3.『基本編 まずは使ってみましょう』
貞子、不満げにアンドロイドを見る。
「ほかにできることないわけ?」
「ありますよ」
「なによ?」
アンドロイド、声を潜める。
「セ・ッ・ク・ス」
「はあ?」
「なにせ当社はセクサロイドの販売数では世界でナンバーワンを誇りますから」
「……もしかして、あなた、セクサロイドなの?」
「いいえ、『タブレット搭載アンドロイド』ですが」
「売れ残りのセクサロイドに売れ残りのタブレットをくっつけて処分してるんじゃないでしょうねえ?」
アンドロイド、目を丸くする。
「おや、貞子は当社の内情にお詳しいのですね」
「だっ、騙されたっ」
「いいではないですか。当社のセクサロイドはこのようなお手ごろ価格ではまず手にはいりませんよ」
「よっぽど始末したかったんじゃないの?」
「まあ、そうはいいましても私は貞子とはセックスできませんから関係のない機能ですが」
「私だってあなたとはしたくないけどさ。でもどうしてできないの?」
「貞子は男性ですからね」
「はあ?」
「ゲイ向けのモデルとは細部が微妙に異なっておりますので、無理をすると故障の原因となります。性欲の処理に使用される場合には正しい機種をお買い求めください」
「……私、男じゃないわよ」
「購入お申し込みの際、男性の欄にチェックを入れてましたよ」
「間違えたのよ。見たら分かるでしょ?」
「女装がお上手な方だと心の底より感心していたのです」
貞子、アンドロイドに向かって本を突きつける。
「……いいからこの本読んで」
「はい」
アンドロイド、本のページをめくると、朗読を始める。
「『フィンランドの森 第一章 僕は三十七歳で、そのとき裏庭で日本から持ち込んだ青首大根の手入れをしていた。すると大根の葉の間から小さなカバのような姿の妖精が現れた。やれやれ、またこいつか、と僕は思った。大根を……』」
「あなた、いい声をしてるわ」
アンドロイド、顔を上げる。
「おや、初めてポジティブなフィードバックをいただきましたね」
「それ以外に褒めるところはないけどさ」
「『気に入った点を具体的に述べてください』『声が素晴らしい』、と。……ほかには何かありませんか? 些細な事でも結構です」
「だから、それ以外に褒めるところはないって言ったところでしょ? いいから続きを読んでよね」
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翌朝、貞子が目を覚ますと青い顔で頭を抱え込む。
「ダ、ダメだ」
布団の中からアンドロイドが顔を出す。
「何がダメなのですか?」
「何で私、タブレットと寝てるんだろう?」
「タブレットではなくタブレット搭載アンドロイドですが」
「そこまで男に飢えてないはずなのに」
「そうは思えませんでしたよ」
貞子、アンドロイドを睨む。
「あなたの声がいけないんだわ」
「昨日はよい声だとお褒めに預かりましたが」
「だからそれがいけないのよ」
「私の声は当社が長年に渡って蓄積してきたデータを元に合成されたものです。女性の聴覚をもっとも官能的に刺激するよう計算して作られているのです」
「それを早く言いなさいよ」
「恥ずかしがることではありません。購入後、1週間以内に87%のカスタマーがこの機能を利用したという統計があります。あ、貞子が利用したので更にパーセンテージが上がりましたね」
「ちょっと、そんなの報告しないでよね」
「『この機能を初めてご使用になったのはいつですか?』『購入当日』、『満足度は?』『非常に満足している』……と」
貞子、アンドロイドを睨む。
「だから勝手にアンケートを取らないで言ってるの」
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一週間後の朝、貞子がベッドから飛び起きる。
「あああ、またやっちゃった!」
アンドロイド、布団から顔を出す。
「毎朝毎朝そのセリフはやめませんか?」
「タブが悪いのよ」
「性欲を抑えきれなかったのは貞子ですよ」
「タブの声を聞いてるとボーっとなるんだもん」
「私の名前はタブで決定なのでしょうか?」
「タブレットだからタブでいいでしょ?」
「タブレット搭載アンドロイドです」
「でも、アンだと女の子みたいだから……」
「最初の二文字を使うことしか思いつかないのでしょうか?」
貞子、アンドロイド(以下タブ)の布団をはぐとタブレットを操作する。
「ほら、天気予報見せてよ」
「ああん」
「だから我慢してって」
「もっと優しく触れてください」
「ほんと、くすぐったがりなのね。わきの下はどうだろ?」
「やめてください」
貞子、タブの腕を持ち上げる。
「あれ、わきの下に何か書いてある。ええと『でぃーえいちよん、きゅうろくえる、ぜろにいなな』だって。あなたの製品番号かしら?」
「違いますよ。私の品番は『TBL-888J』です。ほら、ここに書いてあるでしょう?」
「どこ?」
タブ、自分の右足を指差す。
「足の親指と人差し指の間です」
「分かりにくいところに書いてあるのね」
「はっきり見えるとヤル気を失くす女性もいますから」
「でも、セクサロイドと寝る人って相手が人形だって知ってるんでしょう? 見えたって関係ないんじゃないの?」
「貞子は分かってませんね。セクサロイドを使用する上で一番大切なのはイマジネーションなのです」
「イマジネーション?」
「人はセクサロイドに自分の理想の恋人の姿を投影するのです。理想の恋人に抱かれていると想像する事によりセックスの満足度も上がるのですよ」
貞子、鼻で笑う。
「あなたに理想の恋人を投影しろって?」
「……私の外見に問題でも?」
「それ以前に中身に問題がありすぎなの」
「それは貞子が私のセクサロイドとしての機能をよく理解していないからです。この機能を使うのであれば、基本的な事ぐらい知っておいてください」
タブ、突然大声を上げる。
「『男性型セクサロイドの使用法、音声ガイドその1、まずはあなたの理想の男性像を分かりやすく整理してみましょう』」
「ぎゃー、やめなさいって! ご近所に聞こえるでしょ」
「当社自慢の『ご利用ガイド』なのですが」
「必要ないわよ。あなたとはもう二度と寝ないし」
「それは嘘ですね」
「うるさいな」
貞子、時計を見て慌てて起き上がる。
「ああ! また会社に遅れちゃうじゃないの。あなたが来てから毎朝こうだわ」
「貞子とは会話のキャッチボールが弾みますからね。時間を忘れるほど会話を楽しんでしまうなんて、私たちは名バッテリーだとは思いませんか?」
貞子、黙ったまま着替えを始める。
「どうかされましたか?」
「黙殺することにしたの。もう話しかけないで」
「どうしてですか? ウィットに富んだ会話は、貞子のような独身女性の退屈な毎日にさえ彩りを添えてくれるのですよ」
貞子、タブを無視して黙々と支度を続ける。
「……性格ブス」
「何だって?」
「ほうら、ボールを返さずにはいられない」
「返してないわよ。この役立たずの不良品」
「ああああ、直球ですね。貞子の気持ち、しっかり受け止めましたよ」
貞子、タブを睨みつけると化粧もそこそこに部屋から飛び出していく。