花宮カナ、同乗する
お疲れ様でございます
また蚊に刺されました
普通、血とか何か貰ったんなら、お礼をするものですよね?
ちょっと暖かい気持ちになるだとか、ちょっと楽しくなるだとか、血を吸ったお返しがそんなのだったら、私は全然構いません
ええ、吸わせてあげましょう
でも吸ったお礼が痒みって何なんですか?
なんで奪ったうえで、嫌がらせしていくの?
あと病気とか
私が蚊を見つけると、殺意を抱く理由がそれです
話が長くなってしまいました
それでは本日のぼくコレ、どうぞ
カナに続いて、泰恒もバスへと乗り込む
別に中が見える訳でもないのに、カナがスカートの後ろを手で押さえている
なんで押さえてるの?ひょっとして、疼いちゃってるの?
まさかの第二撃に、泰恒は心の咆哮を必死で押え続けた
傍目から見れば泰恒は涼しげであり、冷静そのものである
だがその内心は、とんでもない事になっている
苦行とは、きっとこの事を指すのであろう
紳士として振る舞うべく、泰恒は敢えて目を背けた
本当は、見たい
カナのお気に入りは、前方の席だ
ここならバスが混んでいても、すぐに降りられる
最前列から2番目の席が、運良く空いていた
そこにカナが腰掛ける
他にも空いている席があるが、泰恒はカナの隣に立つ
「…あの、そこの席空いてるんですけど」
カナが指差すが、泰恒は見ようとしない
「カナちゃんの隣がいい。そっちに座ってたら、話せないでしょ?」
また、下の名前で呼ぶ―――
ちょっと、馴れ馴れしいんじゃない?
今日はホントに、この人のせいで恥ずかしい思いをしてばっかりだ
泰恒をポカポカと叩いてやりたくなったカナだが、男の人に手を上げる度胸など、カナには無い
ぷいっとそっぽを向いて、窓の外を見始めた
「カナちゃん、普段は家で何してるの?」
「…言いたくありません」
もう1回、ぷいっとそっぽを向き直して答えるカナ
別に、泰恒の事が嫌いな訳ではない
ただ、恥ずかしいだけなのだ
それを見透かしている泰恒は、ニヤニヤしている
次の言葉を考えたいのだが、可愛いなあと思いながらカナを眺めているせいで、イマイチ思考がまとまらない
カナちゃん、こっちを見て?―――
もっと君の事、知りたいんだ
言葉が途切れた泰恒―――
あれ、なんで話しかけて来なくなったんだろう?
ふと気になって、泰恒の表情を窺うカナ
バスの車窓から遠くを見ていた泰恒が、カナの動きに反応して目を合わせる
「…君の事、待つよ。いつか僕の事を好きになってくれるまで。大事にしたいんだ」
もう、早くバスを降りたい―――
なんでこの人、こうなのよ?
今日は一日中、この人のせいで恥ずかしい思いをしてばっかりだ
少々腹が立ってきたカナは、勇気を出して泰恒の事を睨みつけた
泰恒に動揺する気配は、一切無い
それどころか、優しげな目つきになって、微笑みかけてきた
ううう…
もうヤだ、この人
勝てる気がしない
本当は、両手で顔を塞いで足がバタバタしそうになるのを堪えている
同じバスに、乗るんじゃなかった
常盤四丁目―――
カナが降りるバス停に着いた途端、カナはスタスタと歩いてバスを降りてしまった
「バイバイくらいは言いたかったんだけどな…」
怒らせてしまったみたいだ
ポリポリと頭を搔きながら、歩き去るカナの後姿を目で追う泰恒
どうやら、中々手強いらしい―――
女の子を口説きたいなんて思ったのは、初めてだ
帰ったら色々勉強しないと
カナの意思とは裏腹に、泰恒はやる気を出し始めてしまっている
正直、お嫁さんにしてしまいたい―――
泰恒が、今まで抱いた事など無かった感情
それは、恋心である
可愛い子さんを口説いている時間って、幸せなものです
まあ私の場合、フラれちゃうでしょうけれど
いいんです
夢を見ていられる時間があれば、私は頑張れます
皆様はどうぞ、報われますように
ヘタこいたら、どうぞ私にご連絡下さい
一緒に飲みましょう
私も、そうなんです
それではおやすみなさい