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僕の生まれない世界線

作者: 鴇重荒野

 僕は生まれたことを激しく悔やんでいる。両親と受験生の姉一人で郊外の一軒家に住んでいる。学校の成績は中の下。顔もスタイルも地味で際立った特技はない。友人は少なく彼女もいない。人間関係で目立ったトラブルが起きたことはない。いたって冴えない十四才をやっているが、それなりに楽しいことも無くはないし、死にたくなるような陰惨な環境で暮らしていることもない。事実、僕は死にたいのではなく、生まれたくなかったのだ。


 この二つには大きな違いがある。仮に今僕が死んだら、健康体の若者が平均寿命より約七十年も短い生涯を閉じるわけで、老衰や生活習慣病などの言ってしまえば不謹慎だがあまり悲劇的でない要因で死ぬことはほぼ無理だ。だからきっと『眠ってるように静かになくなったね、大往生だ』とは言ってもらいない。そんな僕に残された手段は事故、事件、そして若年層の死因ダントツ一位の自殺だ。つまりその悲惨な死にザマを家族や数少ない友人に見られなくてはならない。(海に流れ着いて海洋生物の養分になったり、殺人狂の家の俄仕立ての地下牢で永久に朽ち果てていたりしなければの話だが)


 すごく平たく言うと身近な人に苦しまないでほしいからだ。年齢的に厨二病真っ只中の僕が言うには苦痛に近いほどの大きな恥辱が伴うが、僕は、僕の身近な人達をとても愛している。だから僕が死んで悲しい思いをさせたくない。誰にも迷惑をかけずに僕の生を消したい。少なくとも、彼らは僕が死んだ時に『いい気味だ。この矮小野郎が』などと屍鞭打つような人間ではないと信じている。


 対して、十四年前の僕が「生きない」という選択肢を選べば僕は生きる苦悩を背負わずに済んだはずだ。しかも誰もそれを悲しまず、僕を憐れんだりしない。


 これを読んでいるあなた。生まれてきたことを無かったことにするなど無理だと思っただろう。ところが、僕にだけは可能だった。今から僕は生まれなかったことになる。


   





 


(この世に生を受けたこと、無かったことにしませんか?)

 部屋で勉強していたら突然、頭の中に直接高い声が聞こえてきた。驚いて窓の外を見ても何もいない。

「誰だ!」

(私はヒトではありません。時空を管理する者の一員です)

 顔を上げると不気味なほど顔立ちが整った女性がいた。ただし瞳はヤギの目のように横に長く、身長は百八十センチはあろう巨体だった。

「ヒッ……」


 横長の目には僕が映っているのかわからなかったが、この世のものではないことだけが本能的に感じ取れた。

(〇〇様の出生を無かったことにできます)

「誰なんだ。何言ってんだ、アンタ」

(私に名前はありません。姿もありません。貴方が第✕✕✕宇宙のホモ・サピエンスなのでこの姿で現れました)

 ✕✕✕のところは聞き取れなかった。きっと独自の言語かなにかだと思う。


(どんな姿にも、なれるのです)

 そう言うと、僕の目の前でソレは鳥に、花に、岩石に、ゲル状の物に、名状しがたい物に姿を変えて見せた。僕の前に立つ正体不明のもののことは便宜上『ソレ』と呼ぶ。

(わかっていただけましたか?)

「わかんねえよ!アンタが意味不明の、生物かも怪しいモンだってことしか」

(生物でも鉱物でもありませんが、だいたい正解です)

 ソレへの恐怖は全く拭えなかったが、言っていることはとても気になった。

「それより僕の出生を無かったことにできるってどういう意味なんだよ?」

(貴方が生まれなければ、貴方のいる世界線の時空は存在しなくなります。貴方がそれを望み、____が受理したからです。____は時空を消すことができますし、この時空を消したいとお思いになっています。なぜなら、貴方のいる宇宙は近いうち…と言ってもホモ・サピエンスには認識できないほど長い時間が経ってからですが…滅びます。我々は宇宙がより多く存続する時空を求めています。なので逆に存続しない時空は必要ありません。だから消します。ただ、時空を消すにはその時空に生きるもののうち一つに許可を得なければいけません。生物でも鉱物でも一つの個体が承諾さえすれば、時空の消去は____によって遂行されます)

「そんなわけわかんない奴がなんで僕のところに来るんだ…時空消すとかいきなりスケールデカすぎて頭とっ散らかってるんだけど」

(それは貴方が出生を無かったことにしたがっているからです。私は貴方の意思を感じ取りここへ来ました)

「じゃあ考えてること全部お見通しってわけか」

(私は全てのことを知っています)


 パラレルワールドの存在は肯定派なので、突っ込みどころはあるにしても割と理解はできた。少し考えてから答えた。

「ふーん。まあいっか。いいよ、消しちゃって」

 恐怖よりも何よりもソレの提案は願ったり叶ったりだった。

(ありがとうございます。では少し手伝っていただきます)

 ソレが言い終わるや否や僕は白い光に包まれた。


 気づけば僕はあたたかい水の中にいた。

(貴方がいるのは、貴方が生まれる時空と生まれる前の時空が分かれる直前の過去です。このまま何もしなければ自動的に貴方はいなかったことになります。そのあとは____が時空の消去を行います)

 頭の中には相変わらずソレの声が響く。

(別の世界線では、親や姉ちゃんは生きてるの?)

(はい。貴方が生まれる前のことは既に決定されています)

(そっか。そんならいいや。ありがとう)


 遠くのほうに見たこともない大きな天体のような半透明の球体があった。直感的に卵子だとわかった。同胞たちが我先にと同じ方向に向かっていく。


(これで終わりかな)


(はい。たった今新しい世界線ができました。貴方は存在しません)



 

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