはずだから。
僕の隣には白布が被せられた十字架がある。
磔となっているのは君の父の遺体だ。
あの日、愚かにも反乱を起こした唾棄すべき専横者。
本来は二人居たにも関わらず、その批難を一身に背負うことになった者。
つまりは明確なる敗者。
僕は集まった者達に大声で演説する。
この男が如何に愚かであったかを。
この男により何人の死者が出たかを。
そしてこの男を討った父の偉大さを。
全て事前に父から提示された言葉を一字一句そのままに告げる。
舞台は変われど僕は役目を果たすしかない。
集まった者の中から予め仕込みをしていた者が僕を称賛した。
それに伴い集まった者達の中で俄かに僕の家を称える事が湧き出したが、それを兵士達が大声を張り上げて止める。
何とも滑稽な自作自演の劇だろう。
そして僕はその中の主役の一人なのだ。
逃げ出したいほどに吐き気が沸く中で僕は淡々と舞台で台詞を読み上げる。
今や、相方であった君の姿はなく、たった独りで。
「この男は実に忌むべき事に恐ろしき古の魔の方へ手を染めた。二度と太陽の下で生きることが出来ない『夜の民』と呼ばれる存在になったのだ」
呼吸を止めて僕は周りを見回す。
仕込んでいた者達がひそひそ声で君の父と君の家を侮辱する。
会話が伝染し少しずつ広まっていく。
そして広まり切った会話を兵士が打ち切る。
「静粛に!」
「ローレン様が語っているだろう!」
「私語を慎め!」
「摘まみ出すぞ!」
再び静かになり、僕は語りだす。
全てをこの男に押し付けて。
「我が父は勇敢にも戦い物語に現れるような英雄のように遂にはこの男を討ちとった。だが、この男は卑劣にも最期の抵抗として父におぞましき魔の力を向けた。それにより父の身体は変質し父もまた『夜の民』へと変わってしまったのだ」
怒声が沸く。
君の父に対する侮蔑の声は今度は兵士の声があっても中々止まることはなかった。
業を煮やした兵士の一人が見せしめとばかりに、その中の一人を連れ去ったことでようやく場は静かになる。
無論、これさえも事前の打ち合わせ通りだ。
「父は今や太陽の下には出られない。しかし、それでもこの国を守り続けると誓った。どうか、皆には父のために尽くしてもらいたい」
人々の同意と歓声。
きっと王城に居る父はほくそ笑んで見つめている事だろう。
夜の民と化した原因さえも君の父に押し付けることが出来たのだ。
多くの者は僕の語る父の顛末など信じていないが誰もそれを指摘したりはしない。
今や僕の家に勝てる力を持つ者など居ないから。
冷めた目で事の成り行きを見守っていた僕はようやく最後の台詞を口にする。
「ではこれで最後だ。この愚か者に罰を与える」
宣言と共に僕は白布を取る。
伝承の通りならば夜の民と化した君の父は陽の光を受けて消滅するはず。
仮に消滅せずとも僕の背後には何人もの魔法使いが控えており、いざとなれば彼らの魔力で滅する手はずだった。
白日の下に晒された君の父の顔が静かに砂に変わっていく。
まるで溶けていく氷を一瞬の内に見つめているように。
僕は思わず息を飲んだ。
集まった者達の中には悲鳴をあげる者さえも居たが兵士達の誰もがそれを止めなかった。
当然だ。
この世のものとは思えない物を目にしているのだから。
消えゆく君の父から僕は思わず目を逸らす。
残酷であるからではない。
父もまたこのおぞましき存在と同質であると直視したくなかったからだ。
そして目を背けた先。
集まった聴衆の中に。
「あっ」
僕は思わず息を漏らす。
白いローブに身を包んだ君が居たのだ。
頭からすっぽりとフードを被っていたのに僕はそれが君だと分かってしまった。
重なった視線。
君は無言で目礼をして踵を返す。
まるで幻を見ていたかのように一瞬で君は見えなくなった。
君を追いかけることも、名前を呼ぶことさえも出来ず僕は立ち尽くすばかりだった。




