4.『応用編 様々な機能を試してみましょう』
数日後 貞子が玄関のドアを開けて家の中に足を踏み入れる。
「ただいま」
タブが部屋から出てくると横柄な口調で貞子に声をかける。
「貞子よ。どこに行っておったのだ。待ちかねたぞ」
「会社だけど。……今度は何が起こってるの?」
「まあ、よい。今宵はそなたを所望する。伽の支度をいたせ」
タブ、貞子を抱き寄せると耳元でささやく。
「ここで、嫌だと一言」
「嫌よ」
「ならば無理やりにでも我が物に」
タブ、貞子を抱き上げる。
「ちょ、ちょっと」
「そなたに対してのつれない態度、あれはすべて偽りだったのだ。実を申せば初めて出合った日からそなたの姿が脳裏を離れたことはない。どうかわが身の内に激しく燃え盛る炎を……」
貞子、手のひらでタブの口を塞ぐ。
「だから、何が起こってるのよ? 説明しないと返品するわよ」
タブ、普段の口調に戻る。
「私にはセクサロイドの機能をユーザーに実体験していただくための『実践モード』が装備されております。貞子は『ご利用ガイド』をご利用されませんでしたので、この『実践モード』で私の機能をよりよく理解していただこうと思いまして……」
「実体験? あなたとはもう寝たじゃないの」
「あれは私の実力ではありません。私の真価は正しい使い方をして初めて発揮されるのです」
「理想の男とイマジネーションがどうしたこうしたって言ってたけど、その事?」
「そうです。貞子は平凡でなんの取り柄もない女性が異世界で権力者と恋に落ちる小説をお好みですので、そこから貞子の理想の男性像を割り出してみました」
「それは物語の中のことでしょ? ただのファンタジーじゃないの」
「ファンタジーの世界へとユーザーを導く、まさしくそれがセクサロイドの役割なのです。一度体験すれば、もう二度と貞子が『ああ、またやっちゃった』と叫ぶ事はなくなるでしょう。おお、貞子よ」
「やめなさいって」
「嫌だ嫌だと拒みながらも、心の底では愛する男性に抱かれる喜びに打ち震える、というお約束の展開なんですよ。お楽しみいただけること間違いありません」
貞子、タブの腕の中でもがく。
「嫌だって、離しなさいよ。離せってば」
「さすが貞子、ほれぼれする熱演ぶりです。さあ、貞子よ。寝室へといざ参らん」
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貞子の寝室 タブが隣に横たわる貞子に話しかける。
「ねえ、貞子」
「なに?」
「お楽しみいただいたようですね」
貞子、ぷいとタブから目をそらす。
「まあね」
「……何かご不満が? もう少しサディスティックな男性がお好みでしたら、次回は麻縄を用意しておきますが」
「ううん、いい」
「……もしかして、もっと特殊な道具をお望みなのですね」
「違うわよ」
「言ってくれなければ分かりませんよ」
「異世界のお姫様ごっこをついつい楽しんじゃった自分が情けないの」
「どうしてでしょうか?」
「ただの現実逃避だもん」
「現実逃避のどこが悪いのです? 現代人はストレス社会の中で暮らしています。息抜きは必要ですよ」
「私はただの独身のOLだし、あなただってお芝居してただけでしょう?」
「当たり前ではないですか。本物の異世界の支配者になれと言われても困ります」
「終わってからが虚しいの。我に返ってみれば四畳半の色気のない部屋で人形と寝てるのよ。惨めになるじゃない」
「……私は貞子を惨めな気持ちにしたのですか?」
貞子、立ち上がると近くにあったバスローブを羽織る。
「お腹すいちゃった。ご飯、食べるわ」
「貞子は怒っていますか?」
「怒ってないよ。お風呂に入ったらもう寝るから本を読んでくれる?」
「はい」
「それからね、今度はお芝居なんてせずに普通に抱いてくれればいいから」
タブ、貞子をじっと見る。
「貞子?」
「なに?」
「どういう心境の変化なのです?」
「どういうって?」
「いつも私との行為を後悔されるではないですか」
「さあ? なんか気にならなくなってきたのよね」
「私とセックスしても惨めにはならないのですか?」
「自分が皇帝に溺愛されてるお姫様だと思い込まなければ平気よ」
「それでは毎朝『またやっちゃった』と叫ぶのはやめていただけますか?」
「分かったわよ」
タブ、立ち上がると笑顔で貞子を抱きしめる。
「なんで笑ってるの?」
「貞子と相思相愛になれて嬉しいのです」
「……そんなことは一言も言ってないけど」
「照れなくてもいいですよ。貞子、愛してます」
「はいはい」
「はいはい、ですか?」
「電化製品と恋人ごっこはする気ないから」
「貞子はとても現実的な女なのですね」
「うん、そうなの。早く離してよ。ご飯、食べるんだから」
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数日後、貞子がタブに話しかける。
「ねえ、調べたんだけどさ」
「何をですか?」
「あなたのモデルね、五年前にリコールされてるんだ」
「私のモデル?」
「ほら、わきの下に書いてあった製品番号、気になったから調べてみたの」
「あれは私の品番ではありませんし、そのような事実もありません」
「タブ。私に隠し事しないで。正直に話さないとくすぐるわよ」
「くすぐっても無駄です」
「こちょこちょ」
「たしかに私のモデルはリコールされました」
「もう吐いちゃうの? 根性ないなあ」
「貞子のくすぐり加減が絶妙なのです」
「回収したのはいいものの、始末に困ったからタブレットとくっつけて売り飛ばしたのね」
「いえ、私以外の『DH4-96型セクサロイド』は回収後、基本プログラムを交換され元のオーナーに返却されました」
「じゃ、あなたは?」
「私のオーナーは返却を希望しませんでしたので、私はプログラムを書き換えられることもなく、そのまま五年間倉庫に保管されていたのです。昨年、会社は倉庫の中の余剰セクサロイドを処分することに決めました。タブレットやカラオケマシーンとバンドルにしてお手ごろ価格で売り払ったのです」
「あなたもそのうちの一体だったわけね」
貞子、はっとする。
「ああ! ってことは、私、中古品を新品だと偽って売りつけられたわけ?」
タブ、シニカルな笑みを浮かべる。
「腹黒い企業なんですよ」
「返品してやる」
「やめてください。二度も返品されてはさすがの腹黒企業も私を処分するしかないでしょう。貞子がそこまで血も涙もないビッチだとは思ってもいませんでした」
「分かったわよ。でもどうしてリコールされたの?」
「理由は存じません」
「あれ? タブはその基本プログラムっての、入れ替えてもらってないんでしょ? リコールされる前の状態で売られちゃったのよね」
「会社は今回の出荷の際に私のプログラムが未修正なことに気付かなかったようです」
「つくづくいい加減な会社ね。あなた、危険はないんでしょうね?」
「ありませんよ。あのリコールは間違いだったのですから」
「本当に?」
タブ、笑みを浮かべる。
「本当です。貞子には私が危険に見えますか?」