5.『故障かな?と思ったら アフターケアサービスについて』
それから一年後 部屋に入ってきたタブが貞子に話しかける。
「ざぁだぁごぉ」
貞子、ぎくりとしてタブを振り返る。
「脅かさないでよ。今度は何の真似なの?」
タブ、自分の喉を指差す。
「でだぃのでぇず」
「出ない? 声が出ないの? もしかして故障?」
「ぞぅみだぃでづ」
「何を言ってるか分かんないわ。紙に書いてくれる?」
タブ、電話機の横からメモ用紙を一枚取るとさらさらと文字を書く。
『声帯の調子が悪いのです』
「どうするの?」
『修理センターに連絡してください』
「分かったわ」
『今夜は本が読めませんが』
「気にしないで。たまには休んでくれればいいよ」
『直るまではなんのお役にも立てそうにありません。貞子は私の声に激しく性欲を掻き立てられるのですから、声を失った私とはセックスをお楽しみにはなれないでしょう』
貞子、タブを睨む。
「その紙、細かく破いて捨てといてよね」
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貞子、電話を切るとタブに話しかける。
「修理なんだけどさ、保証が切れてるからたぶん4、5万円はかかるって。今月、同僚の結婚式もあるのよね。参るなあ」
タブ、筆談を始める。
『どうされますか?』
「どういう意味?」
『直しますか?』
「直さないと不便でしょ?」
『そうですね』
「……私がお金を出し渋ると思った?」
『かなりの金額ですので』
「なんとか出せる額だからね。でもそれ以上かかったら捨てるしかないわね。声が出なきゃなんの役に立たないし」
『ぎょぎょ!』
「嘘だってば。タブがいなくなっちゃったら寂しいでしょ。借金してでも直してあげるわよ」
『貞子』
「なに?」
タブ、貞子を抱きしめる。
「どうしたのよ?」
タブ、紙に文字を書いて貞子に見せる。
『愛してます』
「はいはい、分かってるわよ。捨てやしないから媚びるのはやめなさい」
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数ヵ月後、修理から戻ってきたタブと貞子が話している。
「ほんと、保証期間が切れたとたんに故障が増えたわね。一カ月に一度は修理に出してるわ」
「ご迷惑をおかけします」
「ソニータイマーでも入ってるんじゃないの?」
「私はソニーの製品ではありませんよ」
「買った時にはこんなに維持費がかかるとは思わなかったな」
「今回の修理ではタブレットを直しませんでしたね。壊れたままでいいのですか?」
「何回直しても壊れるでしょ?」
「貞子のお腹の激しい動きでつぶされるのです」
貞子、タブを睨む。
「それを使うよりも普通のタブレットを使ったほうが楽だもの。Flashだって使えないし、もういらないわ」
「あれは『eye pad』の一番の問題点でしたね」
「その名前でよく訴えられなかったわね」
「訴えられましたが、タブレット自体は他社の製品ですので問題ありません」
「はあ?」
「社員が中国旅行の際に地元の市場で仕入れてきたものですから」
「あなたの会社が作ったんじゃなかったの?」
「細かい事はもういいじゃないですか」
「知れば知るほどあなたのトンデモ商品ぶりには驚かされるわ」
「しかしタブレットが使えないのは寂しいですね。ベッドの上で毎朝貞子が天気予報をチェックするのがお気に入りタイムだったのですが」
「いつもくすぐったいって嫌がってなかったっけ?」
「それがまたなんともいえないのです」
「じゃ、くすぐってあげる」
「や、やめてください」
「やめてほしいの? どっちなの?」
「自分でも分かりません。私はユーザーの嗜虐心を刺激するように作られているのです」
貞子、タブの上に馬乗りになる。
「ほら、くすぐっちゃうぞー」
「わ、わきはダメです。ああん。やっぱりやめてください。あああー」
貞子、笑うとタブにキスする。
「くすぐらないってば。タブ、おかえり」
「おや、嬉しいサプライズですね。ただいまです、貞子」
タブ、そのまま貞子を抱き寄せる。
「今回の修理は長くかかりましたね。寂しかったですか?」
「少しね」
貞子、タブの顔を見る。
「ねえ、タブ」
「なんでしょう?」
「私ね、このままじゃいけないような気がして、タブのいない間に隣の部署の人とデートしたの」
「うぃーん」
「でも、あんまり楽しくなかったわ」
「ほっ」
「タブがいてくれてよかったよ。しばらく誰とも付き合ってなかったから、タブがいなかったら寂しかったと思うよ」
タブ、嬉しそうに笑う。
「そうですか。貞子のお役に立てて嬉しいですよ」
「でも、もう大丈夫なの。実はその人の隣の席の木村さんって人と話す機会があってね……」
「はい」
「そっちのほうがずーっといい感じなの。趣味も合うから、来週、一緒に出かける約束しちゃったわ」
「うぃーん」
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さらに半年後 電話を切った貞子にタブが話しかける。
「木村さんですか?」
「うん、来週の結婚式の件でね」
「そうですか。貞子は平気なのですか?」
「どうして?」
「木村さんに未練はないのかと聞いているのです」
「別に」
「限界ぎりぎりまで若作りしてデートに出かけていたではないですか」
「デートってほどでもないわよ。何度か一緒に食事しただけ」
「朝帰りもありましたよ」
「一度だけでしょ?」
「結局は同僚に奪われたと言うのに結婚式でスピーチまでするとは、職場の笑いものになりはしませんか?」
「ならないわよ。木村さんとのことは誰も知らないもの」
「ところで貞子……」
「どうかしたの?」
「また不具合が出たのです」
「ええ? 給料日、まだまだ先なんだけどな。それに結婚式は来週なのよ」
「もう同期で入社したメンバーで結婚してないのは貞子ぐらいではないですか?」
「思い出させなくてもいいでしょ?」
「実はとても悪いお知らせがあるのです」
「何? 修理代、高くつきそうなの?」
「当社では製造されてから七年過ぎたモデルの部品はすべて廃棄するのです」
「で? まだうちにきて一年ちょっとじゃなかったっけ?」
「私が作られたのは七年半前なのですよ」
「あ、そうか。じゃあ…… 」
「当社の修理センターに修理を依頼しても私を直すことはできません。恐らく買い替えを勧められるでしょう」
「そうなの?」
「お別れです、貞子。なお、新製品のカタログは当社ホームページよりダウンロードしていただけます」
「お別れって? どういう意味?」
「壊れてしまえば廃棄してもらうしかありません。動作しなくなってもラブドールとして使用される方もいらっしゃいますが、めんどくさがりの貞子は自分で動くのは嫌かもしれませんね」
貞子、青くなる。
「ちょ、ちょっと、待ってよ。そんな事、急に言わないでよ。嫌だよ」
「コツを掴めば楽しんでいただけると思いますよ。案ずるより生むが易しと古人も申しております」
「そうじゃなくて、タブがいなくなったら嫌だって言ってるのよ」
「貞子は私がいなくなると嫌なのですか?」
「当たり前でしょ? 毎日一緒にいたのに」
タブ、貞子の顔を覗き込む。
「貞子は私が好きですか?」
「はあ?」
「何度、愛していると言っても貞子は本気にしてくれません。せめて最後に私を愛していると言ってはくれますまいか?」
「あなただって本気で言ってるんじゃないでしょ?」
「本気ですよ。惚れてもいない女なんて抱きやしませんぜ。見くびってもらっちゃあ困ります」
「セクサロイドのくせに何を言ってるわけ? あのさ、人形は人なんて好きにならないよ?」
「なるんです。それに貞子だって私のことが好きなのですよ」
「はあ?」
「私はユーザーの感情の動きを常時モニターしています。納品後、しばらくして貞子の私に対する反応が変わりました。態度ではなく身体の反応がです。貞子が私を見たときの瞳孔の広がり具合や心拍数の変化から判断すると……」
タブ、貞子を見つめる。
「貞子は私に恋しています」