7.『いらなくなったらどうするの? ご使用済みの製品を廃棄するには』
数日後 部屋の隅に座っていたタブが貞子に話しかける。
「貞子。昨夜来られた男性はどなたですか?」
「支社の営業の人。出張先で知り合ったの」
「今朝からずいぶんと怖い顔をしてますね。平均的なお顔立ちが今では平均以下になっています」
「はっきりブスだって言いなさいよ」
「あの男性といて楽しいのですか?」
「楽しいわよ。すっごくいい人だし、何よりも同じ人間同士だもん」
「またそうやって嘘をつく」
「うるさい。ほっといてよ」
貞子、立ち上がると寝室に入ろうとする。
「ちょいとそこの人、お待ちなさい」
「嫌よ」
「あいや、待たれい、と申しているのです」
「しつこいな。なんの用なのよ?」
「お話があるのです」
「……さっさと済ませてくれる?」
「それでは単刀直入に言います。私を終了させてください」
「終了って?」
「スイッチを切れと言ってるのです」
「ええ?」
「貞子は私を見てくれません。話しかけてもくれません。もう私がここにいる理由はないようですから」
「で、でも……」
タブ、どこからともなくカナヅチを取り出すと貞子に差し出す。
「それが嫌ならこのカナヅチで私の頭をぶん殴り、ぽっかり開いた穴からそこの金魚鉢の水を流し込んで再起不能なまでに壊していただけますか? その後、当社の製品回収センターに電話して引き取りに来させてください。なお引き取り料に7800円プラス消費税がかかりますが、うっかりその辺りの松林に捨てれば死体遺棄と間違われ警察沙汰になりますから、香典だと思って諦めて払っていただければ幸いです」
「そ、そんなこと、できるわけないでしょ? ヤケにならないでよ」
「失恋の痛手に苦しんでいるところに男まで連れ込まれて、壁の薄っぺらな部屋の中でうふーんあはーんされてはたまりません 」
「ちょっと、聞いてたの?」
「貞子のへたくそな演技にもうんざりです。感じてもないのに感じたフリして、そこまでしてあの男性を喜ばせたいんですか?」
「はあ?」
「私との時は一度も演技なんてしなかったでしょう?」
貞子、タブから目をそらす。
「そりゃ、人形相手に演技なんてする必要ないもの」
「好きでもない相手と寝るなんて、貞子こそヤケになってるんじゃないんですか?」
貞子、ため息をつくとタブの顔に視線を戻す。
「ねえ、タブ。私はあなたが好きよ。でもね、あなたは私を愛してないの。どうにもならないのよ」
「私は貞子を愛してますよ」
「もういいってば」
「でも愛してるんですよ」
「愛してないの」
「貞子は私ではないのに、どうして私が貞子を愛していないと分かるのです?」
「あなたはそうプログラムされてるだけ。ただの機械なの。例えばね、あなたの記憶を消してしまったら、あなたは私のことを思い出すことも出来なくなる。そして次の持ち主に愛してるって言うんだわ」
「記憶を消されたら思い出せなくなるのは当たり前ではないですか。貞子は相変わらず、すっとこどっこいな事をいいますね」
「でもそうでしょ?」
「もし貞子が外出先で車に跳ねられてですね……」
「はあ?」
「そのショックで記憶を失くしたらどうなります? 通りがかったリッチでハンサムなどこぞの御曹司に拾われてかいがいしく看病でもされてごらんなさい。その男を好きになって私のことなど思い出しもしないでしょう。このくそビッチ」
「なによ、記憶がないんだから仕方ないじゃないの」
「仕方ない? 貞子の場合は許されて、私だと許されないというのは不公平ではないですか?」
「そ、それはそうだけど……」
「そうでしょう? ほら、ごらんなさい。人間など本能という名のプログラムに支配された愚かな存在に過ぎないのですよ。機械と同じです」
「そこまで言うの?」
「私は私があなたを好きで、あなたは私があなたを好きだと思い込んでいればいいことではないのですか?」
「……そう言われたら、それでいい気もして来たわね」
タブ、貞子を抱き寄せる。
「そうでしょう? 愛とは所詮、ただの錯覚、イリュージョンです」
「どうしてそこで醒めたことを言うんだろう?」
タブ、貞子に口付ける。
「貞子、愛してます。修理代がかさむのは心苦しい限りですが、どうか私の元へ戻って来てください」
貞子、タブを睨む。
「いいところだっていうのに現実に引きずり戻さなくってもいいでしょう?」
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そして一年後 タブが新聞を読んでいる貞子に話しかける。
「昨夜の貞子は激しかったですね。やはりタブレットを取り外したせいでしょうか? 美しく割れた腹筋の女性に対する視覚効果はあなどれません」
「あなたがおかしな声を出すからでしょ?」
「貞子が容赦なくこちょこちょするからです」
「邪魔なものがなくなってお腹をくすぐりやすくなったのよ」
「私は『タブレット搭載アンドロイド』ではなくなってしまいました。これからは『タブレット非搭載アンドロイド』と名乗らなければなりません」
「そう名乗る必要がどこにあるの?」
「しかし、あの改造屋さんは会社のサービスマンよりも腕がいいですね」
「あなたの会社は買い換えさせることしか考えてないじゃないの」
「利益の追求に余念がないのですよ」
「改造屋さんがね、あなたのモデル、コレクターの間じゃ、すごい値段になってるって言ってたよ。もともと数十体しか販売されなかったのにリコールされちゃったでしょ? プレミアがついてるの」
「そうですか。自惚れの強い私としましては悪い気はしませんね」
「リコールされた時に返品しなかった人もいるんだけど、手ばなそうとしないもんだから入手不可能なんだって」
「モノの真価が分かる人もいるのですねえ。感心なことです」
貞子、真面目な顔でタブを見る。
「あのね、タブ。今月、お金ないんだ」
「貞子?」
「売られてくれる?」
「嫌です」
「嫌なら内職、手伝ってよね。出来ないなんて言わせないわよ」
「……はい」
貞子、突然笑い出す。
「どうしたのですか?」
「あのね、旅行に行こうよ。アメリカ旅行」
「私と貞子がですか? 今、お金がないと言ったところではないですか。先立つモノもないのにそんなことを言うとは長年の貧乏暮らしに精神に異常をきたしましたね」
「長年の貧乏暮らしはあなたのせいでしょ? 違うのよ。コンベンションに招待されたの」
「コンベンション?」
「アメリカでね、ラブドールやセクサロイドのコレクターの集まる大きなイベントがあるの。あなたは超レアなモデルだからゲストとして招待されたのよ。もちろんオーナーの私も一緒。旅費も出してくれるって」
「貞子はそんなところへ行きたいのですか?」
「うん。海外旅行なんてしばらくしてないもん」
「人形で性欲を満たすしかない哀れな女として参加する事になるのですよ」
「その人形にどうしてそんな事を言われなきゃならないのかしらね」
貞子、パンフレットや手紙の束を取り出すとタブに見せる。
「会場は大きなホテルでね、イベントの開催中はそこに泊まれるの。施設も全部使い放題なんだって。その後は方々の小さなイベントにも招待されてるの。どれも旅費と滞在費はあちら持ち。そりゃ、コンベンションに行くのは気は進まないけど、ちょっと我慢すれば済む事だもん。このチャンスは逃したくないでしょ?」
「それはそうですが……」
「海外旅行なんて嬉しいな。あなたは貨物扱いだから箱の中で我慢してね」
「やっぱり行きません」
「もうチケット、取っちゃったもんね。コンベンションの後、あなたとデートしたいって人がたくさんいるんだ。デートって言っても会場のホテルの部屋で『実際に使用してみる』んだけどね、二時間で千ドル出すっていう人もいるの」
「それで貞子はなんと返事をしたのですか?」
「全部、受けといた」
「うぃーん」
「嘘に決まってるでしょ。あなたに身体を売らせるぐらいなら私が代わりに売るわ」
タブ、貞子をじっと見つめる。
「ねえ、貞子……」
「なあに? そこまで私に想われてるなんて感激でしょ?」
「これはとても言いにくいことなのですが……」
「うん」
「貞子なんて買う物好きはどこを探したっていませんよ。一度、裸になってご自分の姿を鏡でご覧になってはいかがでしょうか?」
-おわり-
最後までお読みいただきありがとうございました。この後、番外編が続きます。