決勝戦前のひととき
翌日の会場は、昨日よりも熱気が増していた。決勝戦という最も盛り上がる試合だからだろうか。それとも「勇者パーティー」対「元勇者パーティー」だからだろうか。いずれにしても観客数も圧倒的に増えており、ざわつきも歓声も、昨日とは比にならないほどの圧がそこにはあった。
空はからりと乾いた青が広がっており、太陽の光を遮る雲すらない晴天だった。
「凄い人だな。見なよ観客席がほぼ埋まってるぞ」
「大会の大トリっていうのもあるだろうねぇ。緊張してきた!」
イリヤたちは出場者専用の控室から会場を覗いていた。小窓から覗く観客席は、空いている席がないほどぎゅうぎゅうに詰まっているように見えた。それほどまでに自分たちの試合は話題性があるものなのか、と改めて考えると気を引き締めなければと思った。無様な試合を見せるわけにはいかないのだ。
「『勇者』って肩書だけで人を呼んでる気がするなぁ。私だってもし一般人なら『勇者が試合に出るって!』って言われたら見に行っちゃうもん」
「それほど勇者伝説は有名ってことだな」
「神話の時代から続く伝説だからな。我も里で聞いたことがあるぞ」
「へえ、桝花は聞いたことがあるの?じゃあ、何故勇者が現れるのかも、何を目指して女神の使令を遂行しているのかも知ってたりしない?」
「いや、そう言った話は伝わっていないな。どこで魔物を倒し街を救った、だとか、どんな恐ろしい魔物をどこに封印した、とか。そういった当たり障りない話ばかりだな。おそらくは人間の間にも伝わっている話と同じだろう」
「そっかあ。長命のエルフ族でさえ知らないんだねえ」
その言葉に桝花は不思議そうに首を傾ける。
「イリヤは?お主は勇者本人だろう。お主もそれらのことは把握していないのか?」
「そう。残念ながらね」
イリヤは肩を竦めて困ったように笑った。彼女は自ら望んで勇者になったわけではない。ただ、自身の運命に抗い、世界に対する強い恨みが女神に肯定されたのだ。イリヤ自身も何故自分が勇者として選ばれたのか理解していなかった。
「だから、この大会が終わったらバルビエ神殿に行こうと思ってるんだよね。最初、セトと旅に出たとき、セトの提案でそこを目指してたんだ」
「バルビエ神殿か。確かにあそこなら女神と最も近い場所。我らの知らない勇者のことを何か知っているかもしれぬな」
桝花は納得したように頷いた。エルフ族の里にも、バルビエ神殿が女神からの神託が降りる地と伝わっているからだ。そのため、エルフ族の中では「神に最も近い場所」として知られていた。
「ところでセトは昨日の夜、あれからどこに行ってたの?」
「なんだよ急に」
「だーって夜風に当たりたいなんて言うから。夜の町はどうだった?」
急に投げられた昨晩の話題に、セトは少し動揺した。何せイリヤのかつての仲間に呼び出され、しかもその呼び出した内容が「勇者イリヤの秘密を明日の試合でバラされたくなければ、今夜二十二時刻に十五番通りに1人で来い」だ。とてもじゃないが本人には言えない。言えばきっとこの心底優しい彼女は自分を責めてしまいそうな気がした。「イリヤの秘密」とやらが何かは結局のところ分からずじまいだったが、セトは紙に書かれていた指示には従ったし、なにより昨晩の不正(大会の規定には「選手同士の闘技場外での乱闘禁止」の項目がある)は、あの者たちにとって誰にもバラされたくないことだろう。不正が主催側にバレてしまえば出場取り消し、もしかすると決勝進出した実績すら取り消しにされるかもしれない。しかもその不正が会場の観客や他の冒険者たちに知れ渡ってしまうことはなんとしてでも避けたいはずだ。何より昨晩、少しの間の出来事ではあったが、彼女たちからは傲慢さが感じ取れた。その高すぎるプライドが傷つくのは目に見えてる。その弱みをセトが握っている以上、「イリヤの秘密」も彼女たちがバラすことはないだろう。結局「イリヤの秘密」が何なのかは分からなかったが、それはイリヤ本人に聞けば良いだけであり、あの者たちの口から出る言葉には一切の信用がない。
それに実際、セトは大きな被害を被ったわけじゃない。であれば、イリヤは何も知らないままでいいと判断した。
「静かで歩きやすかったよ。夜風も冷たくて気持ちよかったし。ただ、十五番通りは治安があまり良くなさそうだったから、女の子だけで近寄るのはやめた方がいい」
「そうなんだ。なんでそこだけ……?」
「周りに家がなくて静かだったからな。不届きものが集まりやすいんじゃないかな」
セトは昨晩、襲われたときのことを思い出した。周りに人気がなく、街灯すらない十五番通りで大会規定に反する不届者に待ち伏せされたのだ。セトの言っていることは嘘ではない。
「そうなんだ・今夜飲み歩いたら気を付けないとね」
「飲み歩く前提?」
「うん。セト介抱よろしく!」
その口ぶりは酔い潰れること前提なのか。桝花を見ると彼女もお酒が大層好きなようで、この場でセトの味方になるものはいないようだ。今晩の苦労が思いやられる。セトは小さくため息を吐いた。




