出会い
父と別れた僕はそのまま自室に引きこもった。
普段ならば煩わしいとさえ思える護衛の騎士は僕の隣には居ない。
本来の主である父の下にはせ参じているからだ。
独りきりでいると盛大に響く結婚式の音楽や歓声、そして拍手の音が僕を嘲っているようにさえ思えた。
僕は考える。
自分が今、何をするべきなのかと。
今宵、行動を起こすであろう父の役に立つために。
浮かぶ、君の顔。
殺し合う運命。
自分がなさなければいけない事。
いや、違う。
僕自身がなしたい事。
僕は頭を振ってまとまらない思考を追い払った。
滑稽で仕方ない。
あんなにも殺す機会があったのに情勢の変化を言い訳にして手を出さなかったのに、今になって今度は運命を言い訳にして君を僕の手で必死に殺そうとしている。
おまけに『本当にしたいこと』から目を背けて。
「ちくしょう」
苛立ちながら僕は頭を抱える。
外からの絶え間なく響く騒音は僕の脳を痛めつけるように延々と続いた。
夜になった。
式は一つ目の終わりを迎えたが、未だに城内には多くの笑い声や足音が響く。
城の人間達は貴賤問わずに上質な酒に料理そして騒げる口実を傍受していた。
このような時に反乱が起こればどうなるかなんて考えるまでもない。
もちろん、それに備えて幾人もの兵士達が控えているが彼らが想定しているのはあくまで『人間』だ。
得体のしれない夜の民などではない。
僕は自室を出て城内を歩く。
父から何かを命じられていたわけではなかったが自らの役目というものがある。
不老の力を手にした父にとり僕という後継者は最早不要であるだろうと予測は出来た。
自らが支配を出来るならばそれに越したことはないのだから。
だが、それでも僕は有用な手駒の一つとしての価値くらいはあるはずだ。
そう思わなければ狂ってしまいそうだ。
城内を巡りどこの守りが強く、どこの守りが薄いかを確認する。
同時に君の家を含め『殺さなければならない人間』達がどこに居るのかも。
武力によって行動を起こすのであれば反撃の芽は必ず潰さなければならない。
そのために父はこの日を選んだのだ。
君と王の結婚式には数多くの名家が集まる。
ここで多くの有力者を殺せてしまえば後に続くであろう戦争において兵士と物資の消耗を抑えられるから。
馬鹿らしい。
僕はそう思わずにいられなかった。
今回の反乱にはおそらく幾つかの家が共犯となっているはず。
城に訪れた父とその配下だけでは同じ配下を率いてやってきた有力者を殺しきるのはあまりにも非現実だからだ。
それなのに僕には情報は一切渡されていない。
まるで僕の存在など不要……僕など居ても居なくても変わらないと言わんばかりに。
城の冷たい石畳を照らす明かりを、数え切れないほどの人々の笑い声や足音が響く世界を見て思う。
彼らは何も知らずに楽しみ生きている。
直に地獄へと変わるこの世界で笑い、はしゃいでいる。
僕が後の展開を知っている理由は父の息子という一点のみだ。
そして父の一世一代の舞台において僕には大きな役割を与えられていない。
自分が何故ここに居るのか分からなくなる。
僕はため息さえつけないまま中庭の片隅へと歩く。
君と踊った場所。
料理も音楽もないこの場所はあの日と同じく誰もいない。
そう。
君さえも。
僕はぼんやりしたまま空を見上げる。
皮肉なことにこの中庭の遥か上には王の部屋がある。
歴代の王の誰かが花を愛でるのが好きだったと聞いたことがあるが、きっとあの部屋からならば中庭の様子が一望出来たことだろう。
だが、今の王は花よりも女の方がずっと好みだ。
きっと外の景色などに興味はない。
そんな事を考えていた折に。
「は?」
僕は思わず息を漏らしていた。
遥か上空。
王の部屋から人が飛び降りてきたのだ。
この高さから飛び降りれば助かるはずもない。
誰かが助けなければ。
考えるよりもずっと早く僕の身体は動き、飛び降りてきた人物を受け止める。
いや。
受け止め切ることが出来ず、僕はそのまま飛び降りた人物と共に地面に転倒した。
両腕に嫌な衝撃が走る。
少し遅れて痛みが走り叫びそうになる。
だが、どうにかそれを僕は押さえつけた。
僕の胸の中に居る人物が君だったから。
「えっ?」
ほとんど裸と言えるような白い薄布を身に纏った君は間抜けをそのまま形にしたような開いた口のまま呟いた。
「ローレン?」
「カミラ?」
互いに名を呼んで混乱する。
状況が一つも理解出来ない。
何故、君がここに居る?
いや、何故君は飛び降りてきたんだ?
「って、あんた! 腕が変な方向に曲がってるじゃない!」
「誰のせいだと……」
君は慌てた様子で僕の体から離れ、それと同時に君の身体に魔力が走る。
城内の明かりよりずっと温かな光が僕の身体を包み、痛みが徐々に快楽になっていく中で君は驚くほど残酷にあらぬ方向に曲がった僕の腕を強引に引っ張って治した。
「痛っ……」
「我慢して。男でしょ」
混乱する中で僕の体が完治する。
君はほっと一息つくと僕と重なった視線にようやく気づいたかのように言った。
「それで。種馬が何でこんなところにいるの?」
慌てて被った仮面の滑稽さに僕は笑った。
真っ赤に染まった赤い顔と微かに漂う酒の香り。
どうやら君は随分と酒を飲んでいるらしい。
「それはこちらの台詞だ女王陛下。足でも滑らせたか?」
「女王陛下、ね。それ私が嫌がるって分かってて言っているでしょ?」
「質問に答えられないのか?」
「答える必要ある? この状況で、この場面で、そしてこの高さで」
君は月明りで染まり青白く光っている身体についた葉を叩き落とし、少し迷った後に乱れていた髪の毛を手櫛で整える。
紅潮した頬はまるで恥ずかしさを隠しているようにも思えたが、きっと気のせいなのだろうと僕は思った。
「あぁ……」
君は自分が落ちてきた中庭を見回して呟いた。
「死のうとしたのに生きている。本当にこの場所って最悪」
君の呟きは夜の闇の中にぽつりと落ちたのを僕は見つめるばかりだった。




