2.『ユーザー登録の仕方』
貞子、押入れを開けて引き出しから服をひっぱりだす。
「男物の服はないなあ」
「お客様の年齢で独身でしたら恋人が泊まりに来る時に備え、予備の洋服など置いてあるのが普通ではないのですか?」
貞子、アンドロイドを睨む。
「こないだ別れて全部雑巾にしたの。シーツでも羽織っておいてくれる?」
「シーツは嫌です」
「贅沢言うのね。後で服を買ってあげるから我慢してよ」
「仕方ありませんね」
貞子、アンドロイドの身体にシーツを巻きつける。
「これでよし、と。さ、どうやって使うの? 動いてるって事は起動済みなんでしょう?」
「まずはユーザー登録をしていただきます。こちらのタブレットを利用してお客様の詳細をフォームにご記入していただくだけです」
アンドロイド、シーツの前を突然開く。
「さあ、どうぞ」
「うわあ!」
「はい?」
「変質者みたいなことしないでよ。仕方ないなあ。腰から下にシーツを巻いててくれる?」
「はい」
貞子、シーツを巻きなおすとアンドロイドの腹部のタブレットを見つめる。
「……ねえ、タブレットって薄いからタブレットっていうんでしょ? これじゃ、ただの液晶画面じゃないの?」
「うぃーん」
「な、なんなの?」
「は? どうかされましたか?」
「……だから、タブレットって薄いからタブレットって……」
「うぃーん」
「……その質問は避けたいのね」
「まあ、そういう事です」
「……ええと、登録はどうするの?」
アンドロイド、床の上の梱包材の中から小さな紙切れを拾い上げると貞子に差し出す。
「ブラウザを立ち上げてください。このURLを入力すれば当社のユーザー登録ページにアクセスできます」
「……あなたがサイトを呼び出してくれれば早いでしょ?」
「いえ。この操作はお客様にお願いしております」
「仕方ないな。ええと……」
貞子、タブレットの液晶画面に触れる。
「あっ」
「……どうしたの?」
「いえ」
貞子、また画面に触れる。
「ううっ」
「だからどうしたのよ?」
「くすぐったいのです」
「おかしな声を出さないで」
「刺激を受けると敏感に反応する仕様となっております」
「それじゃ落ち着いて使えないでしょう?」
「我慢します」
「名前ね。『逢魔ゲ原 貞子』、と」
「凄まじいお名前ですね。一体どこの唐変木がこのような素っ頓狂な名前を考え付いたのでございましょうか?」
「よけいなお世話よ。なんであなたにそんなこと言われないといけないわけ?」
「お客様に会話の糸口を提供し、自然な会話のキャッチボールを楽しんでいただけるようにプログラムされております」
「……そう。よくできてるのね」
「ありがとうございます」
「嫌味よ」
貞子、眉をひそめる。
「ねえ、このタブレット、解像度低くない? レスポンスも鈍い気がする」
「……それはお客様が小金を惜しんで上位機種をお買い求めにならなかったからです」
「あなた、自尊心だけは強いでしょ」
貞子、諦めたようにタブレットに視線を戻す。
「まあいいや。小説を読みたくて買っただけだから」
「小説ですか?」
「最近はみんな電子書籍になってるでしょ? さ、登録終わり、と。これでいい?」
「ご登録ありがとうございました。それではさっそく使ってみましょう 『わくわく簡単ガイド』、ステップ・ワン……」
「そういうの面倒なんだけど。飛ばしていいでしょ? 早く小説読んでみたいな」
「後悔しても知りませんよ、貞子」
「脅かさないでよ。それに貞子ってなんなの?」
「ユーザー登録終了後はオーナーの名前を呼ぶようにプログラムされているのです」
「だからって呼び捨てなの?」
「それでは、ミズ・オーマガーハーラとお呼びしましょうか?」
「どうして英語発音なのよ?」
「私の基本プログラムは英語版を日本語版に移植しただけなので、このような未修正バグがたくさん残っているのです」
「たくさん?」
「はい。実を申しますと日本のユーザーはそれほど重要視されていないのですよ」
「……読みたかったネット小説があるの。検索してくれる?」
「サイト名、又は作品名は分かりますか?」
「ええと……」
「どうしました」
貞子、赤くなるとアンドロイドの耳元で小声でささやく。
「『OL綾香と異界の白銀の王子』」
「くすくす」
貞子、アンドロイドを睨む。
「今、笑ったでしょ」
「笑いませんよ」
アンドロイド、自分の腹部の液晶モニターを覗き込むと指で操作する。
「……あのさ、あなた、いちいち指でそれを操作するの?」
「そうですよ。……ありました。どうぞ、お読みください」
「あなたに朗読して欲しいんだけど」
「私が読むのですか?」
「そうよ。だからあなたを買ったんだもん」
「ご注文フォームの購入理由の欄は空白でしたが……」
「買う理由なんていちいち書かなくてもいいでしょ?」
「ふうぅ」
「今、ため息ついた?」
「いーえ」
「じゃ、そこに座って読んでね」
二人、ソファに並んで腰を下ろす。
「では、読みますね」
アンドロイド、窮屈そうに背中を丸め自分の腹を覗き込むと読み始める。
「『第一章 突然の出会い アルファルファーン王子は近隣諸国でその名を知らぬものがいないほどの美貌に恵まれていた。その大海のごとき碧き瞳は……』」
「ねえ、ずっとその格好で読むつもり?」
アンドロイド、怪訝な顔で貞子を見る。
「画面を見ないと読めないでしょう? ああ、反転させると読みやすいですね」
「待ちなさいよ。そのタブレットはあなたの一部なんでしょう?」
「私は『デュアルCPU搭載モデル』なのです」
「はあ? それと何の関係があるの?」
「私にはCPUが二つ使われています。一つはここに……」
アンドロイド、自分の頭を指差す。
「もう一つはこのタブレットの中です」
「つまりばらばらに動いてるのね」
「よく分かりましたね」
「それって『デュアルCPU』じゃないでしょ?」
「デュアルは『二つの』という意味ですので広告に嘘偽りはありません」
「怪しいなあ。それじゃあなたとタブレットがくっついてる意味がないじゃないの」
「貞子がタブレット搭載モデルを希望したのでしょう?」
「まさかそんないい加減な事になってるとは思わないからよ」
アンドロイド、笑う。
「ご安心ください。こんな事もあろうかと当社では連携用アプリ『eye tunes』を用意しております」
「その名前はまずくない?」
「このソフトさえインストールしていただければ、タブレットからの情報を直接読み出すことが出来るようになります」
「追加料金がかかるんでしょう?」
「当然です。接続用に別途USBケーブルもお買い求めいただかなくてはなりません」
「……つまりそのタブレットはあなたのお腹に貼り付けてあるだけなのね」
「その通りです」
「もういいわ」
「もしかして私にご不満ですね」
「当たり前でしょう?」
「クレームをつけたりします?」
「電話して文句言ってやるわ」
「もし私のモデルがリコールされたりすれば……」
「すればどうなるの?」
「倉庫に眠っているタブレット搭載アンドロイドたちが廃棄処分になるかもしれません。貞子の胸は痛まないのですか? かわいそうだなあとは思わないのですか?」
「思うけどさ。あなた、機械のクセに情に訴えてくるのね」
「会社へのクレームを未然に防ぐよう、プログラムされているのです」
「それをバラしたら意味ないんじゃないの?」
貞子、アンドロイドを睨む。
「あなた、ほかには何が出来るの? 家事は?」
「できません。お客様がタブレットを使用するのをサポートするのが私の役目なのです」
「タブレットだって使えないじゃないの」
「そんなことないですよ」
アンドロイド、背中を丸める。
「ほら」
「だからその格好で使って欲しくないの」
「それではネット小説をプリントアウトしてそれを朗読しましょうか?」
「なんか意味ないなあ。それなら本を読んでもらったほうが早いわね」
「貞子は文句の多い女ですね」
「あなたが悪いんでしょ? どうしてこんなの、買っちゃったんだろう?」
「当製品をどこでお知りになりましたか?」
「友達がさ、タブレットが欲しいならこれが面白そうだって言うから……」
「『友人・知人に紹介されて』、と……」
貞子、アンドロイドを睨む。
「アンケート、取ってるんじゃないわよ」




