1-3.龍馬を救うために
松田は、日々の訓練を経て、タイムトラベルに必要な知識と技術を学んでいた。時間逆行の理論は想像以上に複雑で、彼の頭はしばしばオーバーヒートしそうになる。だが、坂本龍馬を救うという使命感が彼を支えていた。
教授の協力のもと、松田は装置の操作手順や、過去で生き延びるための最低限のサバイバルスキルを教え込まれていた。特に、幕末の京都での生活様式や、当時の言葉遣い、社会のルールについても徹底的に学んでいた。現代人として違和感なくその時代に溶け込むためには、非常に重要な知識だ。
ある日、訓練を終えて教授の研究室に戻った松田は、教授が机に広げていた古びた地図を見つけた。京都の古地図だ。細かく描かれた通りや寺社、そして「近江屋」の位置が赤い印で示されている。
「これが、坂本龍馬が暗殺される場所だ」
教授は地図を指差しながら、淡々と説明を始めた。「君が行くのは、この建物の二階だ。龍馬と彼の友人、陸奥陽之助がその場にいる。襲撃者が来るまで、わずか数分の間で君は行動を起こさなければならない。」
松田はその言葉に深く頷いたが、心の中には不安が膨らんでいた。歴史の資料では、坂本龍馬の暗殺は急襲であり、数人の刺客が一斉に彼を襲ったとされている。果たして、自分一人でそれを阻止できるのだろうか?
「武器は使えますか?」
松田はついに、そのことを聞いた。教授はわずかに笑みを浮かべながら、机の引き出しから短刀を取り出した。
「もちろんだ。これは当時のものに忠実に作られた短刀だ。だが、できれば使わない方がいい。できるだけ目立たず、そして相手を傷つけずに事態を回避するのが望ましい。歴史を変えるのは、あくまで最小限にとどめるべきだからな。」
松田は短刀を手に取り、重さを確かめた。鋭い刃が光を反射している。それを使わざるを得ない状況が来るかもしれないという現実が、徐々に彼を圧迫していた。
「わかりました。できるだけ……武力には頼らないようにします。」
松田は決意を固め、短刀を丁寧にしまった。教授は彼の背中を見つめ、次の指示を出した。
「明日がその日だ。タイムトラベルは午後8時に開始する。君が到着するのは1867年11月15日の午後7時。襲撃が起こるのはその約1時間後だ。十分な時間を取って、状況を把握し、龍馬を救うための準備をすることができる。」
松田の心臓は鼓動を強めた。いよいよ歴史の分水嶺となる瞬間が近づいている。過去に干渉し、未来を変えるという壮大な使命を背負いながらも、その重みがますます現実味を帯びてきていた。
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翌日、松田は完全に準備を整え、装置の前に立っていた。研究所の地下に設置された巨大なタイムトラベル装置は、まるで異世界への扉のように不気味な輝きを放っている。教授と数名の科学者が慎重に装置を操作し、最終確認を行っていた。
「松田くん、準備はいいか?」
教授が問いかける。松田は深く息を吸い込み、頷いた。
「行きます。」
その一言と共に、彼は装置に足を踏み入れた。
高い音と共に、装置が起動した。空間が揺れるような感覚に襲われ、松田は思わず目を閉じた。光と闇が交錯し、体が異次元に引き裂かれるような感覚が全身を包み込む。次の瞬間、松田は完全な静寂の中に投げ出された。
彼が目を開けると、そこには、別世界が広がっていた。
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松田が立っているのは、1867年の京都、夜の街だった。湿った空気と土の匂いが鼻をつく。近くには石畳の通りが続き、古びた木造の建物が立ち並んでいる。街の灯りはぼんやりと暗く、現代の明るさとは全く異なる。
「これが……幕末の京都か……」
松田は自分の身に起きた信じがたい出来事を噛みしめながら、周囲を見渡した。目標は一つ。坂本龍馬を救うこと。
時間は午後7時を過ぎたところだ。彼がいるのは、襲撃が起きる予定の「近江屋」のすぐ近く。龍馬がいる建物の明かりが微かに見える。松田は息を整え、慎重にその場所へ向かった。
建物に到着し、松田は静かに入口を確認する。周囲には誰もいない。刺客たちが動き出すにはまだ早い。彼はゆっくりと歩を進め、近江屋の階段を上り、二階の部屋へと向かった。
扉を開けると、そこには坂本龍馬がいた。
龍馬はすでにくつろいでいた様子で、友人の陸奥陽之助と談笑している。彼は松田に気づくと、少し不思議そうに微笑んだ。
「おう、お客さんか?」
龍馬の声が柔らかく響く。彼は疑いを持たず、松田を迎え入れた。松田は一瞬、声が出なかった。目の前にいるのは、まさに彼が研究してきた歴史上の偉人、坂本龍馬だった。
だが、この穏やかな時間は、すぐに終わりを迎えることになる。
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