決着
目の前が、熱い。
それは、感情の昂りのことではない。
物理的に、俺の目の前は今、燃えている。
というより、口から炎が放射されている。
なんだこれ!?と叫びたかったが、口から火ぃ吐いているので叫べなかった。
燃える蜘蛛が悲鳴を上げる。
やがて、力尽きた蜘蛛は、ぐしゃり、とその場に崩れ落ちた。
そこで漸く俺は火を吐くのをやめる。
ぎぎっと月夜の方を向いて、
『なにこれ』
「いやぁねぇ。合成獣って火ぃ吐くものよ」
『初耳だよ!』
「あー、合成獣って、竜の能力が入ってるから、感情が高ぶると火を吐けちゃったりするらしいよ」
かなりいい加減な説明をされた。
『ううううう』
呻き声に、振り返る。
蜘蛛だ。まだ生きている。
とどめをさすべきか悩んでいると、蜘蛛はガバッと顔を上げて、
『なんで邪魔するんだ!!
我は、ただ、腹一杯飯が食べたいだけなのに!!!』
『·······』
つい先程まで、蜘蛛は恐ろしい化け物だった。
それが今は、駄々をこねる子供のように見える。
すると月夜はすたすたと蜘蛛に歩みより、
「なんか事情あるなら、夜は長いし、聞いてやるよ」
蜘蛛は少し考えて頷くと、
『では、大人しく喰われてくれ』
『やだよ』
『何故だ···。喰われるくらい良いではないか』
死ぬからだよ。喰われたら。
蜘蛛はなんだかやさぐれた口調で、
『そもそも、人間がなかなか森の奥に来ないのが悪いのだ···
人里離れた森の奥で生まれて二百年、女郎蜘蛛の誇りを捨て、木の実や草まで食べたが、常に空腹だった』
まぁ、このサイズの奴が腹一杯になれるくらい木の実採ってたら、森が消えるわな。むしろ、そんな食生活でよくここまで育ったもんだ。
『だから、イェレッシュという輩が森に迷い込んだときは、漸くチャンスが巡ってきたと思った。しかし、そこで、奴を利用して町を襲おうと欲をかいたのが間違いだった』
つまり、そこで欲をかかなかったら、イェレッシュはその場で喰われていたと。
『漸く腹一杯になれると思ったのに·····』
うなだれる蜘蛛を見ていると、なんだかとってもやりづらい。
思えば、こいつのしたことはイェレッシュに比べたら悪事とは言い難い。
俺はさっき食った野豚のことを思い出す。
人間だって肉が食べたければ狩りもするし、罠も張る。
そう考えると、蜘蛛の行動は自然にのっとった行為とも言える。
しかし、だからといって街を襲うのを黙認するわけにもいかない。
かといって、このまま蜘蛛にとどめをさすのも気が引けるし···。
「よし。こうしよう」
月夜がどこからか、二本の短剣を取り出す。
三日月のように曲がった形をした変わった短剣で、どちらも金色に輝いている。
「とうっ」
ざくっと、二本の剣が蜘蛛の足に刺さった。
『おいおいっ!』
俺は慌てるが、
『おお···』
蜘蛛の体が、縮んでいく。みるみるうちに、普通の蜘蛛と変わらないサイズになった。
「こうすれば、少ない量でお腹いっぱいになれるでしょ」
蜘蛛は自分の体を大分細くなった足でぺたぺたと触る。月夜が何かしたのか、俺がむしった二本の足も元通りになっている。
『···感謝、する』
これで蜘蛛が街を襲う必要はなくなった。
良かった、のだが、
『··········』
そんなことができるなら、最初からやってくれよ。
言い様のない不満に、さっき蜘蛛に叩きつけられた傷が痛むのを感じた。
蜘蛛はその辺の砂利を拾うと、
『はぁ···こんな小石でも腹一杯になれるものなのだな』
いや、ちゃんと食えるもん食えよ。と、言いたいが、蜘蛛があまりにも感動しているので水を差せない。
『こうなれば、貴様らと戦う理由は何もない。我はこの地で、思う存分草や実で腹を満たすとしよう』
肉でなくて良いのか?、と思ったが、今までそんな食生活だったせいで、今さら肉食にはなれないのかもしれない。とりあえず、人や動物が襲われないだけよしとしよう。
『では、さらばだ』
元妖怪の蜘蛛はそう言い残すと、草原をしゃかしゃかと這っていった。
「ばいばーい」
『うん、まぁ、元気で』
釈然としない思いを抱えて、俺は前足を振る。
これで一件落着、ではない。
『···俺はどうやって戻るんだよ!!』
蹄つきの前足を見て、今の自分の状態を思い出す。
そう。今も俺は合成獣の姿のままである。
バセットは答えを知っていそうな相手に詰め寄る。
月夜は少し考える素振りを見せてから、
「確か、三回回った後、空中で一回転すれば良かったような」
『よしっ!』
「まぁ、それは単にあたしが今思い付いただけなんだけどね」
『おいっ!』
今回の物語は三人称でお送りする予定だったのですが、予想よりバセットの脳内ツッコミが多かったので、急遽一人称に直しました。
直し忘れがあったらすみません。