しがない盗賊の男
初めてイリヤの元パーティーメンバーに会ったときは腸が煮えくり返る思いだった。こんな最低な奴らがイリヤをパーティーから追放して、なんの落ち度のない彼女を泣かせたのかと思うと腹が立って仕方がなかった。
あの日、初めてイリヤと出会った日の夜。彼女は静かに泣いていた。酒に酔っていたという理由もあるのだろうが、「ひとりにしないで」と呟いていたのが脳裏に焼き付いて未だに離れない。勇者という肩書があろうと中身は普通の女の子なのだ、と。
イリヤはあの晩の出来事を覚えていない。
だからあの涙も、勇者とは思えないか弱い声も、彼女の寂しさを持った本心も、全部俺だけが知っている。
十五番通りは住宅街や繁華街から外れた人気のない町外れにあった。街灯もなく真っ暗闇に包まれたそこは例え何があっても誰にも気付かれないような、闇討ちにはうってつけの場所だ。
セトは紙切れの指示通りの時刻にそこに着くと、ひとりの女が立っていた。確かその女はイリヤのかつての仲間のうちの1人で、確か武闘家だと記憶している。
「本当に1人で来たのね」
「そういうあんたこそ1人なんだ?」
この十五番通りには他の誰の気配もない。真っ暗で街灯ひとつないこの通りは、僅かな月明かりで互いの姿を目視するのが精一杯だった。
見た限りこの場には武闘家の彼女ひとりだった。魔法で紙切れを転送するくらいなのだから、魔導士の仲間もいると思ったのだが。
「本当、馬鹿で間抜けな男だわ。ルイス様もここまであの女を警戒しなくて良かったんじゃないかしら」
「……?それはどういう」
どういうことだ。そう、セトが言い終わらないうちに繰り出されるリンジーの強烈な蹴り。不意打ちで繰り出されたそれを、セトはギリギリのところで躱した。
「チッ……勘がいいのね。でもこれで終わりじゃないのよ!」
再び繰り出される脚技をひらりと避ける。しかしリンジーは追撃を止めず、細い路地へとセトを追い込んだ。後退しながら攻撃を躱していく。しかし、とうとう袋小路に追い詰められてしまい、狭い路地の先に行き止まりが見えるとセトは顔を歪めて足元が何かに捕まった感覚がして立ち止まった。
セトの足元にはいつのまにか魔法陣が形成され、彼を中心に広がっていた。その魔法陣はセトの両足から自由を奪いその場に束縛させる効果のあるものだった。これを踏めば自動的に発動できるようにあらかじめ仕掛けていた罠だ。両足を縛られついに逃げる術を無くしたセトにリンジーは強烈な大技をお見舞いする。
「はあああ!」
その攻撃はセトの頸椎を捉えていた。当たれば軽症では済まない。不意打ち?卑怯?そんなものは関係ない。セトをひとり誘い出し、袋小路に追い詰めたのも全ては敬愛するルイスのため。ルイスのために生き、ルイスの望むことなら何だってする。彼のためなら私たちは手段を選ばない!
この袋小路には他の3人が待機している。魔導士カミラ、僧侶アラーナ、弓使いジョアンナがこの袋小路に間抜けにも現れるであろうセトをそれぞれ最も襲撃しやすい配置についていた。あくまでリンジーの役割は通りからこの袋小路への誘導。怪しまれないよう、自然にこの場所へ追い詰め呪縛魔法の陣を踏ませる。もちろん最初の攻撃で終わればそれで彼女たちにとっては何の問題もないが、それでも彼女たちの手の内は多い方が良いと、何重にも張り巡らせた罠だ。
―――かかった!
4人誰もがそう思った。しかし。
リンジーの渾身のひと蹴りは、いとも容易く彼の左腕によって受け止められた。ぽいっとまるで羽虫を払うかのように、簡単に投げ飛ばされ、気が付いたら地面に転がされていた。
「……っリンジー避けて!矢の雨!」
「これで終わりよ!炎の玉!」
すかさずジョアンナとカミラが攻撃を放つ。彼の頭上には矢が降り注ぎ、足元にはアラーナの呪縛魔法。そして背後からは炎の玉が迫っている。絶対に逃げられない。避ける事も防ぐこともできない。彼にできることは何も無い。たまたまリンジーの攻撃を防げたからと言って、今の状況で彼には勝ち目が無い。
―――これであの男は明日の決勝戦には出られない。いくらイリヤが勇者とはいえ、エルフの小娘と2人じゃ私たち5人には勝てるわけがない!
カミラは勝利を確信し口角を緩ませる。敬愛するルイスのためにやり遂げた。そう、確信したのだ。
……確信したのに。ちらりと彼がこちらを振り返り視線が交わった気がした。そして考える間もなく。
「ぅあっ!?」
放ったはずの炎の玉が自分に返って来た。しかもセトを確実に戦闘不能に追い込むために威力の高い魔法を使ったのだ。しかしその魔法が、威力そのままで跳ね返された。防御する間もなく無防備に受けた炎の玉はカミラを直撃し、途端に呼吸を苦しめる。カミラはそのまま冷たい地面に横たわった。
―――なんで?どうして!?
混乱する頭でセトに視線だけを向けた。彼は息ひとつ乱さずそこに佇んだままだった。降り注いだ矢も彼を避けるように地面に落ちていて、彼に刺さった矢は1本も無い。セトの手には短剣が握られており、それで全て弾いたのだと悟った。
「馬鹿だね。本気で俺が騙されてると思った?」
セトは足元に銃口を向けて弾丸を放った。放たれた弾丸は呪縛魔法陣を破壊し足の自由を取り戻す。
「悪いけど、この程度で俺をどうにかできるなんて思わない方がいい」
不意を突いて、袋小路に追い込んで、動けないように呪縛魔法まで使った。しかしかすり傷ひとつ付けられなかった事実を、彼女たちにはどうしても受け入れることができなかった。
セトは地面に横たわるカミラを一瞥して元来た道を戻って行く。「イリヤの秘密」とやらを明日の試合で公表すれば、こちらは奇襲されたことを公表するだけ。要するにルイスパーティーの不正を観客や出場者、更には主催者にまで知られることになる。そうなれば彼らの優勝はなくなるし、何より皆からの信用の失墜に繋がる。見た感じプライドだけは高そうな男だった。それは優勝を逃すより屈辱的だろう。こちらが何も対策をしなくても、イリヤの秘密を言い広められることはない。
彼女たちは遠ざかるセトの背中をただ呆然と見送ることしかできなかった。彼は本当に武闘大会に出場していたあの盗賊と同一人物なのかと疑ってしまうほど、まるで別人のような強さだった。
「なによあいつ……あんなの……」
カミラは震える声を抑えることができなかった。他人の魔法をそっくりそのまま跳ね返すなど、今まで聞いたことが無かった。もしそれができるのであれば、相当高度な技術だろう。彼女は自分が優秀な魔導士であると自負している。それは誰の目から見ても事実だ。実際、彼女は冒険者のランクは上級以上に達している。カミラの頭に嫌な、それも否定したくなるような予感がよぎった。
あの男は———セトはただの盗賊では、ない。




