2-2.歴史の誤差
松田は、坂本龍馬の命を救ったことで生じた“誤差”が、どれほどの影響を及ぼすのかを日々考えながら、幕末の世界に順応していた。時間が経つにつれて、松田はこの時代での生活に少しずつ慣れ始めたが、歴史の変化が静かに進行していることに気づき始めていた。
龍馬を救った夜から数日が経過し、松田は龍馬や陸奥と共に新たな計画を練る日々を送っていた。だが、その間に何かが変わっている。歴史上に記録されていない出来事や、存在しなかったはずの人物が影響力を持ち始めている。松田は、自分が歴史に与えた影響を感じ取りながらも、その変化を止めることができないでいた。
ある日、龍馬との会話中、松田はそのことを思い切って口に出してみた。
「龍馬さん、少し気になることがあるんです。」
松田は静かに言葉を切り出した。龍馬は酒を一口飲み、少しだけ眉をひそめながら松田を見つめた。
「何や?何か妙なことでもあったんか?」
松田は考え込むようにして、話を続けた。
「歴史が……少しずつ変わり始めているんです。私があなたを救ったことで、これから先の出来事が少しずつずれていく。未来にあったはずの出来事が、消えたり、変わったりしているような感覚がするんです。」
龍馬はその言葉を聞いて、しばらく沈黙した。彼は松田が未来から来たことについて完全には信じていないが、松田の言葉に嘘がないことは感じ取っていた。
「具体的には、どう変わったちゅうんや?」
龍馬は真剣な表情で尋ねた。松田は迷いながらも、最近感じた違和感について話し始めた。
「例えば、会うはずのなかった人物がこの町に現れているとか、関わるはずのない人々が重要な位置につき始めているとか……。龍馬さんに関連するはずの出来事が、すでにいくつか消えてしまっているんです。」
松田の言葉は曖昧だったが、それは彼が未来の出来事を具体的に語ることが歴史にさらなる影響を与えることを恐れていたためだった。だが、その変化は確実に進んでいることを感じていた。
「ふむ……」
龍馬は顎に手を当てて考え込んだ。
「せやけど、松田くん。歴史がどう変わろうと、わしらが今ここでやるべきことは変わらんのやないか?」
龍馬は柔らかく微笑みながら、松田を見つめた。
「わしは、今できることをやるしかないと思っとる。未来がどうなるかなんて、誰にもわからん。せやから、わしらが今やるべきことを見失わんようにすることが大事やと思うんや。」
その言葉に、松田は少し驚いた。龍馬の言う通り、未来を憂いて行動を止めるのではなく、今できることを全力で行う――それこそが龍馬の生き方だったのだ。
「そうですね……。確かに、今はできることをするしかないのかもしれません。」
松田は少し肩の力を抜き、龍馬の言葉に頷いた。未来を変えることは避けられないが、それでも自分にできることはあるのだ。
「そりゃそうや。松田くん、あんたも考えすぎんようにせなあかん。せっかく未来から来たんやから、この時代をもっと楽しんでみたらええ。」
龍馬は笑顔で松田の肩を叩いた。その言葉に、松田は少し救われた気がした。
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その日の夜、松田はひとり、京都の街を歩いていた。彼の心にはまだ不安が残っていた。坂本龍馬を救ったことが、これからの日本にどのような影響を与えるのか。それを見届けるまで、彼は未来に戻ることはできない。
「歴史を変える……それは一つの出来事だけではなく、連鎖して広がっていくんだ。」
松田は独り言のように呟きながら、幕末の空気を吸い込んだ。自分が歴史の中に溶け込み、そこに生きているという感覚が、徐々にリアルになっていく。
その時、不意に一人の男が松田の前に現れた。和服姿の男は、怪しい気配を纏いながら、松田に近づいてきた。松田はすぐに警戒心を抱き、距離を取ったが、男はゆっくりと歩み寄ってくる。
「……お前、何者だ?」
低い声で、男が松田に問いかけた。その目には疑念と敵意が宿っている。
松田は動揺しながらも冷静を装った。
「何を言っているんですか?ただの通りすがりの者ですが……」
だが、男はそれを信じる様子もなく、鋭い眼差しを向けた。
「お前の噂はすでに聞いている。この時代の者ではないという話もな……。坂本龍馬の命を救ったと聞いているが、それで済むと思うなよ。」
男の言葉に、松田は背筋が凍るのを感じた。どうやら、幕府側の勢力が彼の存在に気づき始めているようだ。龍馬を救ったことで、松田はこの時代の敵対勢力に目を付けられた。
「……誰なんですか?」
松田は表面上は冷静を装っていたが、内心は焦り始めていた。男はその問いに笑みを浮かべながら、刀の柄に手を置いた。
「俺の名など知る必要はない。お前がこの時代に居座るなら、いずれ殺されるだけだ。」
その言葉を残し、男は闇の中に消えていった。
松田はその場に立ち尽くし、息を整えることができなかった。自分の存在がすでにこの時代の「誤差」として認識され、命を狙われる状況にまで追い込まれている――。
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